第4話 天使登場
「よう、茂手。こんな時間にどうした? あれ? お前部活入ってたっけ?」
「あれ? 太陽ってさっき帰らなかった?」
「あ、茂手くん。すっごく面白いって評判の本、大量入荷したから気が向いたら図書室に来てね」
部活&委員会に精を出している友人たちと軽い挨拶を交わし、教室へと歩を進める俺。
男女関係なく気軽に声をかけてもらえているから、客観的に見ても俺の人気ってそんなに悪い方じゃない、むしろ良い方まである。
なのになぜか全っ然彼女ができないんだよなー……。
告白してもお友達でいましょうとか言われて、本当にそのまま友達づきあいが続くんだよなー……。
めっちゃ辛いわ! トドメさせよ!
「あいつには……、あいつにだけは…………、負けないと思っていたんだけどなあ」
塚本にできたのにどうして俺には――そんな負け犬的な思考が心を蝕む。
「考えるだけ心を病む……さっさと取るもの取って帰ろう……」
そうぼやきつつ、切腹後の侍くらいうなだれながら教室のドアを開けた。
俺の日常を構成するものの一部が、夕日に照らされ幻想的に彩られている。
――黄金に輝く、俺以外に誰もいない教室。
――廊下に足音はなく、聞こえるのは木々のざわめきだけ。
まるで、今にも何かが始まりそうな、非日常感があふれ出している。
「……なんて、考えるのは心が弱っているからだろうな」
ため息をつきながら机の中をまさぐる。
「……………うん?」
机の中の手に何かが降れた。
俺は置き勉はしないでちゃんと持って帰る派なので、授業が終われば机の中には何もなくなる。
しかし今日は忘れ物をしたため、財布とスマホがあるはずだった。
そして俺の思った通り、ちゃんと財布とスマホはここにあった。そう、それはいい。いいんだよ。
よくないのは……なぜかスマホが二つもあるということだ。
一つは黒、俺のスマホだ。イレギュラーな案件が起きたため、一応中身を確認してみるけどやはり俺のだ。
フォルダに……その、現在片思い中の子の写真があるので間違いない。
※隠し撮りじゃないことは明言しておく。
もう一つが白。俺のよりも少し大きめで、何もデコレートされていない新品同然の――『おかしな』スマホ。
普通のスマホなら必ずあるはずの会社名がどこにも表記されておらず、見慣れない『天/人』という何に使うかわからないボタンが表示されている。
さらにその上俺が見たこともない謎のアプリケーションソフトが複数インストールされているときている。
これはもう、『おかしな』と言っても過言じゃないだろう。
だがしかし、おかしなところが多々あるけれどもスマホはスマホ。
これ一つで日常生活から遊びに至るまで、何でもできてしまう便利ツールを失くしてしまった誰かは、きっと困っているに違いない。
それなら、然るべきところに持って行ってあげるのが、人としての優しさってもんだろうさ。
おそらく、誰かが落としたのをその後誰かが拾い、多分現場に一番近かったであろう俺の机に入れたんだろうな。
「とりあえず誰のかわかんねえし、職員室にでも持っていくかな」
「職員室は困るなあ」
「っ!?」
誰もいないはずの、俺以外誰もいなかったはずの教室から女子の声が聞こえてきた。
いったい誰だ? さっきまで、俺以外ここにはいなかったはず――。
声のしたほうを振り返る。
「不特定多数の人間に触られると色々厄介になるから、止めてくれると嬉しいな。っていうか止めろ」
見たこともない制服を着た、見たこともない女の子が、最前列の教卓に腰掛けていた。
年はたぶん、俺と同じくらい。
身長は女子にしてはやや高いほうで、160の真ん中くらいはありそうだ。
目は軽いつり目で、まるで子猫を思い起こさせる。
鼻の形、口の形も大きすぎず小さすぎず、子猫のような目にこれ以上ないくらいマッチしている。
頬から顎にかけてのラインはスラリとしているくせに、触ったらぷるぷるとしそうなくらいにハリがあり、身体つきは同年代の女子と比べるのが失礼なくらい成長している。
くびれた腰、それとは反対にやや安産型の尻。
そこから伸びる肉づきの良いふともも。
そして……農家の人が丹精込めて育てたマスクメロンのようにたわわにふくらんだ胸。 間違いなく90は超えている。
そんな、まともな男が100人いれば100人全員が振り返るんじゃないかというくらいかわいくて、スタイルまでも完璧な金髪美少女が目の前にいる。
俺はその子の美しさに、一瞬、呼吸をするのも忘れてしまった……のだが。
「だいたい、そのスマホはオレのだし…………いや、オレのと言えばオレのなんだけど、キミのものでもあるのかな、この場合?」
少女の発言に一気に冷めた。
呑まれるほどの美しさを持つのに一人称が『オレ』――これはいい。覚める原因にはならない。むしろ萌える原因になるまである。
見た目と言動のギャップが相反して、相乗効果で魅力を高めてくれている。少なくとも俺はそう思う。
こういう超美少女かつワガママボディの女の子の一人称が『オレ』……男友達的な距離感でつきあっていたけど、いつしか男女の違いを意識して関係が変化し、何かをきっかけに恋人になるなんてシチュエーション最高じゃないか?
