生贄の夢





アリアンはアイナが帰るのを見送った後、適当に街をぶらついていた。

アイナという少女が言う通り、狭い街故に他にも何かないかと思ってふらついているわけじゃないが………まぁ、正しく暇潰しである。

本当ならあの蛇相手にも可能なら会話を試みたい所なのだが、顔を探すのに必死にならないといけない小さい人間の一人としてそんな面倒且つ非効率な事なんてしていられない。

不平等と言えば不平等だが、それがどうした? って話である。





別に正義の味方でも無ければ法の守護者になる気なんて一切合切存在しないのである




「……ま、それも大体予測出来るんだけど」



誰一人として顔を上げる事が出来ない人々。

何故、この街だけが無事に残っているのか。




………一人の少女に対して皆が何故苦しそうな顔を浮かべるのか



正直な所、予想が外れていて欲しい事この上無いのだが、こういう時の答えは大抵こう返ってくる。

現実は非情である、と。





「あーーやだやだ」




何でこうしょうもない所だけがほぼ全宇宙共通なのだろうか。

別段、現実が非常且つ理不尽っていうのは世界制作の前提ルールみたいにしなくていいじゃないかとは思うが、逆にそうじゃなくなったヒトというのがどう転ぶが分からない所もある。

と、まぁそういう事で正直最悪な気分ではある。

やっている事を考えれば現実的な情けなさとでも言うような状況なのだろうし、生存本能に従うのもまた人らしいと言えばそうなのだが………





「……普通そうだよな」



死にたく無い人はどんな醜い手段を取っても生き残りたいモノだ。

本当に当たり前の事で………だからこそ、あの時あの場で

この世全てなんて程度じゃ引き換えにする事が出来ない輝き。





誰かの為に文字通り命を捨てた───




べちゃり、と自分が踏んだ感触につい地面を見る。

地面は当然ある───ただ全てが血によって赤く染まっているだけ。

何時の間にか自分の手には腰に納めていた筈の剣が握られており、その剣も、自分自身ですら言い訳の余地なんて皆無な程に血に染まっている。

血、血、血。

見回せば先程までの砂漠と砂塵の世界は消え去り、あるのは懐かしき自身の故郷。

技術と■力のハイブリッドによる自分の世界において尚、最先端を進んでいた街並みであった場所は今は血と死体だらけの墓場となっていた。





「───」



その全てに絶望しながら、ふと前を見る。

すると何時の間にか剣を持っていた手は差し出すかのように前に突き込まれ───その切っ先はヒトを差し貫いていた。

見上げた先にはモザイクかかった懐かしい思い出せない人。

刺された箇所と口元から鮮血を溢しながらも見えない顔でも分かる微笑を形作って





"───お前の命に数多の幸あれア■■■"



