第5話 天使に救急車は呼ばない

「このスマホを? 悪いけど俺、スマホならもう持ってるぞ。ホラ」


 そう言って自分のスマホをキズナに見せる。


 小学生でも持っているこの時代に、スマホを持っていない高校生ってものすごくレアなのではないだろうか?


 俺のまわりはみんな持っているし、たぶん間違いない。


「新しいスマホに交換しようとも思わないし、正直別にいらないんだけど」


「ほほぉう、いらない? 本当に? 天界政府直属機関、恋愛省公認のフラグ修正ツール――《Marrige Organize Tempt Enterprise-Phone》、通称モテ電をいらないって?」


「政府公認のブツにしては略称が色々とアレな感じだな……」


「まあそれはオレも思ったことがあるけど……わかりやすいからいいじゃん!」


 俺のツッコミを勢いで返すキズナ。


 ちょっと怒った顔もかわいいので、うっかり心を許しそうになる。


 危ない危ない……ちゃんと心に鍵をかけるんだ、茂手太陽。


 ありえないくらいの超美少女とはいえ、電波で中二は荷が重すぎるぞ。


「このモテ電はねえ、電話もメールも、なんとアプリもできちゃったりするんだぞ!」


「むしろそれができないスマホがあるのか?」


「そればかりか! 人界だけでなく天界までが圏内なため、死んだご先祖様とかと話たりするんだぞ!」


「俺の爺ちゃん婆ちゃん、父方母方両方ともピンピンしているから特に興味ない」


「じゃあこれはどうだ! 写真機能! なんと背後霊まで映せる代物だぜ!」


「俺、ホラー苦手だからむしろいらない」


「ならこれは? 万歩計ならぬ寿命計機能。持ち主の残りの寿命が表示されるだけど」


「見たくねえよ! 自分がいつ死ぬかなんて知りたいヤツいるか!」


「じゃあ、じゃあ……う~んと、う~んと…………」


 どうしてもキズナは、このモテ電とかいう怪しげなスマホを俺に渡したいらしい。


 様々な機能を必死にアピールするけど、俺のスマホでできるものだったり、怪しすぎて引くような機能だったりでぶっちゃけいらない。


 アピるキズナと断る俺。そんなコントを繰り返しているうちに完全下校時刻も近づいてきたので、話を切り上げて帰るとしよう。


 俺はポケットの中に入れられたモテ電をキズナに返す。


「待て! 待って! じゃあ好きな女の子と絶対恋仲になれる縁結び機能が入っているって言ったらどうする?」


 ……!?


 ……え、縁結び機能、だと!?


 ……す、好きな女の子と恋仲になれる機能だと!?


 ……しかも、絶対!?


「べ……別に……いらねーよ!」


 正直心が少し動かされた。


 言葉が少しつまってしまったのは、塚本に先を越されたからだと思いたい。


 だいたい、そんなものはありえない、あるはずがない。


 もしもそんなファンタジーなものがあるのなら、世の中みんな幸せいっぱい夢いっぱいで、離婚なんておきないし浮気なんてしない。


 心が弱っていなければこんな戯言、一笑に伏してやるというのに。


 それができなかったということは、想像以上に心が弱っている可能性があるな。


 帰ってふて寝しよう。


「じゃあこれはいらないんで返すから。じゃあな!」


「待ってよ!? 嘘だと思ってるんでしょ!?」


 そうだよ!


 だからさっさと帰りたいんだよ!


「使い方説明するからもう少し待ってってば!」


 強引に渡して帰ろうと俺の腕に、キズナが必死にしがみつく。


 一人称と相反しているたわわに育った果実が、俺の腕にぷにゅんと押し付けられる。


 (くっそぉう、こんな誘惑に屈してなるものか!)


 内心ちょっと屈したい俺だったが、それでも何とか奮い立ち、全力を振り絞って廊下へと飛び出した。


 しかし、二歩も進まないうちにその足が止められる。


 絆が教室のドアを掴んだようだ。


 これじゃあ腕にしがみつかれている俺は進めない。


「いいから離せ! 俺はもう帰るの! 一人暮らしだから夕飯の支度しなくちゃいけねーんだよ! 電波な会話につきあう時間はもうお終いなの!」


「あと五分! あと五分でいいから――ってゆーか今電波って言った!? やっぱ嘘だと思ってたんだな!?」


「当たり前だあああぁぁぁぁっ! 天使とか天界とか信じられるかあああぁぁぁっ!」


「『信じる者は救われる』っていう言葉があるのにっ!?」


「そんな言葉は知らねえな! 『信じる者は馬鹿を見る』じゃないのか!?」


「なんて罰当たりなことを!? これがゆとり教育の弊害なの!?」


「ゆとり関係なえよ! ってゆーかお前天使なのにやけに日本の教育事情に詳しいな! やっぱお前人間だろ! 電波で中二の女子高生だろ!」


「オレは電波でも中二でもないよ! 本当に天使なのーっ!」


 激しく言い合いながら俺は振りほどこうと、キズナは引きとめようと、一進一退の攻防を継続する。


 力なら明らかに俺のほうが上なのだが勝負は終わらない。


 女の子を傷つけないよう気を使っているためだろうか。


 それとも、キズナの胸部のふにっふにのやわらか素材が気になって本気がだせないからだろうか?


