第15話 ギャップ萌え

「起きて、太陽くん」


 優しくて甘い声がする。

 その声につられて俺の意識が徐々に浮上していく。


「もう8時よ。朝ごはん、食べるんでしょ? 早く起きないとお仕事に遅れちゃうわよ」


 塚本から送られてきたキングサイズのベッドでまどろむ俺を、横からゆっくりと揺り動かす声の主。

 なかなか起きない俺に対して「もう、早く起きて!」と言葉では言うも、声の調子から今を楽しんでいる様子がうかがえる。

 あー……癒されるぅ。

 こういうイチャイチャ、めっちゃ癒されるぅ……。


「今日は大事な会議があるんじゃないの? 遅れたらとんでもないことになるって言ってたじゃない」


 ……そんなこと言ったかな? 記憶にないんだが。

 記憶にないってことは、そこまで大事じゃないよな!


 きっとさっきの言葉はアレだ。彼女が早く起きてほしくてそう言っただけだ。

 本当は特に大事なことはなくて、もう少しくらいイチャイチャできるはずだ。


「早く起きないと……こうだ!」


「させるか!(グイッ)」


「きゃっ。もう、何するのよ♪」


 手首を抑えて抑え込まれた彼女は、そんな不満を口にする。

 だが、その不満は嘘だ。顔中から幸せが溢れている。


 ――もっとして。

 ――イチャイチャしたい。


 俺はそんな彼女の想いに応えるべく、ゆっくりと彼女に口を近づけ、愛を示した。

 確かに仕事は大事だ。生きる上で重要な生産活動だ。


 だが、それに気を取られ本来の幸せを逃すことはあってはならない。

 世の中には仕事よりも大事なことがある。

 そのことを俺、茂手太陽は知っている。


「好きだ、愛してる。真奈」


「真奈…………誰?」


 怪訝な顔をしてそう尋ねるわが妻。

 おいおい、マイワイフ。

 誰って、きみの名前じゃないか。自分の名前を忘れるほど結婚生活が幸せなのかい?


「結婚生活? 太陽ってば何言ってるの?」


 俺の言葉にまたしてもとぼける俺の奥さん。

 ははーん、さてはそういうプレイだな?

 別人のフリをしてとぼけることで浮気をあぶりだし、それがバレた夫とその奥さんによる家庭内不和――それを解決するためのわからセッ〇ス――最後は愛情を示して家庭円満――そういう流れということだな?


 よし、理解した。

 なかなかこったシナリオだけど、わが妻への愛を示すため、全身全霊で演じようじゃないか。

 仕事? 有給取るわ。


「浮気を疑っているのか? 俺はきみ以外の女なんて目に入らない。信じられないと言うなら――わからせてやる!」


「わからせるって……え!? ちょ、ちょっと待って! 太陽寝ぼけてる! ちゃんと起きてーっ!」


 俺は彼女の腰に手を回し、ぐっとこちらへ引き寄せる。

 大丈夫、もう起きてるさ(意味深)。


「ぎゃーっ!? このっ、いい加減にしろーっ!」


「ぐはっ!?」


 衝撃を感じた直後、肺の空気が全部漏れた。

 全身に電気が走ったかのように錯覚し、俺の意識は覚醒する。


「あ、やっと起きた」


 目を開けた俺の前にいるのは、愛するわが妻、真奈じゃない。

 金髪ショートのオレっ子天使(巨乳)――キズナだった。


「ほら、シャンとして! 今日は祝日だから、絶好のチャンスだよ! さっさと片付けなくていいの!?」


 腰に手を当て、キズナが俺を覗き込む。

 たわわ様が重力に引っ張られ、すごい迫力である。


「もう、人が風呂に入っている間に寝ないでよ。オレ、そんな長風呂でもなかったでしょ?」


「わ、悪い……」


 そうだった。思い出した。

 キズナの裸を忘れるため、頭を机に打ち付けたんだった。

 当たり所が良かったのか(悪かったのか)、一発で気絶したんだった。


「ほら、しゃんとする! 今日を逃したら次の休日になっちゃうし、一回使ったシナリオはバグが耐性持っちゃうから、二度と使えないんだからね! またアイデア百本ノックからになってもいいの?」


「マジでか!?」


 あのクソメンドくさい作業をまたやるとか冗談じゃない!

 世の中のラノベ作家の皆さんは、よくあんなクソメンドくさい作業を淡々とこなせるもんだと感心する。

 

「起きる! 起きるぞ! うん、今起きた!」


 覚醒アピールのため、急いで立ち上がる。

 頭が少し痛い気もするが、とりあえず今は気にしない。


「えーと、シナリオ実行って何時からだっけ?」


「10時。9時には家を出ないとダメなんじゃない?」


 最後の打ち合わせもしたいでしょ?――と言いながら、ご飯とみそ汁を運んできてくれたキズナ。

 作ってくれたのか……。


「無理言って一晩泊めてもらったし、まあ、このくらいはね」


「お前、料理できたんだな」


「当ったり前じゃん! オレの女子力舐めるなよ?」


「いや、一人称『オレ』の女が、女子力あるとか普通思わねえよ」


「まあ、それもそうか」


 納得し、俺の対面にキズナが座る。

 俺は並べられたおかずと一緒に、盛られたご飯をかっこんだ。


「どう? 美味しい?」


「……めっちゃ美味い」


「やった!」


 俺の感想に、キズナが太陽のような微笑みを見せた。

 くそ……こいつ見た目がいいからすげえかわいいじゃないか。

 

「こう見えて、オレって結構家庭的なんだぜ? 家事全般は結構得意なんだ」


「へえ、そうなのか」


「料理とかも結構好きで、趣味で色々作ったりもするよ。あ、その卵焼きめちゃ自信作!」


 キズナの言う卵焼きを口に含むと、信じられないほど美味かった。

 え、なにこれ? これが卵焼きだったとしたら、俺が普段食ってるのってなんなの?


「死ぬほど美味いんだけど……なにこれ? もしかしてめっちゃ高い卵とか買った?」


「冷蔵庫にあったやつだよ。だいたい、今のオレほぼ無一文だぜ? 買えるわけないでしょ?」


 そうだった。

 門限逃した上に、帰る金すらないから泊めたんだった。


「キズナ、お前将来めっちゃいいお嫁さんになるよ」


 心から俺はそう思った。

 天使に結婚制度があればの話だけど。


「へへっ、ありがと♪」


 そう微笑みを返したキズナに、思わず胸が高鳴った。

 好きな人がいるというのに、このリアクションは、キズナがとても魅力的だったからと、自分に言い訳させてもらうとしようか。






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