全てを投げ売った上で告げられた幸福を祈る宣誓に───視界が罅割れる感覚を覚え、遠慮なく脳天に拳をぶちかました。

ミシリ、という音ではなくグシャリ、と骨と肉が砕ける音が響く。

頭蓋事いった感覚を覚えながらも気にせずにアリアンは拳を振り払った。

そうすると周りの景色は先程と変わらない砂漠と砂塵の世界。

現在の惑星サームの世界に戻っている。

否、戻っているという言い方は間違いだ。

今のは単に脳内の妄想が現実を侵食した自家発電型の白昼夢だ。

誰かの呪いだとかでは決してない───妄想なだけで





「こーいう事が度々あるからオリアスやディアラを心配させてしまうんだろうなぁ………」



そこら辺、ディエンだったり五月はドライに接してくれるから有難い。

無論、オリアスとディアラの心配を余計なお世話だと思っているとかではなくわざわざ俺の事で心配させるのが申し訳ないというだけだ。

こんな風に自虐的になる思考こそ二人にとっては余計な思考なんだろうけど………捨てる事なんて出来るのだろうか、と思う。

はぁ、と小さく吐息を吐いて周りを見回すと何時の間にか暗くなっている。

白昼夢は一瞬だったと信じたいが、どちらにしろ現実がこうなっている以上、外を出歩いても意味はあるまい。

だから、帰ろうと思ったのだが




「………ちっ」



ここまで来てようやく気付いた自分の間抜けさに舌打ちする。

今日は散々だとしか言えない成果である。

現地人のアイナを無駄に怯えさせ、似合わない説教を行い、挙句の果てに妄想による白昼夢で監視の視線に対して疎かになるとか言い訳の余地もない。

ああ、やだやだと首を振りながら適当に人気の無さそうな路地裏に向かう。

こちらに付き合う理由は無いのだが、この手の奴らは付き纏ってくるタイプが多いからどうせならとっととケリを付けた方が精神衛生上良いのである………と自分は思っている。

そのまま路地裏の奥に進んでいくと分かりやすく付いてくるので、突き当りについた辺りで振り返り





「──おい。あんたらみたいな奴らには丁度いいシチュエーションだろ。とっとと出てこい。男だろうが女だろうが許可なく付き纏われるのは嫌いなんだよ」




俺の言葉に対して暫し沈黙………否、この感覚は動揺の気配だ。

完全に気付かれていないと思っていたのか。

まぁ、俺も気が抜けていたからその態度には文句を言えないのだが、だとしてもわざわざ人気のない路地裏にまで来たのだから悟られていた事は分かってもいいだろうに。

はぁ、と溜息を吐いているとようやく姿を現した。

自分の目の前にはこてこてのスパイです、というような顔面をマスクで隠した男に更に上空にはこの星特有の異人系の飛翔が出来る種族がひーふーみー………5人といったところ。

その人数にちょっと新鮮な気持ちになる。





情報が無いとはいえ



まぁ向こうは星海の事情に疎いんだからおかしな事ではないのだが、と思っていると代表して地上の男が俺に語り掛けて来た。




「──こちらからの願いは一つだ」


「アイナの傍から離れてとっととこの星から出て行け、か?」



流石にそれは予想されているのを予測できたのか、直ぐに男は頷く。

期待を外して欲しい予想通りの頷きに遠慮なく聞こえるように嘆息し





「せめてそこは"アイナだけ連れてこの星から出て行け"なら素敵な美談になっていたのにな」




軽口のような本音を言うと上から何かが勢いよく足先に降ってきた。

実際は投擲された、とは理解しているし投擲された物が鋭い金属製の槍である事は理解しているが外れているので気にしないしその程度で怯えるメンタルも持ち合わせていない。

上を見上げてみると投げた本人と思われる異人は味方に止められてはいたが、実に分かりやすい表情で怒りという物を表現していたのでお陰で嘆息が増える増える。

言葉で表すなら"余所者が。お前に俺達の何が分かるって言うんだ!"という感じだろうか。

だとしたら実に負け犬台詞。

余所者が逆にお前らの気持ち全て分かるわけないんだから、それを言った時点で負けになるものである。




「一応言っておくけどアイナは一度も俺に連れて逃げて欲しいとも言わなかったし、俺も別にそのつもりは一切無いんだが」



言葉には本当に一切の虚飾はない。

アリアンは自分からああ言った後もアイナから連れ去って欲しいと頼まれなかったし、アリアン自身も少女を連れ去る気は微塵も無かった。

アリアンには正義の心なんて一欠けらも持ち合わせていない。

困っている可愛い少女が居るからといってどうして自分がわざわざ連れ去らなければいけない。

そういうのはそれこそ正義の味方志望がすればいい。

自分は精々私情を以て

だからマジで同情とか欠片も持ち合わせていない、という風に言ったのだが




「………今、持ち合わせていないからといって後がどうなるか不明だ。それにそれが真実である等という証明などあるまい」




まぁお役所仕事なんてそんなものである。

国を、否、人を守る仕事をしているんだから当然の頭の固さではある。

きっとそれは人として正しいのだろう。

例えそれが





「──女の子一人を犠牲にすれば滅びずに済むんだものな」




ピタリと自分を監視する存在全ての動きが止まる。

その知っているとは思っても居なかったという態度に思わず問われても居ないのにわからいでか、と答えてしまう。

事実難しくは無かった。

あの巨大な蛇はにこの星の人達では対処不可能の悪夢だ。

であればどうして今もまだ人が生きていると考える事になるに決まっているだろう。

一番良いのは蛇と人間達で分かり合えた、という都合主義である。

別に動物と人で分かり合う事なんて出来ない、とは思ってはいないから出来るならそれが一番良いのだけど………なら人間がここまで蛇を恐れるわけがないので残念ながら大却下である。

