第10話 ある1つのHAPPYEND

 美星、俺は馬鹿な男だ。弁護士なんて頭の良さそうな仕事をしちゃいるが、子どもがそのまま大人になったような男だ。

 一緒にいれば子どもみたいな理由でお前を傷つけるかもしれないし、お前に辛く当たるかもしれない。

 でも、でもな……そんな子どもだからこそ俺は……俺は、純粋にお前との未来を信じることができるんだと思う。

 純粋にお前だけを愛せるんだと思う。

 愛する人と築く幸せな家庭を夢見ることができるんだと思う。

 美星……俺と一緒に、夢を見てくれないか? 俺と……、俺と……!


 ――結婚してくれ!


     ☆


「どうだい太陽クン? モテ電の効果は?」


「正直ここまでとは思わなかった。完成度高けーな。俺が書いた内容を本当に完璧に再現している」


 俺は目の前で行われている光景に目を奪われた。

 信じられないことに、俺が書き記したとおりに事が運んでいる。


 記した時間になったとたん、突然先生のスマホが鳴り始めたかと思ったら、あれよあれよという間に話が進み、プロポーズへと至ったのだ。

 彼氏さんの声の調子からして、冗談や嘘の類ではないことは明らかである。


 話したいと思いつつも、それが叶わなかった先生は、突然の電話で数秒の間放心状態だったが、落ち着きを取り戻すと涙まじりの震える声で自分の罪を謝罪し始めた。

 その勢いで、いかに彼氏さんのことを愛しているかを電話向こうの人物に訴え続けた。


 正直、聞いている俺たちが赤面するくらいの内容だった。

 年齢制限を設けたほうがいいんじゃないかというくらいに愛をささやき続けていた。

 多分、誰かに聞かれていたと知ってしまったら、あまりの恥ずかしさに気絶してしまうんじゃないかと思う。

 ちょっとステルス解除したい気分になったのは、きっと俺がちょいSだからだろうな。


 目の前で行われているリアル恋愛ドラマは今まさにクライマックス。

 彼氏さんのプロポーズに、先生が返事をしているところだ。


「私も好き! 大好き! あなたの子どもを産みたいの!」


 生徒に聞かせちゃいけないセリフ第1位だな。

 聞かれたら死ぬ。(先生が)


「太陽、コレ見てくれる?」


 先生のラブラブっぷりを姿を消して見ている中、突然キズナから天界式タブレット――LOVEを見せられる。

 言われたとおりに画面を見ると、白銀先生の情報がどんどん更新され続けていた。


 書き換えを実行する前の面影はすでにない。

 さきほどまであったはずの『恋人関係の解消』とか『別れを切り出す』とか『運命の赤い糸は切れ――』とかの、破局を示す言葉は完全に消えている。


 まるでメトロノームのように一定のリズムでカチッカチッと、F5キーを連射したんじゃないかと思うような速度で更新され続け、ついに更新が止まり――画面いっぱいに文字が表示される。


 ――HAPPY END――


「運命の確定を確認」


「ってことは、これで先生の幸せな未来が確定したってこと……なのか?」


「そういうこと」


 パターン――と、LOVEを閉じて輪の中にしまう。


「本当に? 後々離婚したりは? ほら、結婚する前と後で気持ちが変化するって言うじゃん?」


「運命が流動しているならそうなるかもだけど、確定させちゃったからそうはならないよ。《Wish Star》の効果によって、アカシックレコードが書き換えられると、シュバルツバルド係数が固定されて運命が確定するんだ。確定した運命は決して覆せない」


 因果地平の彼方まで、確定した運命については、全て幸せに彩られるんだよ――とキズナ。


「仕事とか人間関係においては、そりゃあ嫌なこともあるだろうけどさ、夫婦関係についてはもう幸せ一択だよ」


「本当に? 絶対に? 何があっても?」


「うん、絶対にそうなる。アカシックレコードに直接手を加えているから」


〈Wish Star〉は、そしてそれを内包するモテ電はそういうツールなのさ――と、自信満々にキズナは言う――が。

 突然何かを思い出したかのような表情になり、その自信満々が崩れた。


「おい、どうかしたのか?」


「あー……うん、まあ、ちょっと」


「お前の言うことを信じれば、俺の最悪の未来は書き換えられて、俺も家族も助かるってことでいいんだよな?」


「うん、その認識でいいよ。たぶんそうなる」


「おい、さっきと言ってること違うじゃねえか」


 さっきは『絶対』って言ってたぞ。

 あの自信はどうした?


「いや、ちょっと思い出したことがあって……」


「思い出したこと?」


「う、うん……。まあ、些細なことだから気にすんな!」


「気にするわ! めっちゃ気にするわ! 俺の命と未来がかかっているのに、そんなあっさり流せねえわ!」


 むしろ流せる人間はいるのだろうか?

 いたとしたら、そいつはよほどの大物か馬鹿に違いない。


「気になるから教えてくれよ。このままじゃ夜しか寝れなくなるだろ」


「いや、充分でしょ。そこまで言うなら教えるけどさ……」


 渋々といった感じでキズナが説明を始める。


「さっきはこの〈Wish Star〉は絶対って言ったけど、厳密に言うと限りなく絶対に近いだけで、100%絶対っていうわけじゃない。正確な書き換え成功率は99.99%。失敗する確率は0.01%でしかない。まあ、誤差の範囲だよね?」


 キズナの言葉に俺は頷く。


「その0.01%の失敗の原因は?」


「いろいろ考えられるけど、まず考えられるのはエラーかな? データ送信が上手く行かなかったり、送信したパケットに欠陥があったりして、本来の送信データと違った形に受け取られてそれが実行されるパターン」


「なるほど。他は?」


「他は……バグの大きさと強さ? 想定以上に事態が進行していて、そもそも〈Wish Star〉では対処ができないパターン?」


「それメチャクチャやばいやつじゃねえか! 俺のは大丈夫なんだろうな!?」


「大丈夫に決まってるじゃん。だから担当がオレ一人なんだよ」


「そ、そうか……」


 なんか安心した。


「オレの行動を助けてくれるサポートスタッフは数人いるけど、一緒に行動するのはオレ一人さ。もしも手に負えない事態なら、最低十人以上で当たっているよ。だから大丈夫。心配すんな!」


 パンッ――と、キズナが背中を叩く。


「さ、実験も無事終わったし、そろそろ行こうぜ」


「……そうだな」


 俺たちは顔を見合わせ頷くと、幸せ漂うその場を後に駅へと向かった。

 先生、お幸せに。

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