第19話 計画通り

 彼女の前方50メートルくらいの位置を、ギャル男っぽい格好をした二人組みが近づいている。


『太陽、彼女の運命係数が大きく揺れ動いていることを確認。始まるよ! 準備は良い!?』


『当たり前だ! もう覚悟はできてる。やってやるさ!』


 ――ジジッ……


 気のせいか、世界が一瞬灰色になり、ノイズが走ったかのように見えた。

 人為的に運命を捻じ曲げた影響なのだろうか?

 それとも、消されたくないというバグの抵抗の表れなのだろうか?


 まあ、何にせよ、俺は俺のやるべきことをするだけだ。

 幸せをこの手に取り戻すために。


 犯人を尾行する刑事ドラマの刑事よろしく、俺は物陰から事態を見守る。

 八舞さんと男二人組は徐々に近づき、現在お互いから約20メートルの位置にいる。

 もうあと数歩歩けば、お互いの顔が確認できるくらいの距離だ。

 しかしまだ二人組は動き出さない。         


(まだか……?)


 もうお互いの距離は10メートル以下。

 この距離なら明らかに顔が確認できるはずだ。

 なのにまだ何のアクションも発生していない。


(まだか……まだなのかよ!?)


 ここに隠れてから、心の中で何度反芻したかわからない。

 そうしている間にもさらに距離は縮まるが、まだ動き出す気配はない。


(まだなのか……!)


『焦らないで太陽、焦っちゃダメだ。焦りは判断を鈍らせるし物事の失敗を呼び寄せるから』


 オンにはしていないはずなのに、キズナからの忠告が来た。

 もしかしたら、閲覧している俺の情報に、強い焦りの感情が明記されているのかもしれない。


『落ち着いて。まずは深呼吸。……うん、そう。もう運命の改変は始まっている。つまりイベントがここで、あの二人によって起こることは確定しているの。だから太陽は、主人公はどっしりと構えて待っていればいいの。ヒロインを颯爽と助け出すその時までね。〈風林火山〉の精神だよ!』


 ――疾きこと風の如し

 ――静かなること林の如し

 ――侵略すること火の如し

 ――動かざること山のごとし


 誰もが知る戦国時代の名将、武田信玄の言葉だ。

 どうやらあの甲斐の虎の遺した名言は、天界にまで知れ渡っているらしい。


 今は守るべき時、ことが起こるそのときまで林のように静かに、山のようにどっしりと構え心の準備をしておこう。

 そして起こったら風のように疾く、火のように激しく速攻でイベントを攻略しよう。

 そうキズナは言いたいんだろうな。


 そうだ、もう起こることは確定している。

 焦ることはない。

 

 落ち着きを取り戻す間に、両者の距離は1メートルを切っていた、

 そして――すれ違う。


『二人組の足が止まったぞ!』


『始まった! 行け、太陽!』


 時は来た。

 俺は心のエンジンに火を入れる。

 風のように疾く、火のように激しく、

 このイベントを攻略する!


