第13話 天使を泊めることになった俺

「おい絆!」


「ん? 何?」


 呼び止められたキズナは、不思議そうな顔をして俺のほうを振り向いた。

 何で呼ばれたのかわからない、見当もつかないといったリアクションである。


「何じゃねえって! 何でこっちに行くの!? お前が行くのはあっちだろ!?」


 そう言って玄関のほうを指差す。


「玄関? 太陽はオレに玄関で寝ろっていうの? 女の子にベッドはおろか布団も与えず玄関で!? そういう趣味があるの!?」


「違うわ! そんな趣味ね、ねねねねね、ねえわ!」


「そのリアクションがとても怪しい……」


「いや、まじ違うから! っていうかダイレクトに取るなよ! 俺が差したのは玄関の先! 外!」


「酷い! 外で寝ろだなんて! いくら日本が治安が良いとはいえ、女の子に外で寝ろとかありえないんだけど! やっぱり太陽は女の子を飼いたい系のドS……」


「だからダイレクトに取るな! 頼むから俺の言葉をシュートする前にワントラップ入れてくれ。言葉の方向を確認してくれ。ダイレクトにいかないでくれ。ゴールポストの遥か上空にかっとんじゃってるから」


「……つまり?」


「自分の家に帰れってことだ」


 当たり前と言えば当たり前のことだ。

 若い女の子が、仕事とはいえ出会ったばかりの男の家に泊まろうとか何を考えているのだろうか?


 お前は出会い系サイトで宿泊先を探す家出少女か。 

 あーゆーのまじで危ないからオジさん危険だと思うな!

 だからちゃんと家に帰れ。


「仕事で俺のトコ来たんだから、住むところくらいあるだろ? 実家か寮かは知らんけど」


「そりゃあるけど、今はちょっと無理かなあ。もう天界の門閉まっちゃってるし。天界の門は午前4時から午後8時までの16時間しか開いていないのですよ」


 もう開門時刻すぎちゃってるから帰れない。だから泊めて――とキズナ。


「天界の門って夜に開くんじゃないのか。草木も眠る丑三つ時に幽霊が最も活性化するっていうから、てっきり深夜に開くものだとばかり……」


「それは天界の門じゃなくて地獄の門。地獄が空調を良くするために開ける時間がその時間なの。そこから地獄の瘴気が漏れるから、こっちに隠れ潜んでいる霊が活性化するんだ」


 というのが天使さまのお言葉です。

 どうやら俺たちがよく知るオカルト知識と大分違うようだ。

 これで一本何か書いて、ホラー系文庫の新人賞に応募できないだろうか?


「お前なあ……そういうことは早く言えよ。知ってたらもっと早く帰らせてたわ。どうすんだよホント」


「だから泊めてくれって言ってるじゃん」


「お前の務めている会社? その会社から出ないの? 必要経費として宿泊費とか」


「……事後申請なんだよね、オレの会社」


「支度金が事前に出なくても金持ってるんじゃないの? 俺の抱えるバグって、最高難度のレベル4なんだろ? そんな難しい仕事を任されるくらいだから、お前それなりに持ってるんじゃないのか?」


「……あのですね、この前ワタクシちょっと大きなお買い物をしてしまいまして……。それで、その……お金がないの……」


 服のポケットから財布を出し、さかさまに引っくり返して上下に振るが、何かの会員カードやレシート、それに小銭が転がるだけで紙幣が出てくる様子はない。

 千円も持っていないのでは、ネットカフェの深夜パックも購入できるか怪しい。

 まあ、女の子が一人で深夜パック使うのってちょっと危ないのでオススメしないが。


「いつもなら持っているんだよ……。だけど、今回は急だったから仲間から借りる時間がなかったんだよ……。財布の中身も確認せず天界銀行に行ったらこれしか換金できなくて……」


 床に落ちた小銭やカードを拾いレシートをクシャと潰す。


「だからお願い! 一晩泊めて! もう帰りのゲートの入場料金くらいしか持ってないの!」


 うるうるした目で俺を見つめる絆。

 祈る手は胸の谷間に挟み込まれており、たわわに育ったソレを持ち上げ強調している。


 絶対コイツ狙ってやってるよ……。

 自分の魅力知ってて使ってるよ……。

 天使じゃなくて小悪魔じゃないの?


「あー……もう、わかったよ」


 帰れないというのならば仕方がない。


「おふくろの部屋使え。二階の奥だ」


「ありがとーっ!」


 他にアテがないなら泊めるしかないじゃないか。

 うるんでいたのはやはり演技で、泣きそうだった顔から一転、満面の笑みを浮かべて俺の首に正面から抱きついてきた。


 ……これは、まずいんじゃないだろうか。

 いや何がまずいってほら……色々と、わかるだろう?

 14歳以上の思春期を迎えた男女なら、絶対に理解できるだろう?


 俺のほうが身長は高いけど、キズナも女子にしては背が高いほうなので、俺と10センチも変わらないわけで。

 正面から抱きついたりなんかしたら、大ボリュームのたわわが俺の胸板に押し付けられるわけで。

 同時に柔らかいふとももが俺の下半身に押し付けられるわけで。

 俺自身の防御力が、硬化〇グレートを飲んだくらい上がってしまうわけで。


「うわっ! 抱きつくな! 礼はいいから早く離れてくれ!」


「えへへ~~、やっぱ太陽っていい人だね……どうしたの? 急に抵抗止めて」


 理性が飛ぶ前に何とかキズナを引き剥がそうと、若干ジャイアントスイング気味にグルグルと回っていた俺が、急に止まった理由をキズナが尋ねる。


「いや……いい人って言われるの、あんま好きじゃないんだ」


 それが理由でフられ続けたからなあ、俺。


『茂手くんっていい人なんだけど……』とか、

『太陽はいいヤツだよ。……だけど友達以上には思えない。……ゴメン!』とかさあ!


「いつ帰ってきてもいいようにキレイにはしている。言っておくけど、汚すなよ?」


 そう言って俺は、部屋を出て階段を『降りる』。


「どこ行くの?」


「地下室だよ。布団とかはしまってあるから出してくる。部屋で待ってていいぞ」


「ううん、行く」


 というわけで、俺とキズナは地下室へと向かった。

 空気圧縮された布団や毛布を、二人で運び出す。


「それにしてもこの地下室広いね」


「ホームパーティーの会場としても使ってたからなあ」


 親が日本にいる間は、交流を兼ねて、結構ここを使ってバーベキューとかをしていた。

 雨の日でも決行できるように、空調とかも完璧である。

 何が何でもバーベキューをやるという、両親の意気込みを感じるよな。

 俺の両親パリピかよ。


「ねえ太陽、全部終わって上手く行ったら、ここでバーベキューパーティーやらない?」


 お前もかよ。

 このパリピ天使め。


「まあ、別にいいぞ。ちゃんと片付けるっていうなら」


「わーい! やったぜ♪」


 キズナは飛び上がって喜びをあらわにした。

 俺はどちらかといえばメンドい(特に仕込みと片づけが)のだが、まあ、喜ぶやつがいるならやってもいい。

 助けてくれる恩人に、それくらいは報いてもいいと思っている。


「よーし、やる気出てきた! 太陽、頑張ろうね! 絶対幸せな未来を掴み取ろうぜ!」


「当たり前だ。やってやるさ」


 しっかりと幸せになってやる!

 本来俺が送るべきだった未来を、絶対に取り戻してやるぜ!



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