第9話 神のごとき所業に手を染める俺
「ちゃんと覚えた?」
「ああ、もちろん。……そっちは?」
「こっちも完了。すっごく丁度いい人を一人発見。……はい」
〈Wish Star〉を起動し、タイトルロゴが表示された状態で絆がモテ電を差し出してくる。
俺はそれを受け取り、落とさないようにしっかりと力を込めて握り締めた。
「移動するよ。近づいても相手に気づかれないようにステルス範囲を拡大する。オレから離れないようについてきて」
――ステルス範囲拡大。自身、及び接触者を不可視に設定。
そう呟き、キズナが俺の手を握った。
「っ!?」
突然手を握られた俺は、心臓が大きく跳ね上がった。
キズナに聞こえてしまうんじゃないかというくらい大きな高鳴りをしている。
突然手を握られたくらいでこれかよ……。
恋愛に縁がなかったとはいえ、仲の良い女子はそれなりにいるのに、手を握られたくらいでこれか。
……我ながら免疫なさすぎだろ。カッコわるいなあ。
「どうしたの?」
「……いや、なんでもない。それより行こうぜ」
「うん?」
俺は心臓の状況にキズナが気づかないことを祈りながら、何気ない顔で場所を移動した。
☆
「止まって」
キズナが手で制す。
どうやらお目当ての人物を発見したらしい。
キズナは器用にも、握っている手とは反対の手だけを使い、LOVEのスリープを解除する。
「うん、間違いない。太陽、あの人だよ。あの青いジャージを着た、見た感じ20代中盤の女の人」
手が塞がっているので、視線で教材となるターゲットを示す絆。
俺が彼女の視線の先を追うと、小さくてわかりづらいが、かすかに青いジャージっぽいものを着用している人を発見した。
すでに日が落ち、辺りは暗いため女性かどうかまではわからない。
様子を探るためにもっと近くに行こうとキズナが言うので、手を繋いだままそろりそろりと――ステルス機能が働いており足音も気配も消す必要は全くないのだが――泥棒のような抜き足差し足で接近する――と。
突然ポケットに入れておいた、俺の本来のスマホが鳴り始めた。
突然の軽快なメロディーに心臓が口どころか、頭のてっぺんから頭蓋骨を突き破って飛び出てしまいそうなくらい驚いたが何とかこらえる。
この着メロは……塚本だな。
無視してもいいけど、延々と鳴らされる可能性もあるし、いったん出るとしようか。
俺はキズナに目で合図を送り、電話に出る。
「だいよおぉぉぉぉぉぉ……」
――ピッ、ツーツーツー……
通話ボタンを押した瞬間、中学時代から毎日のように聞きなれた声が、怨念がこもっているかのようなおどろおどろしいテンションで俺の耳に飛び込んできた。
俺はその第一声で塚本が話そうとしている内容を全て完璧に理解し、わずか数秒で電話を切った。
「何だったの?」
「宗教の勧誘」
あながち間違ってはいない。
大方ガッつきすぎて相手の娘に引かれ、途中でデートが強制終了してしまったのだろうさ。
「俺をなぐさめろ!」「愚痴を聞け!」「一緒に全世界のリア充が爆発するように祈るんだ!」みたいなことでも言い出すつもりだったに違いない。断言できる。つまり、非リア充教への勧誘。
「……にしては随分と機嫌がよさそうに見えるけど。まるで勝ち馬に乗ったみたいな顔してるよ?」
そりゃあ当然だろうさ。
調子に乗って散々俺をコケにし、ドヤ顔で俺を見下した奴が、俺と同じ負け犬のステージに戻ってきたのだから。
さらに言えばこれから俺は勝ち馬に乗る。
しかも塚本が乗っていた勝ち馬とは比べ物にならないくらいの、最高の勝ち馬にだ。
例えるなら三国志最強と名高い呂布の乗っていた赤兎馬。
もしくは内政チートな曹操が乗っていた絶影に乗るようなもの。
塚本の乗った馬も悪くはなかったが、千年以上も経過した今の世にまで名をとどろかせる名馬と比べれば、流石にその存在も霞む。
負けたと思っていた相手に圧倒的大差で勝つ。
自分を見下したリア
そりゃあ機嫌が良くなるってもんさ。
ざまぁ、塚本。バイバイ塚本。俺はお前の先に行く。
俺は顔がほころんだまま自分のスマホの電源を切り、再び塚本からの電話がかかってこないように予防し、キズナと共にターゲットへ接近を再開した。
最初は視力2.0の俺でもギリギリ見えるくらいの大きさでしかなかった件のターゲットだったが、近づくにつれ徐々にヴィジョンが鮮明になる。
……あれ? この人。
「どうかした?」
ターゲットまで残り6メートルといったところで、急に俺が歩みを止めたため振り返ったキズナ。
「いやこの人、俺の担任だ。今日は風邪で休みって聞いてたんだけど」
ターゲットとなった女性は、俺の良く知る人物だった。
彼女の名前は白銀美星(シロガネ ミホシ)。
都立茜空高校2年A組の担任にして体育教師である。
一見厳しそうな凛とした雰囲気の美人だが、実は結構優しい上にスタイルが抜群。
そのため生徒からの人気(特に男子)は高く、「運動後のジャージが欲しい」「あの尻で座られたい」「意外と奥手っぽいから壁ドンしたい」「教師と生徒の立場を逆転させ、自分の魅力をわからせたい(意味深)」などという願望を口にする生徒が多数存在する。
常に明るい先生で、彼女が落ち込んだ姿など見たことがないのだが、一体彼女に何があったのだろう?
