第16話 運命のボタンを押して
「いよいよ、だね」
「ああ、いよいよだ」
食事が終わり、後片付けを済ませた俺はキズナと向かい合いそう述べた。
俺の運命を、未来を決定づける一日がこれから始まるのだ。
「これでいいくわけだけど、シナリオは頭に入ってる?」
「当たり前だ。幸せになるかならないかの分水嶺だぞ? それよりキズナ、一応オッケーもらっているわけだけど、内容についてはどう思う?」
「良いと思う。シナリオの順序・構成、スケジュールの組み方も自然にイベントを盛り上げていく感じになっているから、わざとらしくない。自然に好感度を上げていく感じだし無理矢理感もない。これならシステム上の負荷がかかりにくいし、バグに負けないフラグが立つと思う」
「そうか、ならよかった」
俺は胸を撫で下ろした。
砂糖を吐くような思いで書いたから、ダメ出しされたらどうしようかと思ったぜ。
けど――少しだけ気になることがある。
「キズナ、確認のためにちょっと聞きたいんだけどさ」
「うん、何?」
「お前今『わざとらしくない』って言ったけど、書いた本人からすればかなりわざとらしいように見えるけど……大丈夫なのか?」
ぶっちゃけ〈Wish Star〉そのものがわざとらしさの塊なのだが、そこは目をつむる。
「気になってるのは、特に最初のイベントなんだが。『男に絡まれている彼女を颯爽と助ける』などわざとらしさ極まりなくないか?」
ベタなほど良いって言われたから、最高にベタなのを持ってきたが、今考えるとこれはないんじゃないかとさえ思えてくるほどわざとらしく思える。
「書いた本人からすればそりゃあそう見えるだろうね。でも、相手側はそれを知らないわけだし、そこに使われる敵役だって自分が偶然彼女を見つけて、自分の意思で行動を起こしたと思っている。双方が自分の意思で行動していると思っている限り、わざとらしいなんて欠片も思わないよ」
何せ彼女はともかくとして、敵役はお前と何も接点がないわけだからね――とキズナ。
なるほど、言われてみればその通りだ。もしも自分が逆の立場だったとしたら、人の行動を気づかれず操れるような道具が、存在するなど夢にも思わない。
「それじゃあ、納得したところで送信しようか。まだ時間は十分あるけど、見直す時間も欲しいしね」
そう言って、モテ電を取りに行く絆。
「〈Wish Star〉起動……って、あれ?」
妙な声をキズナが上げたので、俺は後ろから画面をのぞき込んだ。
充電率が50%を切ってる。
「……太陽、これ、充電しなかったの?」
「……あ、すまん。忘れてた」
「もーっ! 何やってるのさ! これ太陽が幸せになるための道具なんだぞ! 万全の状態にしておかなくてどうすんのさ!?」
「ぐっ……何も言い返せねえ」
「オレ、LOVEの充電してたじゃん。なんで一緒にやらなかったの?」
いきなり増えたスマホだから、自分のだという認識が薄かったということ。
昨夜はシナリオを考えるのに夢中で、そこまで考えが至らなかったこと。
この2つが、充電を忘れた主な原因だと思われる。
元々あったスマホは100%になっているのが何とも言えない。
「今からでいいから充電して。少しでもやっておいて損はないから」
「ああ、わかった」
言われたとおりに充電器にセットした。
そういえばこの充電器で大丈夫なのかな?
天界でも規格は統一されているのだろうか?
「それじゃあ太陽、〈Wish Star〉にシナリオを入力して。充電器刺さったままだとやりにくいだろうけど、そこは我慢ね」
「自業自得だしな」
俺はシナリオを書いた紙を見ながら、本日のシナリオを入力する。
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《対象者A》 茂手太陽 備考=特になし
《対象者B》 八舞真奈 備考=勉強道具一式を所持
以下、本日のスケジュール。
期間は午前10時~午後5時。
午前10時=駅前で男に絡まれている対象者Bを対象者Aが助ける。
その後、中間テストの話題になり二人で図書館へ。
午前11時=勉強中。対象者Bの質問に的確に答える対象者A。
さりげなく難しい本を読んでいることをアピールし好感度を上げる。
午後0時 =勉強終了。対象者Bが勉強のお礼に、と雑誌で取り上げられたオシャ
レなカフェへと対象者Aを誘う。
ここで学校でのことを話し、さらに好感度を上げ親近感を持たせる。
午後1時 =食事のお礼に対象者Aが対象者Bを映画に誘う。
ジャンルはアクション映画。
ヒロインを助ける主人公の姿と朝の自分を重ね合わさせることが目的。
これで対象者Aに強い興味を抱かせる。
午後2時 =映画中。時折自然な感じでお互いの顔を見る。
視線を合わせ目で会話する。
午後3時 =映画終了。近くのファミレスで映画の感想を言い合う。
お互い時間を楽しく共有できたと思わせることが目的。
午後4時 =ビリヤードへ対象者Bを誘う。初心者な対象者Bに優しく教える。
お互い身体を触れ合わせ最後へ向けて意識を高揚させることが目的。
午後5時 =最終局面。帰りのバス停へ向かう途中の歩道橋の上、夕日を浴びつつ対
象者Aが対象者Bに告白。
晴れて二人はクラスメイトから恋人関係へとステップアップ。
対象者Aはバグにより奪われた幸せな未来を取り戻しハッピーエンド。
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「これで……いいんだよな?」
「うん、さあ、送信して」
「……ああ。押すぞ」
キズナに促され、俺は未来を掴み取るためのボタンを――押した。
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