第3話 茂手太陽は彼女が欲しい
四月二八日木曜日。
桜が散りはじめ、出会いと別れの季節も終盤に差し掛かろうとしているこの時期に、世の中というものは常にはっきりと明暗のわかれている非常に不公平で不条理の塊であり、それを覆すのは勉強やスポーツなどのように努力だけではどうにもならないことを、俺、茂手太陽はわずか17歳の身空で悟ってしまった。
エッチなビデオも借りられないくらい若いのにな!
「悪い太陽、これから俺デートなんだわ」
いかにも「俺って勝ち組いいいぃぃぃ! ウェェェェェェイ!」といった感じの笑みを浮かべる我が友――塚本好男つかもと よしお。
中学時代40人にフられたこの男は、かけらも悪いとは思っていない口調で謝罪する。
完全に見下しておられる。
友から宿敵ともに認定してやろうかと思わざるを得ないな。
「まあ、そういうワケだ太陽クン。理想の青春を手に入れるためには、もっと頑張ったほうがいいと思うよぉキミィ?」
友から宿敵ともに認定した。
「偉そうにっ……40人にフられた過去があるくせに…………」
「過去は過去、今は今だぜ。40人にフられた過去があろうと、今は一人の彼女がいる。その事実が最高に重要なのさ」
……ぐうの音も出ねえ。
ついこの前まで同じ位置にいたというのに、いつの間にかはるか先を行かれているような気がしてしまう。
まるで、友達同士でマラソン大会を走る時のようだ。
一緒に走ろうぜ!――と言ったのに、隙あらば全力で駆け出して先にゴールしマウントを取る。
この状況は人間は裏切る生き物だと悟ることになったあの時と似ている。
くそっ! まじでいつの間に!?
てっきり俺はいつものように、彼女がいない寂しさをゲームで熱く乾かす流れだと思ったのに!
今のあいつはゲームで寂しさを乾かすんじゃなくて、ゲームで青春を染める側だというのか! 具体的に言うとプリクラとかで!
俺たちの学校――都立茜空高校は、制服でのゲーセンへの立ちよりは禁止しているが、そんなことを気にするヤツなどいない。
塚本は今日……やるつもりだ。
寂しさを乾かす場所だったゲーセンを過去にするため、彼女とプリクラをキメるつもりなのだ。
――年齢=彼女イナイ歴
――合コンが終わると一人だけソロ
――100%の「お友達でいましょう」
これらすべての辛い過去を、彼女とのプリクラで塗り替えるつもりなのだ。
「なあ太陽、彼女の顔、見たいか?」
塚本が余裕の笑みを浮かべてそう返してくる。
これは、相当に自信があるに違いない。
いまだ彼女がいない俺を見下すに相応しい、極上のおっぱい及び尻と顔クオリティを誇る彼女の写真を見せつけるに違いない。
――ダメだ、見るな! 茂手太陽!
――見てしまったらお前は、きっと激しく傷つくぞ!
――友達に可愛い彼女がいるのに自分は独り身……彼女イナイ歴を絶賛更新中の非リア充だという現実を叩き込まれてしまうぞ!
――悪いことは言わない、やめるんだ!
心の中の俺(中学二年生)がそう警告する。
しかし俺は、その言葉に従うことができなかった。
可愛い女の子……それにはいかなる抗いも通用しない。
男ってのは、そういう生き物なのさ……。
その結果――。
「どちくしょおおおおぉぉぉぉぉぉっ!」
全力で後悔するはめになったのだった。
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「なんだよアレ!なんなんだよ!? なんで塚本にあんなかわいい彼女ができるんだよ!?」
塚本の彼女を見てしまった俺は敗北感でいっぱいになり、心のダムが決壊した。
胸から溢れ出る感情が抑えきれなくなり、言葉となって外へと飛び出す。
「あの塚本だぞ!? 中学のプールの授業で除きがバレて、授業中正座させられてた塚本だぞ!? 部活の合宿で女子の部屋に遊びに行って、布団に潜り込んでセクハラ決めたやつだぞ!? 修学旅行の自由行動でナンパをして、先生に反省文書かされたやつだぞ!? それが、そんなやつが、なんであんなかわいい彼女をゲットできたんだよおおぉぉぉっ!?」
俺は、俺はてっきりあいつの妄想だと思ったのに!
勝ち誇って俺を見下している塚本を見て、「ああ……そうか……。俺以上にモテなさすぎてとうとう脳が……」とか考えていたのに!
「畜生……世界って理不尽だ」
去り際の、塚本の自慢が思い浮かぶ。
「いやあ実はさあ、昨日たまたま隣町に行く用事があってさあ、帰り道に駅前のデカいゲーセンの前を通りかかったら、かわいい女の子がUFOキャッチャーの前で悪戦苦闘していたもんだから代わりに取ってあげたらさあ……」
「ゆ……UFOキャッチャーのアームが景品だけじゃなくて、こんなかわいい女の子のハートもキャッチしたっていうのか……?」
「その通りだ。チャンスは意外なところに転がっているもんだな」
ふふん……と、塚本がどや顔をキメる。
「まあ、そういう訳だから。お前も諦めず頑張れよ! そのうちダブルデートでもきめようぜ……彼女ができたら」
勝ち誇った表情でそんなことを言いつつ、塚本は俺の前から消えた。
一人残された俺は、友に先を越されてしまった敗北感を胸に校門の前で呆然とする。
――何故、俺だけいつも取り残される?
――彼女イナイ歴が更新される。
――勉強も、スポーツも、人間関係だって頑張っているのに。
――どうして俺だけ春が来ない?
――どうして俺だけ彼女ができないんだ?
――なぜだ……? なぜなんだ……!?
答えの出ない問いを繰り返し自問自答するが、答えなんて出るわけがない。
なぜなら俺が生きるこの世界は、不条理の塊なのだから。
理由なき理不尽に、不平等に溢れているのだから。
「もう……帰ろう…………。今日はもう……何もする気が起きねえ…………」
プライドが粉々に砕かれてしまい、何もする気がなくなったどころか、今日を生きていく気力すら危うくなってしまった俺は、リストラされたサラリーマンのように肩を落としつつ家路へつく。
駅に到着し電車の切符を買おうと制服のポケットに手を突っ込んだところ、その感触に違和感を覚えた。
「あ……やべ」
財布を教室の机の中に置き忘れていたことに気づいた。
おまけにスマホも見当たらない。
あれがないと動画もWEB小説も見れないし、ソシャゲだってできない。
取りに戻る以外の選択肢などない。
「はぁ……めんどくさ」
心がえらいことになっているので余計にメンド臭く感じる。
駅から学校まで歩いても10分もかからないが、疲れているときにこの10分は曲者なのだ。
下手すりゃ心が折れる。
デート中の塚本を見たりしたら、たぶん死ぬかも。
「まじでかったるい……家帰ったらメシも作らなきゃいけないし超かったるい」
両親が海外赴任中なので、家には基本俺以外に誰もいない。
なので、家事全般は全部ひとりでしなければならないのである。
「今日はもうカップ麺でいいかな……」
同年代の男女がイチャつく光景を眺めながら、俺は夕日に照らされた街の中を逆走して学校へと戻った。
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