第2話 魔階島の地下には危険が多い
『チアン・ハード』は戦闘において剣を抜かない。十五歳で国の軍に入ってから学んだのも、剣術ではなく手足を使った近接格闘術である。軍を辞めた後で単身魔階島に渡ってからも、剣を使うことはなかった。
(進行方向とその先の地形は把握している、あとは向こう次第だな……)
城下町の通りを、より入り組んだ方へ進んでいく。まだ全速力ではなく、腰の剣に手を添えながらの小走りである。……チアンは戦闘において剣を抜かないが、常に持ち歩いてはいた。金属製の重厚な鞘から突き出しているのは木製の柄だ。十年以上前の、事故の直前に送られた木剣そのものだった。
チアンは剣を抜きはしない。決意ともいえるそれを示すのが鞘の存在だ。魔階島で手に入れた元手で買った単品の鞘、売り文句はこうだった。――あなたの剣が大変身! 振るえば大槌、立てれば城壁、攻守一体フリーサイズの鞘はこちら! ――宣伝に偽りはなく、中に差し込んだ剣を持ち手として、あるときは打撃武器、あるときは攻撃を防ぐ盾となった。近接格闘では力不足な時に使っているため、レオに言ったことも嘘ではないことになる。だが使い心地は剣のそれとは別物だった。
(中央部から離れていくな、宿があるならその場所だけでも掴めるか?
……それにどうやら、連れが一人いるようだ)
決定的な距離には至れないまま、わずかに背中を見ることしかできていない。しかし二人連れ立って――背格好からして、もう一人も女性であると判断出来た――走る姿は捉えた。相手が足を止めない以上、チアンも立ち止まるわけにはいかない。幸い二人は建物や屋台、通行人に足を阻まれて速度は出せていない。腕章の力で道を譲られるチアンであれば、近いうちに追いつくことはできそうだった。
(こういうときには役に立つ。……レオにはああ言ったが、もしかすると今のために銀帯を取っていたのかもしれん。……いや、ありえないことだな)
もう少し近づけば手が届く、それだけ接近したときのことだった。群衆の中で、誰かが大声を上げた。
「姐さん、ガーディアンズだ! 銀帯が来てるぞ!」
「! なんだって?」
応じた声の主であろう、全身を金属製の鎧で包んだ人物が、チアンのほうへ振り向いた。フェイスガードを下ろしているため表情は見えないが、二の腕の銀帯を見られたことだけは確かだった。
全身鎧の人物に注意を向けた隙に、妹たちは群衆に紛れて見えなくなった。内心歯噛みしながらも、ガチャガチャと鎧を鳴らしながら近づいてくる相手に対応しないわけにはいかなかった。全身鎧の人物はチアンの目の前まで来てからこう言った。
「丁度よかった、あんたガーディアンズだろう? いち挑戦者として、ちょっとばかし聞いて欲しい話があるんだ」
「……用件を聞こう」
ガーディアンズとしての意識が、我が儘な想いにわずかに勝った。チアンは全身鎧の人物と連れ立って、近場の日陰に入った。
魔階島には無限の資源が眠ると言われているが、資源の出所たる『ダンジョン』――魔階島の地下には危険が多い。しかしまだ見ぬ魅力的な資源のことを考えれば、誰かがその危険に挑まなければならない。その人的需要に応じた、命知らずな者たちが『挑戦者』と呼ばれるようになった。
「あんた、ガーディアンズならもう知ってると思うけど、最近ダンジョンが物騒なんだよ。なんかこう……きな臭いというか」
「……把握している」
ダンジョンが物騒でなかったことなどない、と内心で思う。全身鎧の言葉には具体性が皆無だが、上手く言語化できていないだけで言わんとするところは理解できた。チアンは直近の騒動のことを思い出しながら言う。
「弱小パーティが狙われているように危機に陥り、それをベテランのパーティが救助する、という事例のことであれば、ガーディアンズでも多数把握している」
「……っ、そうそう、それよ!」
一瞬言い淀んだ全身鎧だったが、間違っていなかったのか大きく肯定の意を示した。そのまま興奮気味に続けた言葉に、チアンは少なからず衝撃を受けた。
「アタシら、見たのよ! クエスト中に出会った若い女の二人組! あいつらがダンジョンで、でっかいモンスターを手なずけてる姿をね!」
「…………それは確か、か?」
「アタシのパーティメンバー全員が見てんのよ、事情を聞こうとしたら逃げたんで、町まで追ってきたのさ!」
「そう、か」
呆然と返しながらも、チアンは思考を巡らせる。妹を目にして鮮明になったのは、視界だけではなかった。そう間を置かずに全身鎧に訊ねた。
「事情を聴く必要はありそうだ。……だがどうやって追いかける? 風貌は憶えているが、すでに見失った相手だ」
「それだけ覚えてりゃ十分。アタシの仲間たちが三人がかりで今も追いかけてるだろうからね!」
「一応聞いておくが、連絡は取れるんだろうな。仮に仲間が捕まえてたとして、俺が見てないと単なる集団暴行と見做されかねないが」
「そこは心配しないでいいさ、アタシらを信用しておくれよ!」
「わかった、じゃあ行くぞ。騒ぎはなるべく早く収めたい」
全身鎧の女は『ガリーナ』と名乗った。全身を覆う金属鎧に大斧という、男の挑戦者でも遠慮するほどの重装備である。足はそう速くないが、見た目よりは機敏な動きだった。追跡中である他の三人は全員男で、それぞれ剣使い、魔法使い、斥候だという。
「今の時間、ここら一帯は俺たちの管轄だ。……追い詰めるのに適当な場所がある、誘導を頼めるか?」
「わかった、あいつらに伝えよう。で、どうするんだい?」
チアンはガリーナと並走しながら、思いついたばかりの作戦を伝えていく。表情は見えないが、フェイスガードの中からは笑いが漏れ聞こえてきた。
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