ヴァンパイアは、血を吸われて反省する

ヴァンパイアと見えない敵

「この悪魔めっ!!」


上半身裸の男は、そう叫んだ。


「こんなに多数で

攻めてくるとは卑怯なっ!」


敵の執拗な波状攻撃に翻弄される男。


上半身は裸で、下は革パンを履き、

まるで死人のような青白い肌をしている。


「クソッ!」


銀色の長めの髪をふり乱し、

目に見えない敵と戦う男。


多勢に無勢、圧倒的な苦戦、

だが男の心は、まだ折れてはいない。


「俺は負けはせんっ!


俺には、闇の眷属としての

誇りがあるのだからっ!」


敵の一体を仕留めると

その潰れた肉体の体内から

真っ赤な血がベットリと男の体に付いている。


「クッソ、こいつら

俺の血を吸ったというのか?」


敵の体内を流れる血は赤くはない筈、

なのに敵の体内から

赤い血が流れているということは

男の血が吸われたということに他ならない。


「いつもは俺が血を吸う側だというのに……

その俺が逆に血を吸われたというのか!?」


そう、この上半身裸の男は

異世界から移民して来たヴァンパイア。


「こいつに血を吸われたという事は……

まさか、この俺もこいつの眷属に

されてしまうということかなのかっ!?」


異世界で自分が

人間女性にして来たことを顧みて、

そう思ったとしても無理らしからぬこと。


「我が血を欲する、このモンスターめっ!

俺は貴様らなんぞに屈しはせんぞっ!」


時折見える敵の姿は

非情に小さく動きも素早い。


-


ヴァンパイアが必死に敵と戦っているここは、

ボロアパートにある四畳半一間の彼の部屋。


その扉が突然に開く。


「チィースッ!」


「約束通り、ヴァンさんの家に

遊びに来ちゃいましたあ、マジ、マジで」


そう言って部屋に入って来たのは

日焼けをした金髪ロンゲにピアスの

いかにもチャラ男といった風貌の若者。


ヴァンパイアが働いているコンビニの

バイト仲間である。


「ヴァンさん、

家でも上裸じょうらに革パンとか、マジカッケェ

ヴァンさんのそういうとこ、マジリスペクトっす」


昔はヴァンパイアといえば

タキシードや燕尾服のような正装した紳士と

相場は決まっていたのに

時代は随分と変わったものだ。


「なにやってんすか?」


「俺がバイトの夜勤明けで寝ていたら、

こいつらがいきなり襲って来たんだ


こちとら眠くて眠くて仕方ないというのに


このしつこい小さいのは一体なんなんだ?

この世界の吸血鬼か?」


チャラ男はじーっと

目を凝らして宙を見つめる。


ブーーーーン


羽音が近づいたり

離れたりして行く。


「なに?

ヴァンさん、蚊知らないんすか?

同じ血を吸う者同士なのに? マジ?

マジヤベェ」


ヴァンパイが必死になって戦っていたのは

この世界の蚊だった……。


-


「蚊に刺されるとマジ痒いんすよね」


「日本脳炎になったりするって

小さい頃、ばあちゃんによく言われましたよ

蚊ぁ、マジパネェ」


蚊についてヴァンパイアに説明するチャラ男。


たかが蚊、されど蚊


地球上で最も人間の命を奪っている生物、

その称号を与えられているのが、蚊。


蚊が媒介となって運んでいる病気、

マラリア、デング熱、黄熱病、脳炎など、

それ等にかかって命を落とす人間が

毎年六十万人以上居ると言われる。


「蝿ならあちらにも沢山いたんだがな、

蚊という生物ははじめて見たな」


「じゃあ、蚊って

こっちの世界限定の生き物なんすかね、

蚊ぁ、マジパネェ」


どうやらヴァンパイアが住む

ボロアパートの裏にあるやぶ

蚊が大量発生しているらしい。



蚊に刺された痕、

痒くて何度か掻いたため

そこだけぷっくら腫れている。


その痕を見つめながら

ヴァンパイアはしみじみ思う。


  ――もしや、これは……

  自分が今までやって来たことを

  そのままこいつにやられたということか?


  確かに自分も

  血を吸おうとして

  夜な夜な女性宅に押し掛けて、

  しつこくつきまとい、

  キレた女にぶん殴られたりしていたな


  さすがに、ぶん殴られて潰れて

  血をぶちまけるようなことはなかったが


  まぁ、もしそうなったとしても

  俺ってアンデッドだし


このヴァンパイア、

見た目はイキっている割りに

強くはないらしい……。


  なるほど、これがこちらの宗教用語で

  因果応報というやつか


  確かに、間違いなく、鬱陶しい

  チャラ男の言葉を借りるならば

  マジウゼェと言うやつだ


  眠くて眠くて仕方がない相手の

  寝込みを襲うなど言語道断


  俺も随分と

  すまぬことをしていたものだ……


他人の振り見て、我が振り直せ。

蚊の存在を知って、なぜか

自らを反省してしまうヴァンパイアであった。






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