今もまだ人々は蛇を恐れ、その上で生き残り続けている。





そして人々がとある少女に向ける憐憫と罪悪感の視線




正直馬鹿には理解出来ない程度の演技力を持っていて欲しいとは思った。

分かりやす過ぎて苛立ちが増すばかりだったのだから。





「アイナからは蛇には知性があるっていう話だったが………折角獲得した理性が外道であったわけだ」



弱い生き物であった人間を見て蛇は支配欲、あるいは愛玩の気色を抱いたのだろう。

こんな風に籠の鳥のように囲い、その上で少しずつ惨たらしく痛めつける。

分かりやすくて結構。

そういうのは大好きである───ルビを着けたら別の言葉で表現するが。




「あんたらの反応を見る限り残り数日って所か」


「………理解を得たのならばこの星を出て行って貰おうか」


「もう少し、その台詞の後に"さもなくば"って付けそうな間を消す努力をしてくれないか?」



問答部と言わんばかりに鬼気迫る気迫が自分にぶつけられる。

まぁ、しょうがないわな、と思いながら頭を掻き、さてどう答えたモノかと考える。

別に答えを悩んでいるわけでは無く、単に普通に答えるのは面白くないからだ。

捻くれ者らしく捻くれた表現は嫌いでは無いのである。





「まず、これだけは言わせて貰おうか───君達は何も間違っていない」



突然の戯けた言葉に妨害者全員が奇妙なモノを見る目でこちらを見てくるが気にしない。




「多くの人の命が懸かっているんだ。その中には当然君達の家族や恋人、親友も混じっているだろう。そうじゃなくても誰かの命が懸かっている状況だ。最悪の中の最善を取る事なんて当たり前だ。ましてやその事に罪悪感を感じるなんて当然だ」


「………」



困惑はしているが………こちらを認める以上、話に乗るのではないかと思ったのだろう。

先程よりも姿勢が真っすぐになりつつある黒子メンバーの考えにうんうんと頷く。

本当に全てが全て俺の本心だ。

村一つ、街一つ、国一つ───あるいは星一つという集団の命が懸かっている状況で人一人の命で解決するのであればそれは正しくは無くても間違ってはいない行いなのだろう。

どれ程胸糞悪く、苦しく、痛みしか感じない選択であったとしてもそれで失われる数よりも救われる数が多いのであれば善とは言えなくても悪とは言えないだろう。

他人の命を背負う者は数を数えて救わないといけない事が多々あるのだから。

だから彼らは間違ってはいない。









「──でも残念。生憎と俺は正義に寄り添う気もなければ悪になる程、人生暇でもなければ追い詰められても居なくてな。。」


「………!!」



自分の宣言にスッキリしてようやく本心からの笑みを浮かべられる。

正義に寄り添う気はない。

何故ならばこれはあくまで我が私情。身勝手な祈りによる越権行為であるから。

当事者からしたら理不尽にやりたい事だけをやって逃げる反逆者だ。





「………あれ? 我ながらすげぇ卑劣な事を言ってないか?」



いや、うん、そりゃ悪人ではないとは口が裂けても言えないが、やっている事を考えれば中々レベルの高い悪な気がするぜ。

うん、まぁそこら辺はしょうがない。

細かい事は細かい事を考える器用な奴らに任せるのみである。

自分みたいな大雑把な奴は今の自分の宣言に交渉失敗と悟って一斉に奇襲を仕掛けてくる奴らの対処等がお似合いなのである。




全員が全員中々に素早い



文明レベルが足りないせいで武装自体は古めかしい鉄製の近接武器しかないが地上に居た自分とそう変わらないであろう人間種はともかくとして異人である者達は文字通り人とは異なる力と速度でこちらに攻撃を仕掛けてくる。

