第3話 聞かれたからには答えなければならない
(振り切れない……逃げきれない! いつになったら終わるんです、この追いかけっこは!)
魔階島城下町、大通りを離れて入り組んだ通路を走りながら、ローブ姿の女――フードからは長い黒髪が、袖からは褐色の肌がはみ出している――『クリュー・インガ』は、歯噛みした。魔階島は彼女にとっては未知の場所だ――そしてそれは、並走する同行者にとっても同じことだった。
「クリュー、平気?」
フードの下に燃えるように赤い髪を隠した少女――『スピカ』という名を持つ、クリューの仲間だ。白い肌の彼女は息を切らしながらも、しっかりとクリューの走行についてきていた。聞かれたからには答えなければならない。
「モ、ンダイヌ」
「ならよかったー! でも、こんなに走ってどこまでいくの?」
言語教育の関係で、クリューは話すのが上手くない。きちんと話すことができるスピカが同行しているのは不幸中の幸いと言えたかもしれない。しかし、今城下町を小一時間ほど走り続けている理由はスピカにあった。
「モ、スグ、ダ」
「うーん、わかった! クリューがそう言うなら信じるよ、絶対に」
ただしその非を、クリューは責めるつもりはなかった。それはある種不可抗力であり、予測できていたことでもあり、それだけにスピカの責任とは言い切れないからでもあった。その結果が、でっちあげた理由でもってスピカを連れ回している状況である。
(スピカには危機感が足りなさすぎる……!)
追手の数は不明。通路を後から追いかけてくる者は、目立たない通路を通るなり、隠れてやり過ごすことができる。しかし何度かそうして振り切ったと思ったときに一度、意表を突かれて捕まりそうになった。隠れていたところに視線を向けられたためだった。どうやら入れ知恵をされたらしく、その追手は注意深くなっていた。
不思議なことに、やり過ごしたはずの追手は何度も後についてくる。決定的に離れてしまわないうちに追いついてくるのだ、まるでどこか別の視点から彼女らの行動を見透かしているかのような精度で。建物の間の入り組んだ地形が味方にならなくなっていた。
「コ、ッチダ!」
細い道が駄目ならば、大通りで人混みに紛れればいい。何度か試みていたことで、振り切れはしないが気は楽になる。走ることはできないが、相手もまた然りだ。スピカの手を引いて、クリューは大通りへ飛び出す。
「ドウ、テ……?」
閑静な大通りだった。ほとんど……いや、全くと言っていいほど、人間が通っていなかった。立ち並ぶ建物の壁に、普通の扉は見当たらない。人間どころか家畜や馬車を入れることもできそうな入り口がついている。
彼女たちは知らなかったが、魔階島の城下町は大きく『商業区画』『住居区画』『観光区画』と分類されている。二人が踏み込んだのは『商業区画』と『住居区画』の境目にある、倉庫の密集地帯だった。人の住んでいる区画なので騒音を立てづらく、物資の貯蔵してある場所なので暴れるのもためらわれる、そんな場所だった。
これもまた知る由もないことだったが、彼女たちをこの場所に誘導することこそがチアンの作戦だった。私情に走ったガーディアンズとして見咎められるのは面倒のもとであるため、人間の少ない場所を選んだというわけだ。しかし、追われる側にとっても、追う側にとっても知り得なかったことがあった。
「やあ、どうも。いい天気ですね」
一人の男が、二人の女を待ち構えるように、通りに立っていた。灰色の毛糸の帽子に押さえつけられた青い髪。厚手のパーカーを羽織り、二の腕には銀色に輝く腕章を巻いていた。
「ナン……ダマエ……」
「失礼。……僕はレオ・トレイビヤール。ちょっとそこで、お茶でもしませんか?」
そう言って、立ち並ぶ倉庫の一つに目を向けた。……すでに廃棄されたのか、壁に大きな穴のあいた倉庫を。
銀・魔階島 内田推 @noitcelloc-smra
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