お金儲けと信仰(1)

ウィルスには効果がないという

意外な弱点は見つかったものの、

それぐらいでは

彼女達が使うヒーリング能力の評価を

下げるには至らなかった。


むしろ日に日に

ヒーリングの需要は高騰して行くばかり、

それは当然と言えば当然のことでもあった。


事故などによる怪我、外傷だけではなく、

心不全等の心疾患、心筋梗塞、

脳梗塞、脳溢血、クモ膜下出血等の脳血管疾患、

それらはもちろん

癌ですらも治療することが出来るのだから。



日本人の死因、実にその三割を占め、

死因ランキングのトップに君臨する

悪性新生物、悪性腫瘍、いわゆる癌。


自律制御が出来なくなった細胞が

体中に増殖、浸潤、転移を繰り返す、

簡単に言えば細胞がバグって

異形となって体内を侵食して行くようなものか。


そうした細胞集団が悪性腫瘍、癌であり、

無治療のままだと全身に転移して

患者を死に至らしめる。


日本人の仇敵と言っても過言ではない。


これを彼女達はヒーリングによって

本来あるべき正常な細胞へと戻し、

癌を治癒することが出来たのだ。


もちろん再発する可能性はゼロではないが、

これまでの再発率に比べれば著しく低い。


-


病院の最上階にある理事長室、

ガラス張りの壁面からは都内が一望出来る。


これ程までに恵まれた立地、

室内の装飾品などからも

莫大な利益を生み出しているのであろうことは

容易に想像がつく。


「これまで、転移した悪性腫瘍は

全摘出するしかなかったですからね、

……そこはもう画期的と言わざるを得ません」


これに関しては、ただただ

病院長も賛辞を送るばかり。


医療法人である

この病院の全権限を握る理事長は

その言葉を聞いて大いに喜んだ。


「これからシスター達には

今まで以上に頑張ってもらわなくては

なりませんね


金ならいくらでも出す、

なんとかして治して欲しい、

そういう人達は沢山いるのですから


シスター達には、金に糸目を付けない、

そんな最優良顧客のみなさまを

優先的に担当していただきましょう」


理事長はここぞとばかりに

金儲けに走る気満々のようだ。



それからフローラをはじめとする、

三人のプリースト達は昼夜を問わず、

馬車馬のごとく働かされることになる。


当然、彼女達にも

人々の命を救う為に働きたい

という強い意向があったからだが。


病院側からは

高額な治療費を払っている金持ちを優先して

治療をするようにとの指示があったが、

しかし彼女達は聖職者でもあるので、

そういう訳にはいかなかった。


-


「お願いです!

どうか、どうかこの子の病気を

治してやってください!


お金なら一生かかってでも

お支払いしますから」


病院の裏口から出て来た理事長に、

まだ幼い子供を連れた

母親が直談判をしている。


「ヒーリングというのを使えば

この子の命は助かると聞きました……


どうか、どうかお願いですから

この子を助けてください!」


必死の形相の母親は

地面に座り込み土下座さえもいとわない。


愛する息子の命がかかっているのだから

それぐらいどうということもないのだろう。


その光景を休憩中に

偶然見てしまったフローラ。


「奥さん、顔を上げてください……


我々としてももちろん

全力を尽くさせていただきますよ


しかし、今は大勢の方達が

順番を待っている状態でしてね


多くの方達が

シスターのヒーリング能力による治療を

望んでおられるんおですよ


残念なことですが、

きっとお子さんの番が来るのは

何年も先のことになるでしょうな」


理事長は体のいい嘘をついた。


さすがに相手に面と向かって堂々と、

貧乏人は帰れとは言わない。


「しかし、それでは、

この子は…… この子は……」


その場に泣き崩れる母親、

何が起こっているのか

まだ理解出来ないぐらいの小さい男の子も

それにつられて大きな声で泣きはじめる。


-


「病院には、

内緒にしておいてくださいね」


母親と幼い子供に不安を与えぬよう

フローラは明るい笑顔でそう言った。


病院の勤務が非番になってから

昼間目撃した母子の家を調べ、訪問したフローラ。


青白い光に包まれる自分の体を

不思議そうに見ている幼子おさなご

手を合わせて目を瞑り

ひたすら祈り続ける母親。


祈る者がいて

神に仕える者がいて

救われる者がいる、

そして目の前で行われる奇跡


その様は、まさしく宗教的な奇跡の瞬間。


ヒーリングでの治療が終わると

幼子はフローラに抱きついて言う。


「しすたぁ、ありがとう」


母親は何度も何度も

フローラに頭を下げ続けていた。





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