勇敢で英雄的な宇宙飛行士
「おや? 船外活動かい?」
宇宙服を着込んでいるヒューイに
悪魔のベルゼは尋ねる。
現在、宇宙船にはトラブルが発生していた。
超光速航行のハイパードライブに入る直前で
宇宙船が緊急停止し、動かなくなったのだ。
「あぁ……
管理システムが現在緊急対応中だが、
どうやら外部から俺自身が
確認する必要がありそうでな……」
乗員が二人しかいない宇宙船、
機体トラブルが発生した際には
自律学習型人工知能AIがすべて対処、
マニュピレーターを駆使して
自ら修理までしてくれることになっている。
なので今回はイレギュラーなことではあった。
「おやぁ? 緊張しているのか?
不安に焦り、怯えや恐れも感じるねえ……
これはそろそろ
僕の食事の時間ということでいいのかな?」
「お前、こういう時は
本当に腹が立つ、嫌な野郎だな」
「そりゃまぁ、
本来、僕は悪魔だからね」
ここで宇宙船が立往生してしまえば、
先に進むことも出来ず、
戻ることも出来ない。
地球に救援要請をしたところで
ここまで来るのに
何十年かかるか分かったものではなく、
ほぼここで死ぬのを
じっと待つしかないに等しい。
そう考えるとヒューイも
冷静ではいられない。
しかし、しばらくすると
そうした不安や恐怖心が
スーッと胸の内から消えて行く。
おそらくベルゼが
食事をはじめたのだろう。
-
宇宙空間で船外活動を行っていると
再び恐怖心がヒューイに湧き起こった。
この無限に広がる闇の中、
今たった一本の命綱だけが
自分の命を繋ぎ止めている。
この命綱が切れれば、自分は
慣性に従うまま、永遠に止まることなく
宇宙を彷徨い続けることになるだろう。
そう思うと身震いして来るし、
なんだか呼吸がしづらく
息苦しくなって来る。
心的要因によるストレスから
過呼吸気味になっているのであろう。
しかしその恐怖心も
すぐに消えてなくなった。
ヒューイの恐怖心を
ベルゼが食らったのだ。
悪魔であるベルゼは
人間の負の感情を食らい尽くす。
不安、恐怖、怯え、畏怖など
そうしたネガティヴな感情こそが
彼にとってのご馳走。
しかし、それだけであれば
普通の悪魔となんら変わりがない。
ポイントとなるのは
人間の負の感情『のみ』を
食らい『尽くす』という部分であり、
べルゼの場合は本当に
その人間から負の感情だけを
綺麗さっぱり平らげる、
マイナス要因が一切なくなるまで。
そうなったら、負の感情を
すべて食われた人間はどうなるのか?
負の感情をすべて食いつくされたので
その人間には、
もうポジティブな感情しか残されていない。
その結果、とにかく前向きで、情熱的、
挑戦的なフロンティアスピリッツに満ち溢れた
勇猛果敢な英雄が出来上がる。
これこそがベルゼが
宇宙飛行士のバディに選ばれた理由であり、
ヒューイをバーサーカー状態にするために
用意された装置のようなものである。
悪魔が相棒となって
メンタルケアすると言っても
ただお喋りの相手を
するだけではないということだ。
-
移動のため、命綱の端にあるロック部分を
付け替えようとするヒューイ。
だが無情にも、カチッと音がしたが
それは正常にロックがされていなかった。
ロックされていない状態で
気づかずに動いたヒューイは、
慣性に従って
宇宙空間に投げ出されそうになる。
「!!」
一瞬の出来事に
パニックに陥るヒューイ。
そこで、その腕を掴んで引き寄せたのは
船内に居る筈のベルゼだった。
しかも宇宙服を着ておらず
その体は半透明に見える。
おそらくベルゼの霊体なのであろう。
「だからぁ、言ったじゃないか
僕達は運命共同体なんだから……
もっと気をつけてくれないと困るよ」
口角を上げ、舌なめずりをして
悪魔らしい笑みを浮かべているベルゼ。
「まぁ、でも、
今のは一瞬だったけど、
相当美味な絶望だったね」
-
船内に帰還したヒューイとべルゼ。
圧力調整室を出て
ヘルメットを脱いだヒューイは
ベルゼに問う。
「お前、宇宙服無しで
宇宙空間に出られるのか?」
「まぁ、ほら僕、悪魔じゃない?
一応普段は人間の肉体に
寄せてはいるんだけどさぁ
本体は霊体のようなものだからね
霊体だけなら別に空気が無くても
問題ないってのが正解なのかな」
「一神教の世界観でさ、
人間が死んだら天使達が迎えに来て
魂が天に昇って行くじゃない?
おそらく天国に行くのだろうけど
じゃあその天国ってどこにあるのよ?
ってなった時に
で、仮に地上と宇宙の間、
成層圏ぐらいに天国があったとして
そんなところで呼吸なんかするの無理でしょ?
つまり、霊体は呼吸が出来なくても
問題ないってことになる訳さ」
美味なるご馳走を
お腹一杯になるまで堪能したベルゼは
饒舌に語り続けている。
「それなら、これから
船外活動はお前にやってもらおうかな」
「いや、それはだめだ
君が恐れを感じることがなくなると、
僕の食事もなくなってしまうからね」
「この、悪魔め」
「いやいや、まったく仰せの通り」
外宇宙をたった独りで航行し続けたと
人類史に名を残す
勇敢で英雄的な
ヒューイ・アームズ・
彼の宇宙旅行に、
お喋りで食いしん坊な悪魔の相棒がいたことを
知っている人は少ない。
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