上から3人が奇襲、残る二人は上空からの支援と矢による追撃。

地上に居た人もまたナイフを構えて突撃してくる。

速度差を利用した時間差に加え、遠近両方からの攻撃によって確実に事を為すという動きだ。

確かにこれは必殺の陣だ。

普通の、少なくとも彼らが思う人間種ならば成す術無く殺されるしか無いだろう。





だが、ここにいる自分はこの星で生まれた人でも無ければ、故郷であった星の法則ルールからも




腰に差してある刃から光が漏れる。

本来の色を失い、かつて聖剣であった恥ずべき魔剣から零れるのは悲憤と再起に塗れた灰色の光。

それに苦笑しながら、ソラを駆ける先駆者としてせめてもの助言を残した。







「君達………人間が一番弱いっていう考えはかなり古いぜ?」





※※※



息を切らして道を走る。

ここまで長距離を本気で走った経験がない少女、アイナにとっては途轍もない疲労に蝕まれ何時転んでもおかしくないような状況だ。

走る事なんてこの世界では意味の無い事だから。

逃げ場のない世界でどれだけ速く走っても逃げ切る事なんて無いから。

でも今はその速さが必要だった。

それこそ意味の無い事だと分かっていても………アイナは走るしか無かった。

その甲斐もあっても視界に目的とした建物が見え、安堵するわけじゃないが辿り着いたという達成感を覚え、その勢いのまま建物………あの少年が泊っているホテル兼酒場に入り





「………このギリギリ感が溜まらない………君達もそう思わないか………!?」



こちらの気も知らずに再びパンツ一丁で吠えている馬鹿が居たので安堵感とか脱力感を覚える前にそのまま疾走して少年に向かって跳躍し




「──何度パンツ晒すんですかこの愚鈍男ーー!!」


「みずいろぉーーー!!???」




我ながら完璧な両足を揃えた飛び蹴りは吸い込まれるようにパンツ一丁の馬鹿の顔面にめり込み、吹き飛ばした。

ぶるぁぁあぁぁぁぁ………とエコーを響かせて壁に激突する少年に憤慨が少しずつ納まる感覚を覚え、少しスッキリし───今度は今の自分が周りの人に見られている事に気付き、羞恥に顔を赤くする。

今まで維持してきたキャラを完全にぶっ壊した愚行を考えれば、周りからの視線は当然なんだがこちらの事情も理解して欲しいと思うのは理不尽だろうか。

あうあうあうあうあう、と意味もなく両手を臍の前辺りに漂わせて指を動かし、そこで壁に叩きつけられた馬鹿が眼を開いてこちらを見ているので思わず




「ア、アリアンさんっ。何かっ、何かここで私の羞恥を消すような何時もの馬鹿発言をしてくれないでしょうか? 多分酷い目に遭わすと思いますけど」


「とんでもなく酷い対価だが応えよう───頭は大分固いみたいだけどパンツは年相応の趣味で安心した」



宣言通り酷い目に遭わす為に思いっ切り椅子を投げつけた。






※※※



とりあえず宿の皆さんに謝りながらどうにかアリアンが宿泊している部屋に入り、溜息を吐く。

想定した段取りから大分外されたが、ともあれここに来た一番の目的は叶ったとは言える。




「………無事だったんですね」


「ああ。君を生贄にする為に過保護に動いていた連中なら適当にのしといたけど?」



あっさりと。

あっさりと少年は自分が今日急いで来た理由と今まで自分が隠していた理由の両方を見抜いた。

本来なら驚きに値するのだろうけど……この少年に対して驚愕していると疲れるというのを自分も理解している為、少し苦笑するだけで納めた。




「何時から気付いていたんですか?」


「最初から───っていうと格好は付くんだろうけどな。まぁでも君もそうだが周りの人間も演技が下手糞すぎる。アレじゃあ子供でも君に対して負い目がありますって読み解ける」



