第11話 さあ始めよう、全てはここからだ。
白銀先生をハッピーエンドで終わらせた俺は、キズナと一緒に電車に乗った。
二つ隣の駅にある俺の家を目指すためである。
時刻は夜の7時半過ぎ――いつもの俺なら不機嫌な顔をしながら窓の外を眺めつつ、今このときも車内でイチャつくバカップルどもに呪いの念を送っているところなのだが、今日は祝福したい気持ちが芽生えている。
――人生って素晴らしい。
――愛って素晴らしい。
不思議なもんだ。普段は塚本と共に、わざわざバカップルへと接近し、二人の世界を破壊することに強い快感を覚えていたというのに。
――次は~桜道、桜道です。お降りの方は左側のドアの……
イチャつくバカップルに未来の自分と相手の姿を重ね眺めているうちに最寄の駅名が間延びした口調で読み上げられた。
「キズナ、降りるぞ」
「りょーかいっ」
俺は隣に立っているキズナ(ステルス中なので座れない)に声をかけ、一緒に近くのドアから出る。
バカップルの一組が同じ駅で降りたようだ。
男のほうは同じ年代の俺にチラッと視線を送ると、一瞬、見下したような表情を俺に見せた。
おひとり様乙!――とでも言いたいんだろうな。
普段の俺ならこの態度に腹を立てているところだろうが、今夜は一切気にならない。
なにせ幸せになる未来は確定しているわけだからな。
「太陽、怒っちゃダメだぞ?」
「あったり前だろ。いつ別れるかも知らない、もしかしたら今この瞬間にも浮気をしているかもしれない上辺だけの彼氏&彼女程度にどう思われようが気にしないさ」
「それでいいんだけど……なんか闇を感じるなあ」
「だいたい女のほう絶対ビッチだしな。さっきスカートの中一瞬だけ見えたけど、緑のヒョウ柄だったからな。しかも紐パン。胸元開きすぎ問題もあるし、ビッチ確定でたぶん間違いない」
「見てんじゃねえよ! っていうか一瞬で覚えてるの!?」
「ああ、記憶力と動体視力には自信がある」
「なんて無駄な人間性能……」
キズナが呆れたような目を俺に向ける。
「それに、お前のほうがかわいいだろ。一緒にいた女よりさ」
「え?」
「客観的に見て負けているところが見当たらないぞ。顔とスタイル、どっちも圧勝だろ」
バカップル女も悪くはないけど、キズナと比べたら分が悪すぎる。
光を浴びて輝く金髪に、グラビアアイドルばりのスタイルを持つキズナに対抗できそうな女子などそうそういない。
「性格はわからないけど、見知らぬ他人を助けてくれるお前が悪いわけないだろうし、趣味もあんなビッチビッチしたのよりも、かわいい感じでまとめているお前のほうがいいと思う」
まあ、エッチの時はあっちのほうが燃えるだろうとは思うが。
「その他にも話しやすさとか、柔らかい雰囲気とかあって――」
「ちょ、待った待った! ストップ!」
キズナが突然俺の口を塞いだ。
「い、いきなりそんな褒めちぎるなよ……照れるだろ! そういうの言われ慣れていないから、なんていうか……ハズいっていうか」
俺と目線を合わせないキズナが、なんだかかわいく思えた。
もちろん、男女的な意味ではない。
俺が好きな人は八舞さんなのだ。
「だいたいさあ! 太陽オレのこと電波女とか言ってたじゃん! なんでそんなに好感度高いんだよ!?」
「あれは会ったばかりでお前のことが信じられなかったからだ」
会ったヤツにいきなり天使だのなんだの言われたら、そりゃあ電波だと思うわ。
好感度上がるわけねえわ。
「今はお前の立場が証明されたし、しっかり信じているからな。好感度だってそれなりに高くなるさ」
「そ、そう……なんだ。オレの好感度、高いんだ」
「こんなことしてくれるんだから当然だろ? あ、勘違いしないで欲しいんだが、あくまで友達的な意味でだからな。恋愛的な意味じゃないから、そこ勘違いするなよ?」
「し、しねーよ! 太陽のバカ!」
といった、バカップルみたいなやり取りをしつつ家路についた。
問題はキズナがステルス状態なので、傍から見たら俺の一人芝居に見えることだな。
ご近所の噂にならないことを祈るとしようか。
☆
「……あと、どれくらい?」
「もうすぐそこだ。その角を曲がったところにあるデカい家」
遠い場所から仕事でやってきて、色々と下準備や説明、実践などをしたせいで疲れたのだろう。
少し元気なさげにキズナが尋ね、そのすぐ後に角を曲がる。
「うわっ、デカッ!?」
曲がったとたん、キズナが女子力低めの感想を漏らした。
「すっごい大きな家……。普通の家の四倍はあるなあ」
「特に意識したことはないけど、だいたいそのくらいか?」
「どんな悪いことすればこんな家が建つんだ?」
「人聞きの悪いこと言うな! 親父がデカい会社の重役ってだけだよ!
俺の家に初めて来るやつって、大体同じ事言うんだよな!
っていうか、オレのこと調べたんだったら、家のことぐらいわかりそうなものだが。
本人以外の情報は、基本的に開示されないスタイルなのだろうか?
進んでいそうだし、セキュリティ意識高そう。
俺の背より高い、鉄柵で作られた門を開け、手招きしてキズナを中に入れる。
しっかりと門の鍵を閉め、玄関のドアを開けた。
「ただいまー」
――シーン。
返事はない。まあ当然と言えば当然だな。
俺の家族は、現在俺一人を日本に残して海外にいるのだから。
返事があったほうが逆に不自然である。
「あ、そういえば太陽って今一人暮らしなんだっけ? 大変じゃない? こんなに広い家に一人って」
「別に。もう慣れたからな」
ここに来る前に俺の資料を見たんだろうな。
「ふーん」と言いながら靴をそろえるキズナ。
とても一人暮らしの男の家に来た女だとは思えない。
この天使、警戒心足りないんじゃないかな?
「太陽、居間ってどっち? LOVEの充電に電源借りたいんだけど」
「すぐ右の部屋。勝手に使ってくれていいぞ」
「わかった。ありがとー」
そう言って、スタスタと示された部屋へと赴くキズナ。
全く警戒した様子を感じない。
信頼されているって思っていいんだろうけど、ちょっとだけなんか悲しいな。
「さて、それじゃあ俺はメシでも作るか」
冷蔵庫の中身を確認しながら、頭の中でメニューを考える。
今日は久しぶりに二人前か。
これからのこともあるし、ちょっといいものを作ってやろうと思う。
そんなこんなで飯を作ってからしばしの時――。
食休みと充電を終えた俺たちは、席を挟んで向かい合う。
「さてと、腹も膨れたことだし……」
「戦の準備を始めようか」
――さあ、運命と戦おう。
俺と絆の間にあった夕飯後のまったりとした空気は消え、命がけの戦争に赴く兵士のそれへと変わる。
命がけというのは大げさでもなんでもない。
この戦は俺の未来を勝ち取るもの、不幸のどん底に沈み短い生涯を終える運命を変えるもの、バグに奪われた本来の幸せな人生を取り戻すためのものだ。
居間のペン立てからボールペンを取り出し、メモ用紙をテーブルの上に置く。
幸せな運命を取り戻すために――、
巣食ったバグを修正するために――、
幸せな未来を描こうじゃないか。
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