「白銀美星、年齢は24歳。二次元のコスプレが趣味、同人サークルに所属し作家活動にも勤しんでいる。ちなみに内容は18禁、なのでこちらは生徒にも教えていない。現在つきあっている男性あり。相手は同じサークルに所属する、戦国KABUKIの伊達政宗のコスプレが似合うイケメン弁護士。落ち込んでいる理由はその彼氏さんと激しい喧嘩をしちゃったみたい。理由は……うわ、しょーもな…………」
LOVEを見るキズナからそんな言葉が漏れる。
果たして、キズナが呆れた内容とは――。
「キャラクター同士のカップリングについての話題で議論が白熱? 議論の内容はリバーシブルを認めるか否か? 自分の意見を認めない彼氏さんに逆切れ、彼氏を殴って家に帰り、風呂に入ったところで冷静になり謝罪のメールと電話を繰り返し行っているが未だ彼氏から連絡は来ず」
想像以上にしょうもなかった。
っていうか、美星先生オタだったんかい。しかもわりとガチめの。
「ちなみに彼氏は急な弁護依頼で証拠物件を集めるのに忙しく連絡が取れない状況にあり、このまま恋人関係が解消されることもやむなしと考えている。このままの状態が継続し、2日後、彼氏さんの仕事が一段落した際に別れを切り出す電話鳴り、運命の赤い糸は切れ、失意のどん底のまま月曜日の出勤を迎える、か。……うーん、この公園にいる別れそうなカップル、もしくはその片割れで検索かけたんだけどこれは……どうなんだろうね? 徳はそれなりにある人だから幸せにするには問題ないんだけど」
言いたいことはよくわかる。ちょっと……いや、かなり理由がアレすぎる。仕事だからとはいえちょっと嫌な気分になったのだろうが他に適当な人がいないのだししょうがない。
「じゃあ太陽、準備して」
「ああ、わかった」
俺は〈モテ電〉を握り画面をタッチ。
件のアプリ〈Wish Star〉を起動する。
「まず先生の名前を入力して。一言一句、絶対に間違えないように。次に彼氏さんのも同じように」
「わかった」
「先生の名前を書き終えたら、次に彼氏さんの顔を確認ね。頭に叩き込んで。顔を知らなきゃこのアプリ、効果がないから」
「了解だ」
俺はキズナの持つタブレット――LOVEを覗き込んだ。
美星先生の彼氏の顔が表示されている。
なかなかのイケメンじゃないか。
金も地位も愛もあるって完璧だな。ちょっとムカつくぞ。
「最後にコメント欄。これは太陽みたいにレベル4じゃない限り必要ないんだけど、練習のために埋めようか。今の時刻が4月28日の午後7時17分だから、まずそれを入力。そのあとは適当に『この後どうなるか』埋めちゃって。そこまで終わったらオレに見せてよ」
「あいよ、了解っと」
俺は言われたとおりに全てを終わらせ、キズナに見せる。
イベント内容はこれから3分後、つまり4月28日午後7時20分に彼氏さんから電話があり、それを受けた先生は謝罪。涙ながらに謝る先生の声に、保護欲が刺激されキュンとなった彼氏さんがそのままプロポーズをするというものだ。
90年代のドラマで使い古されたような内容だけに、ちょっとベタすぎるかなと自分では思ったのだが、絆の反応はかなり良かった。
「これならいけるよ!」と、俺のシナリオを絶賛する。
理由を聞いてみたところ、指定するイベントはベタならばベタであるほどいいらしい。
多くの人々が恋愛フラグだと認識しているものほど効果が大きいとのこと。
大きければ大きいほど運命の赤い糸はより強固に、太くなるとのこと。
ならばこの反応も納得だ。
絆と顔を見合わせアイコンタクトを取った後、俺は実行キーの上に親指をそっと乗せ――、
生まれて初めて人の身でありながら神の如き所業に手を染めた。
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