傍目からはそう見えるのか、と謎の関心を覚えながらも納得する。

でも……それならそれで下手に取り繕う必要が無いから気が楽でもある。

だから私も遠慮なく諦めて告げる事が出来る。





「はい、その通りです───私は明後日にあの蛇に献上され、喰い殺される生贄の姫になるんです」




胸に手を当てて笑顔で言えたのは良かったと思う。

憂い顔や暗い顔を見せたら未練たらたらの面倒な女になる。

嫌われるのはともかく面倒と思われるのはまっぴらごめんである。




「ふぅん。あの蛇、美少女が趣味なのか……爬虫類の癖にいい趣味しているな……!」


「いえ、あの蛇男女問わず食い散らかしているって記録には残っているそうですよ」



この状況でジョークに持って行くセンスはどうかと思うが変に同情されるよりはいい。

同情なんてほんとーーーーーーーーーーに他人を見下すだけ見下して自分だけを癒す無意味なモノなのだから。

少なくとも私はそう考えているので、本当に有難かった。




「人間一人なんてあの蛇の大きさを考えれば焼け石に水だろ。人喰いでしか意味無いんならとっくの昔に君達は絶滅している───なら目的は見せしめ、あるいは悪趣味か?」


「さぁ……? 主観を語るならば後者のような気もしますが」



あの蛇の事を考えるなんてしたくもない事だから考えた事もない。

見せしめだろうが趣味だろうが……絶望だけを刻まれるちっぽけな人間にとっては意味なんて無いのだから。



「ふぅん……ま、疑問やら何やらは解決したわ。で、そうなると一つ疑問が湧くわけだが」


「どうして生贄にされようとしているのに自分に救出を求めないのか? ですか」



返事をしないまま肩をすくめるのはその通りである、という意味であると受け取る。

彼の仕草に理解を覚える自分を可笑しく思っているとつい同じような動作をしながら答える。




「それについては出会った時にお答えしましたよ? 他の誰かを見捨てて自分だけが生き残るというのは後味が悪いと」


「随分と小狡い蛇だな。獲物が一匹逃げただけで皆殺しか」


「実際にするかは知りませんけどね? でもするかどうかなんて弱い私達には関係の無いお話ですから」



さよか、と無関心そうな返答を受けて苦笑しているとじゃあもう一つ追加で質問、と指を上げる。

勿論、その程度別にいいのだが……今度の質問に対しては少しだけ意地悪な猫みたいな表情を浮かべているので警戒心が沸き上がる。

この人なら何か仕出かしてくるという偏見は正しく真実であった。





「お前自身が逃げようとしないっていうのは分かった。でもアイナ、君はもう一つ言わない事があったな───どうして君は一度たりとも?」



「───」



少し意表を突かれた質問に、反射的に少年の顔を見つめてみると少年はしてやったり、と言わんばかりの表情を浮かべていた。

そこに悪意が無いのがこの少年らしいとも言えるが。

さて取り繕う事は可能ではあるだろう。

可能なのだが……先日の憎悪を零した少年を見る限り、彼ならばという思いが頭の片隅を掠める。

馬鹿らしい事この上ない共感なのだが……それにどうせなら死ぬ前に一度くらい本音を吐露したかったのも事実だ。

だから思い切ってアイナも告げる事にした。





「ええ。私は別にこの星の人が助かって欲しい───だなんてこれっぽっちも思っていないので」



言ってしまった、という思いとようやく言えたという安堵が胸の中に広がる。

どちらかというと後者の方が強いと感じる辺りが笑うしかない。

何よりそれを聞いてふぅん、と特に気にした感じもしない少年の態度が嬉しかった。




「そりゃそうだ。君の立場からしたら周りを気味を見捨てて生き残る存在だ。その上で救いたいと思うのは酷だろうな」


「そうなの……でしょうね。護る中に大事な人が居たら別なのかもしれませんが」


「ご家族、あるいは友人恋人は?」


「後者に関しては決まった年月しか生きれない私に対して皆、同情の眼を向けるので中々……前者に関しては……実は前の生贄が母親でして」


「……」




ここで変に同情するような言葉を言うより沈黙を選んでくれた事が嬉しかった。

見ず知らずの他人に可哀そうに、とか災難だったな、とか言われたら話す気が失せていただろうから。




「そのせいでですかね。私、父親に対して何の期待も不満も持てなくて。こう見えて父はこの国の王で……娘であっても敬わなければいけないんですけど……」


「別に王の娘=愛し敬わなければいけない、なんてルールは無いだろ。俺が君の立場でもその父親には一発ぶち込みたくなる」


「? 何も出来ないからですか?」


「巨大な蛇だろうがなんだろうが妻を爬虫類に差し出した事にだ」


「───」



アイナは出来るだけ不自然に見えないように手で口元を隠した。

タイミングを考えたら癖であるとしても少し不自然な行動ではあったのだろうけど……せざるを得なかったのだ。

だってそんな言葉を言われたら……

だから手で必死に口を隠している間に歪む唇を直す。

……名残惜しいけど、今日の目的のもう一つは喜びを分かち合う為ではないのだ。




「……なのでアリアンさん。お会いできるのは今日限りです。アリアンさんもずっと父の部下に付き纏われるのは嫌でしょう?」


「確かに。男女関係なく付き纏われるのはごめんだな」



ですね、と告げながら漏れる笑みに苦みをつける。

意味もなくほんの少しだけ騒がしい日々はあっという間に終わる。