 ……きっと前者だな!


 そんなこんなで攻防は続き、完全下校時刻まで残り五分になるまで行われた。


 放送部のどことなく哀愁漂う放送で、校内に残っている生徒に下校が促されたころ、予想もしなかった第三者の存在によってこの勝負は強制的に打ち切られることとなった。


「あれ? 茂手くん? こんな時間まで何してたの? 確か茂手くんって部活に入っていなかったよね?」


「や、八舞、さん?」


 俺たちの不毛な勝負を打ち切らせた第三者の名前は八舞真奈ヤマイ マナ、俺のクラスのアイドル的存在であり……その、俺が一年のころからずっと好きだった女の子だ。


 いるはずのない人物の存在に彼女は相当おどろいたようで、口に手を当てて目を丸くしている。


 腰まで伸びた黒髪もふわりと軽く浮いているところを見ると、軽く飛び上がったのかもしれない。


「ふーん、彼女が太陽の好きな人か」


 ああ……驚いた顔もかわいいな――などと、自分の想い人の魅力に心を奪われていた俺だが、キズナの何気ない一言で今の自分の状況を思い出た。


 液体窒素100%で構成された風呂にでも浸かったかと思えるくらい背筋が一気に凍る。


 だってそうだろ? 好きな女の子の目の前で、他の女の子が腕にしがみついているんだぜ?


 おっぱい(しかも巨乳)を形が崩れるほど押し付けているんだぜ?


 事情を知らない他人が見れば恋人同士の痴話喧嘩、もしくはバカップルの過剰なイチャつきに思うに違いない。


 そう思われてしまったら最悪だ。この先、いつになるかわからないが、ありったけの勇気を振り絞って彼女に告白をするときがあったとしても、「あの娘はどうしたの?」と聞かてしまいかねない。


 うまく説明ができずにしどろもどろになった俺の態度を見て様々な誤解が生まれるに違いない。


 具体的に言うと、説明できないほど酷い別れ方をしたんだとか。


 そうなってしまったら、「ごめんなさい」となる可能性が跳ね上がってしまう。


 それを防ぐには、ここでその可能性のある未来に辿り着いてしまうルートを完全に塞ぐしかない。


「八舞さん、ちょっと助けてくれ! 俺の代わりに黄色い救急車を呼んでくれ!」


「どうして?}


「ここの生徒じゃないのに学校にもぐりこんだり、わけのわからない行動をしたり、自分を天使だとか名乗る電波女がいるんだ!」


「え!? 本当に!?」


 俺の言葉に驚いた八舞さんが教室に入る。


 これでいい、これで。教室に入れば、ドアのところで踏ん張っているこの電波女の姿が確認できることだろうさ。


「これで終わりだ電波女」


「あーっ! 電波ってまた言った! 違うもん! オレ本当に天使なんだからなっ!」


「頭のおかしな人はみんなそう言うんだ! 黄色い救急車に乗っておとなしく閉鎖病棟に帰れ! それがお前のためだ!」


「きーっ! 天使を重度の精神病患者みたいに! 言っておくけど無駄だからな! そんなこと頼んでも!」


「無駄なもんか! 世の中にはなあ、無駄なことなんて何一つないんだ。そう……中学時代、告白するたびに『お友達でいましょう』と言われ続けたことだってきっと無駄なんかじゃないはずなんだ……。おそらく俺の精神的成長の……糧、に……」


「……あの、何か、ゴメン。変なスイッチ踏んじゃったみたいで……」


「謝るな! 頼むから謝らないでくれ……。余計に凹むから……」


「あの、茂手くん」


 トラウマスイッチを押されて若干精神が向こう側に飛びかけたころ、教室の中を確認していた八舞さんが教室の後ろのドアから顔を覗かせた。


「ようやく終わりだな。またな、電波女」


「いいや、違う。始まりだよ」


 俺の言葉に、なぜかキズナは不敵な微笑みを見せる。


「どういう意味だよ、それ?」


「さあね? ま、すぐにわかるんじゃない?」


「はぁ?」


「あの、茂手くん。教室を見たけど、そんな人どこにもいないんだけど」


「…………え?」


「ってうか、さっきから誰と話しているの?」


「…………ええっ!?」


「どこにもいないわよ? 茂手くんが言ってたような人」

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