     ★


 4月29日午前10時8分、老舗のケーキ屋〈モンドール〉から出てきた八舞真奈の横を、髪の毛をカラフルに染めた同年代の男二人組が通りすぎる。


 通りすぎるその瞬間まで、二人は最近観たテレビ、映画の話、ファッションなどの取りとめのない会話をしていたが、すれ違う瞬間会話が止んだ。

 二人はすれ違った真奈を目で追う。


 彼女はとても目を引く容姿をしている。

 正常な男なら振り返るのも無理はない。


 男はもう一人の男を伴い、彼女の後を駆け足で追う。

 対して真奈は歩き、当然のことながらすぐに追いつかれてしまう。

 二人の男はバスケで言うシザーズプレイを行うかのように、彼女を中心に二手に別れ、回り込んで立ちふさがった。


「あの、すいません。前に進めないんですけど?」


 真奈はやんわりと、丁寧に返すが、二人組はニヤニヤと笑っているだけ。

 彼女の言葉は耳にも、そして心にも届いていない。


「すいません。前に進めないのでどいてもらえますか?」


 再度、同じことを告げる。

 だが、やはり二人組はニヤニヤと笑っているだけでその場から離れようとはしなかった。

 真奈は「言っても無駄ね」と、この手のことに慣れているのか、くるりと踵を返して道を変える。


 図書館に至る道はここだけではない。

 少し遠回りになるが別の道を行けばいいだけのこと。

 しかし再び二人組が回り込み進行方向を塞いだ。


「何のつもりですか?」


「何のつもりって、ねえ?」


「俺たちただ道を聞こうとしているだけなんだけどなあ?」


「道を聞きたいですって? さっきまでの貴方たちの行動からはそういう素振りは分子一つたりとも感じられませんでしたけど?」


 少し彼女の声が荒くなった。

 怒っているのだろうが丁寧語を崩していない。

 育ちのよさと自制心の高さがうかがえる。


「大体道を聞きたいのなら、私なんかよりも近所のお店とかで道を聞いたほうがいいのでは?」


「いやあ、だって店はさあ」


「入ったら何か買わないと悪いじゃん? それに俺たちは君に聞きたいんだけどなあ」


「そうそう。できれば直接道案内なんかされたいなーって思ってるんだけど」


「あいにく急いでいますのでそんな時間はありません。他をあたってください。失礼します」


 二人のあからさまな嘘に真奈は「これ以上言ってもムダね」と判断。

 話を打ち切りその場から逃げ出した……が、できなかった。

 二人組はなおもしつこく食い下がり、真奈の行く手を塞ぎ続ける。


 二人の徹底的なマークを前に彼女は動くことができない。

 完全にその場に固定され身動きが取れない状態になっている。


 彼女は目線で誰かに助けを求めようとしているが、この辺りは裏道だ。

 通行人は少なく、いても目をあわせようとしない。

 わずかな通行人は皆関わり合いになりたくないとばかりに、三人をいないものとして通り過ぎていった。


     ☆


 彼女が動けない。

 敵役二人組は、わざと隙を作ってはそこに向かわせ、動こうとした瞬間にルートを潰し、八舞さんを壁際に追いつめていく。


 他の通行人は皆助けようとはせず、誰もが視線を反らして通りすぎていく。

 おそらくアカシックレコードによって、イベントのキャスト以外は関われないようになっているんだろうな。

 でなければ、実に情けないと思う。そうであってほしい。


『太陽……次のアクションで彼女は完全に追いつめられる。二人組は完全に勝利を確信して、彼女以外見ない。オレが言ってる意味……わかるよね?』


『ああ、もちろんだ』


 それがスタートの合図、だろ?

 一気につめてこっちを向く前に決めてやる。

 息を殺してその時を待つ――そして、

   、

「あっ!」


 彼女が男のうち一人にぶつかり跳ね返った。

 ドン、と少し大きめな音が彼女の背中から発せられた。


「あーイタタタタ。俺の胸骨ポッキリ行っちゃったかも」


「とりあえず慰謝料の話とかお互いの趣味の話とか学校の話とかしようか? お嬢さん」


 二人組の手が壁につく。まるで一人は右手、一人は左手、彼女を囲むアーチのようだ。


『太陽!』


『おうさ!』


 そのアーチを破壊すべく俺は飛び出した。

 膝を弓のようにしならせ力を溜め込み、つま先で音もなく地面を蹴って力を解放。

 自分の身体を矢のように放ち運命の舞台へと駆け上がる。


 1メートル、2メートル、まだ誰も気づかない。


 5メートルも進んだとき八舞さんがこちらを向いた。全力で疾走中の俺と目が合う。


 彼女の目が言っている。『助けて!』と。

 言われなくてもそうするつもりだ。そうのために俺はここにいるのだから!


 最後の一歩を踏み出したとき、ようやくわずかな気配を察したのか、一人がくるりとこちらを向いた。

 自分たちに向かって突っ込んできている俺に驚き、目を丸くする。


 突然の乱入者に恐怖を感じたのか、それとも世界からの追い風かはわからないが振り向いた男は動かない。

 気づかない男も同様、相方の様子に気づくこともなく、八舞さんのことだけに意識を集中している。


 俺は最後に大きく踏み込み、右足に思いっきり力を溜め、その力を解き放ち飛び上がった。

 全速力のドロップキックが、振り向いた男の胸板に吸い込まれるように決まる。


「ぶぐほおおおおぉぉぉぉっ!?」


「え……ぐがあああぁぁぁぁぁっ!?」


 男はものすごい勢いで吹き飛び、相方を巻き込んで転がって行く。

 まるでボーリングのピンだな。


 二人はしばらく転がって、重なり合うように倒れた。

 アーチの破壊は完了。後は風のように速やかにこの場を離脱するだけ。


「八舞さん、ごめんっ!」


「え……茂手くん!?」


 俺は彼女の肩と膝の裏に手を回し、彼女の身体を持ち上げる。

 いわゆるお姫様抱っこというヤツだ。


「揺れるから捕まって!」


「う、うん!」


 俺が助けに入ったことを理解したのか、八舞さんの腕が俺の首に回される。

 俺の胸の辺りから感じる体温と、女の子特有の甘いにおい、そして柔らかい感触が俺の心のエンジンをさらに激しく燃え上がらせた。


 彼女の身体をガッシリと抱え、俺はその場を全速力で離れる。

 風のように、颯爽と、何があったかわからないうちに。


 念のため後ろを確認すると、二人の男はその場に倒れたまま動かなかった。

 やはり、というべきか。あの二人の役はここで終了のようだ。


 すでに俺に倒され彼女を助け出した今、運命によって与えられた役目は終わり舞台を降りている。

 俺たちの後を執拗に追いかけるようなことはしない――いや、できないのか。


 俺は一番肝心な最初のイベントを消化できたことを確認し、心の中で笑みを浮かべる。


 ――計画どおり。

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