どうしようもない事だと思うし、どうにも出来ない事だとも思う。




「まだ聞きたい事があるんだけどいいか?」


「ええ。スリーサイズみたいなプライベートな質問以外なら受け付けますよ───何故そこで思いっ切り舌打ちするんですか……」



お約束を外さない彼のキャラに最早感心する。

実はこれが私が重く感じないようにする為の気遣いという可能性もあったりするのだが……敢えて私は芸風という事に片づける事にした。

そういう意味では彼の次の質問に対して自然体に近しい精神状態で挑めたと思っていたのだが……





「───助けて欲しい?」


「───」



自分の判断が甘かったとしか思えない言葉に少しだけ呆然としてしまった。

その事に直ぐ気付き慌てて意識を取り戻したのだが、時すでに遅し。

そら見た事かと言わんばかりに呆れた顔を向けてくるのだから。




「……っ」



改めて問われる救いの言葉。

今までと違うのはその救いは決して不可能事ではなく、彼が本当にその気なら確実に自分の命を救う事が出来るという事だ。





……自分が死にたいかと言われればNoだ。




生きたい。

あんな化け物に食べられて死ぬなんて嫌だ。

寿命や病ならばまだしも、どうしようもない存在に一方的に絶望だけを押し付けられて死ぬなんて嫌だ。

救われるのならば救われたい。

私は死にたいなんて思いながら徘徊する生きた死体リビングデッドじゃないのだから。

───でも




「……その前に、私も一つお聞きしても?」



勿論と答えを聞いた後に私は一度だけ目を瞑り……開くと同時に胸に手を当てて問う。




「私は……私達は哀れですか?」


「……」



何も答えない少年だが、語らずとも分かる事があるくらいは私にも理解している。

他所から見たら私達は弱くて哀れなのだろう。

あるいは何も失敗していないのに、唐突な降って湧いた不幸のせいで哀れなのだろう。

別にそこまで私は否定する気はない。

哀れに思われても私達は否定する力を持ち合わせていない。

だけど……私達じゃない私はだからこそ思う事があった。




「哀れかもしれないし、情けないかもしれないけど……私は私だけを嫌いたくないんです。弱くて辛くて……何の価値も無くても私はちゃんと生きてきました。だから私は最後まで卑怯者にだけはなりたくないんです」



無駄で無意味で……何の価値も残さなかったのだとしてもそれでも私は"生きた"のだ。

その生を汚す事だけはしたくなかった。

辛かったこそ自分だけはよく頑張った、と認めたいのだ。

誰の為でも無く自分の為に。

だから……





「ありがとうございます───小娘の我儘に付き合わせて」




名ばかりだが可能な限り王女のような一礼をする。

最後の最後までつまらない出し物に付き合ってくれたお客様にせめてもの感謝を伝えるように笑みも付けて。

ただし返事も顔も見ないままそのまま去って行く。

ここから先、何を言われたとしても余計な荷物になる。





自分は十分な思い出たからものを頂いたのだから






※※※




好き勝手言って出て行った少女を見送った後、アリアンは苦笑した。

少女を嘲るからこそ笑ったのではなく、健気さすら感じる意地の貼り方に賞賛の笑みを浮かべていたのだ。

内容を考えれば口に出して褒める事も出来ないが……その上で少女の精一杯の復讐をアリアンは賞賛した。




「じゃ、悪党らしくその復讐は台無しにさせて貰おうか」




だからこそアリアンは笑ってその復讐の邪魔をすると宣言した。

クスクスと笑う様には悪意や、あるいは歪んだ何かしらの感情が浮かんでいるわけではない。

彼は心底から少女の勇気を賞賛しながら、しかし砕くと決めただけなのだ。




「オリアス。聞いてたな?この星における二日後らしいぞ。全員に通達しておけ」


『はいっ! もうしました!』


「ちなみにどんな感じだった?」


『えっと……皆さま苦笑しながら異議なしって言ってました』


「そうかそうか。オリアス、そういう時は皆さま! やる気満々ですね! って言ってみるといいぞ」


『え、はい……やったらシーリィさんと義姉さん以外皆が何か言いたげな表情になりました!!』


「それが素直な奴と捻くれ者を見分ける方法だ。損はないぜ───代わりに俺にはやるなよ」




えぇー? と困惑した弟の声を聴きながら立ち上がる。

狭い一室で、オリアスを通じているとはいえそれ以外誰も居ない中で彼は高らかに告げた。





「最後まで綺麗に終わりたいんだろうけどな。お生憎残念無念! 完結した奴に関わるような暇人がここに居たのが不運だったな! そんな下手糞な笑み浮かべられたら無理矢理にでもぐちゃぐちゃな泣き顔に変えたい悪党だかんな!!」




ははは! と遠慮なく笑う。

少年は徹頭徹尾嘘は吐いていない。

アイナの復讐を遠慮なく台無しにするつもりだし、笑みを滅茶苦茶な泣き顔にする気満々だし、悪党だとも思っている。

ただまぁ……悪党というわりには浮かぶ笑みには悪意も邪気も無い笑いであり






「うるっせぇぞ!! クソガキぃ!!! 周りの迷惑考えろや!!!」


「ぬあ!? スッミマセーーーーン! オットナリサーーーーン!!」




非情に締まらないオチを残していた。



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