しかも女の子の顔を見せるのは、恋人の前だけとかだったら独占欲満たされるわ。
なので、冷めた原因はそこじゃない。
この正体不明のスマホが、自分のでもあり俺のものでもあるとかいう意味の分からない言動が覚める原因である。
電波か? 中二か? それともジャイ〇ンなのか?
この子の言葉を意訳すると――お前の物はオレの物。
ジャイ〇ンである可能性が高いな!
ジャイ〇ンがTSしたら美少女説がここに誕生した。
「よっと」
ジャイ〇ンである可能性があるその少女は、軽く勢いをつけ教卓から降り立った。
そのままツカツカと歩いてきて、俺の手の中にある白いスマホを奪い、
「はい」
俺の制服のポケットに入れた。
「……何してるんだ?」
「見ての通り、スマホをポケットに入れた」
「何でだよ!? さっきよくわからない電波なこと言っていたけどそれが理由か!? 言っておくけど、絶対俺のスマホじゃないぞ!?」
「いや、キミのだよ。今日からね。茂手、太陽クン」
「!?」
こ、こいつ……俺の名前を?
超美少女に名前を知られているのは悪い気はしないが、それでも時と場合による。
知らないやつに名前を憶えられているなど、恐怖以外の何ものでもない。
こいつ、どこかで会ったか……いや、ないな。こんな目立つ見た目だったら、一度会ったら絶対忘れやしない。
いったい何者だ、こいつ?
「フフッ……驚いてる驚いてる。『何で会ったこともないこんなかわいい子が自分の名前を知っているんだろう』って顔してるな」
「自分で自分のことかわいいとか言うな」
どうやらこの女は、少々自意識過剰らしい。
まあ、見た目が見た目だしわからなくもない。
この発言で少し冷静になれた俺は、この見知らぬ女がどこの誰か明らかにするため、いくつかの質問をすることにした。
「で、俺の名前を知っているお前はどこの誰だ?」
「何で俺の名前を知っていた?
「ってゆーかお前ウチの生徒じゃないよな?」
「部活の交流試合でもない限り、他校の生徒は立ち入り禁止のはずなのに、何で俺のクラスにいるんだ?」
「あとお前がポケットに入れたこの白くて少しおかしなスマホ、突然今日から俺のだって言われても全然納得できないんだが? さっきのはどういう意味――」
「ちょっとちょっと! ストップ! そんなにいっぱい質問しないでよ! そんなに質問されても、いっぺんに答えられないってば!」
そう言いながら、女は俺の口を塞いだ。
小さくて柔らかい、美少女の手が唇に触れていると思うと、何とも言えない気持ちになるのは、男の子だから仕方ないよな!
「それじゃあ、まず、最初の質問からお答えしましょう」
俺が大人しくなったことを確認すると、目の前の女はゆっくりと語り始めた。
「オレの名前はキズナ。天界からやってきた天使です」
……塚本に先を越されたショックで耳が遠くなったのかな?
……うん、きっとそうだ! さっきから言動がアレすぎるとはいえ、いくらなんでも聞き間違いだろう。
天使とか絶対あり得ないって。きっと、戦士とか剣士とかいう言葉を聞き間違えただけだって。
……あれ? そっちもなんかアレじゃない?
「えーと、キズナだったよな? 悪いけどもう一回さっきのセリフ言ってくれるか?」
「オッケー、わかった。もう一回言うから、今度はちゃんと聞いててよ?」
女――キズナは俺の要求を快く聞いてくれたようで、さっきと一言一句同じセリフを繰り返してくれた。
「オレの名前はキズナ。天界からやってきた天使です」
…………聞き間違いじゃ、ないな。
天使……そうかー……天使ときましたか。
………………この女やべぇな!
高校生(おそらく)にもなって自分は天使だとか、メルヘンチックかつファンタジーなことを他人に話すなんて、このキズナとかいう女はこの年で中二病を発症してしまったのだろう。
かわいそうに(脳が)……。
こんなにもかわいいのになあ…………。
哀れみを含んだ生暖かい目で見られていることにも気づかず、キズナはさきほど俺がした質問に順序よく答えてゆく。
「確かにオレはここの生徒じゃないけど、やらなきゃいけないことがあったから勝手に入らせてもらったんだ。上からの指令でどうしてもお前に会わなくちゃいけなくってさ。あ、今のでわかったと思うけど、お前の名前を知ってるのは仕事の都合で調べたからだから。決して、ストーキングとかそーゆー犯罪めいたことじゃないから」
程度にもよるけど、個人情報を本人の知らないところで勝手に取得するのは犯罪じゃないのだろうか?
まあいい、話をまとめるとどうやら自分は天使で、さらに天界の何らかの組織に所属しているという設定らしい。
色々とアレな設定だが話につきあってやるべきだろうか?
……つきあってやるか。どうせあと10分で下校時刻だしな。
下手に刺激して暴れられても困る。
「上からの命令で色々調べたのか。なるほど……で、その命令って? お前の仕事は?」
「オレがお前のポケットに入れたケータイ、それを渡すことだよ」
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