緊急手術とツンデレ
―― なんてこった、
神罰でも当たったか……
氷室はそう言わずにはいられなかった。
その日の晩、
今度は理事長が自宅で倒れたのだ。
たまたま宿直で病院に居た氷室が
救急車で運び込まれた理事長の診察を行う。
それが氷室の下した診断。
その名の通り、
胸部にある大動脈に瘤が出来、
それが破裂してしまっていた。
瘤が出来ただけの段階では
症状が無く、気づきにくい、
瘤は自然に小さくなることはなく
有効な薬物療法も存在しない、
そして破裂した際の死亡率は
八十~九十パーセントにも上る。
大動脈は高い圧で
全身に血を送り込んでいるため、
破裂した際には大出血を起こし、
脳や体内の重要器官への血流に
重大な障害を引き起こす。
―― 一刻も早く手術をしなくてはならない
いやオペをしたところで助かるかどうか……
-
オペの準備をしている氷室の前に
病院で休息していたフローラが現れる。
「お願いです、
私にもお手伝いをさせてください」
「馬鹿かお前は?
今のそんな体で力を使えば、
お前の方が死んでしまうぞ」
「ですが、このままでは
理事長の命が危ないのでしょう?」
確かに一刻も早く
破裂した大動脈を修復しなければ、
微かな助かる可能性すらもなくなってしまう。
氷室は少し間を空けてから
フローラに問う。
「……さっきの
お前が信仰している神を
理事長に侮辱されたことを
恨んではいないのか?」
「はい、私が信仰する神は、
そんなことで人間を見捨てたりはしません」
「……分かった、
では、俺に考えがある……」
-
手術室――
手術台に横たわっている理事長の胸部を
氷室がメスで切開すると、
破裂した大動脈から
体内に流れ込んでいた
大量の血が溢れ出す。
大動脈瘤の破裂で一番おそろしいのは
大量出血による死。
これに関しては
破裂した大動脈を完璧に修復さえ出来れば、
後は輸血でなんとか出来る筈、
氷室はそう踏んでいた。
破裂箇所を特定した氷室は
フローラの顔を見て頷く。
フローラもまた箇所を確認し
氷室に向かって頷いた。
ほんのわずかな指先だけを
青白く光らせて、
フローラは最低限の力で効率良く
ヒーリングを発動させた。
それは手術の前に
氷室に言われたことを
忠実にやってのけたということでもあった。
――氷室の言葉、それは
「お前等が使うヒーリングは
効果範囲が広過ぎる
俺が見る限り、
まぁ簡単に例えれば、
右膝の皿だけを治せばいい時にでも
お前等は右膝はおろか、足全体、
酷い時には体全体に術をかけている
無駄なエネルギーを使い過ぎなんだ
だから消耗が激しく、
連続使用し続ければ
そりゃ今みたいに力尽きて
死にそうなことにもなるだろうよ」
それはフローラにも思い当たる節がある、
以前全身複雑骨折の患者に
制限して能力を使う筈が
全身を完治させてしまった。
「もっと局部をピンポイントで修復しろ
そうすれば無駄なエネルギーは使わないで済む
エネルギー効率、
コストパフォーマンスを考えて能力を使え
いいか?
最低限の力で、エネルギー効率良く、
指先だけでピンポイントにだ
それが出来れば
理事長もお前も二人とも
命を落とさずに済む」
フローラのヒーリングにより
大動脈の破裂箇所は
まるで何事もなかったかのように
完全修復された。
いや、その部分だけ
細胞が相当に若返っているため、
元の状態より良くなっていると言ってもいい。
「よし、よくやった
後は俺達で処置するからお前は休んでろ」
フローラは少しよろけながら
手術室から退室して行く。
-
再び病室で休んでいたフローラのもとに
手術を終えた氷室が報告に現れた。
「よかった、それでは
理事長は助かりそうなのですね」
「あぁ、まだ楽観視は出来ないが
破裂した箇所自体は
完全に元に戻っているからな、
出血死にも至らずに済んだし、
あと怖いのは感染症というところか」
いつもは最低限のことしか言わない氷室だが、
今回のことを労うつもりでもあるのか、
珍しく自分のことを話しはじめる。
「別に俺は
お前等に恨みがある訳じゃない
異世界ファンタジーの小説を
昔読んでいたぐらいには
異世界に興味があったし
お前らがこの世界に来ると知った時は
ワクワクしたもんだよ」
それは氷室なりに
好意を表しているつもりなのか。
「ただ、
お前らの能力に頼って
医療技術のレベルが落ちて行くことに
危機感を抱いているだけだ
今、お前達の能力に頼ったとして、
将来仮にお前らが死んだらどうなる?
その能力はおそらく
お前らの世代限りだろう
例え、お前らが
この世界で子を成したとしても
お前らの能力は引き継がれない
お前らは異世界で育ったからこそ
その能力を使えるようになった
この世界で育つお前らの子供は
こちらの人間と何ら変わらない
普通の人間になる筈なんだ
つまり、お前らの便利な能力は
次世代に継承することが出来ない
お前らの代限りになる
その時に
レベルが落ちた医療技術はどうなると思う?
俺が心配しているのは
そういうことだ」
そう言って病室を去ろうとした氷室だったが、
思い出したかのように振り返って、
再びフローラを見る。
「まあ別に、
お前らが信仰している神の教会に
入会してやってもいい
それでお前たちの神力が
こと足りるのであればな
まぁ、心からの信仰は
期待しないでもらいたいところだがな」
そう言うと今度こそ
病室のドアをそっと閉めて退出した。
フローラはベッドでしばし悩む。
『こういうのって、
この世界で言うところの
ツンデレと言うやつなのかしら……』
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