2020.4.30 16:01

「姉様屋敷」の屋根裏。銀河の部屋から推測できるよりも床面積が小さく、屋根と片側の壁(銀河の部屋の傾いた壁と同じ方角)に微妙な歪みがある。使っていない椅子が何脚か置かれている。歪んでいる方の壁には長方形の枠に囲まれた穴があり、裏側から木の板で塞いである。懐中電灯を持った銀河と江森が梯子はしごを上ってくる。


銀河:あれ、私の部屋より狭いような……

江森:この家、傾きすぎだろ。倒壊したりしないのか?

銀河:わかった、この壁の向こうにまだ一部屋ある。

江森:秘密の書斎か何かか?


銀河は壁の板張りを叩く。


江森:かなり昔から出入りがなかった感じだな。

銀河:板が腐ってる。雨漏りか?

江森:空き家だった時期もあるらしいからそのせいだろう。

銀河:これはいけるな。


銀河は椅子を取ってくると、脚を持って振り上げる。


銀河:ほら開け!(壁に向かって椅子を振り下ろす)

江森:何するんだ!


銀河は繰り返し椅子を叩きつける。内側から釘付けされていた板は砕けて下に落ち、隠された空間が露わになる。年月を経て黄ばんだ書き付けの束、和書洋書を問わない本が積み上がった小さな部屋で、ある種の規則性を伴って大量の複雑な図形が壁や床に直接書かれており、打ち付けられていた板にもペンキの痕がある。壁も天井も激しく歪み、建築の他の部分とどうやって接続されているのかほとんどわからないほどである。採光がほとんどされていないので非常に暗く、二人は見たいものを懐中電灯で照らさなくてはならない。


江森:あーあ、ドンブロウスキさんにばれたら大ごとだぞ。

銀河:こんな板張り気にしないさ。それより、どうやって内側から釘を打ったんだ?

江森:床板を外して魚沼の部屋に出た後、天井を塞げばできる。

銀河:何のために?

江森:さあ。二度と見たくない本を封印した、とか?


銀河は床にある本や書類を漁り始める。


銀河:ちょっと……これはすごいぞ。

江森:どうした?

銀河:洛本のアメリカ土産だ。『ネクロノミコン』の英語版、『エイボンの書』、『無名祭祀書』……

江森:『ネクロノミコン』ってあの『ネクロノミコン』か?

銀河:もちろん。これで洛本の理論をもっとうまく説明できる。

江森:魔道書が数学とどう関係あるんだ。

銀河:数に神秘的な意味を求める発想は古来からある。その思想を極めた結果が高度な数学に繋がってもおかしくない。(床に置いたままの本に片手で懐中電灯を向け、片手でめくる)

江森:理にかなってはいる。(メモを拾い上げる)これは洛本が書いたのかな?


江森は銀河の見ているページを覗き込む。


江森:ちょっと、その図形……

銀河:何?

江森:さっきのページに戻って。そう、その図形だけど、このメモに同じものが描いてある。

銀河:見せてくれ。(江森からメモを受け取る)確かに。

江森:隣の式と文章は……説明か?

銀河:多分そうだ。他にもあるかな?

江森:洛本はネクロノミコンの内容を研究してたのか。

銀河:そうなると、魔道書本体にも目を通さないといけなくなるな。

江森:古い英語だから何とかなるか?

銀河:いや、この章は単にラテン語を引き写してあるだけだ。誰かに協力してもらわないと。

江森:ハヌルさんは大学で古代ローマについて研究したらしい。読めるかもしれないな。

銀河:時間がありそうな時に聞いてみよう。

江森:長話はするなよ。魚沼は喋り始めると止まらないんだから。

銀河:わかってるよ。


江森は先に梯子を下りる。銀河は『ネクロノミコン』を小脇に抱えると、彼に続いて退場する。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る