2020.3.30 20:04

「姉様屋敷」の茶の間。リラックスした雰囲気の空間で、古い建築に現代的なアイテムを場当たり的に足していった結果の無秩序さがある。ほとんど空になった皿とソジュ(韓国の蒸留酒)、ビール瓶が並べられた食卓は長方形の机で、それぞれが座布団の上に好きなやり方で座り、銀河は正座している。全員にはすでにかなり酒が回っている様子である。ジヨンは銀河の空になったグラスを取ると、ソジュとビールを注ぎ、それからスプーンを握ると驚くほどの勢いでグラスに突き込んで泡を立たせる。(ソメクと呼ばれる韓国の飲み物の作り方)


ジヨン:どうぞ。

銀河:どうも。


銀河は顔色も変えずに飲み干す。


ジヨン:良い飲みっぷり!

三内:ついにドンブロウスキさんを負かせる人が現れたかも。

ドンブロウスキ:あのねえ、学生を指導する身として飲み比べは推奨しませんよ。

江森:ジヨンさん、僕にも。

ドンブロウスキ:江森くんはやめてください。この家は古いんです、これ以上酔っ払いに壊されたくありません。

三内:大正期の建築でしたっけ?あまり詳しくないんですが。

銀河:あの洛本らくもと愛作あいさくの屋敷ですよ。

三内:ああ、小説家の。読んだことはないんですよ。

ジヨン:私も、昔の作家は難しくてなかなか。

江森:赤牟市の人はみんな知ってますよ、うちの大学の出身ですからね。しかも数学科、僕らと同じです。

ドンブロウスキ:洛本は数学と物理学の研究のためにアメリカに留学して、帰ってきてからこの家を自分で設計しました。銀河さんの部屋は壁や天井が傾いているでしょう?あれは洛本愛作独自の理論に基づくそうです。

銀河:そう、それです。その理論がどんなものか調べているんですが、何かご存じではないですか?

ドンブロウスキ:残念ながら。数学と物理は学生時代の敵でしたからね。

銀河:図書館で彼の自叙伝を読んだことがあるんですが、おそらく世界で初めて、原子爆弾の理論を組み立てた人物だと思います。幸いにも、当時の軍はまともに取り合わなかったそうです。

江森:でも、晩年には様子が変だったらしいし、本人の文章を信じられるかどうか。

銀河:そうは思わない。小説の文章はちゃんとしている。

ジヨン:変、とは?

江森:妄想ですよ。ある種の角度や曲線に特別な意味があると信じていたそうです。説明しにくいんですが、何というか…物理的な影響をもたらすと。

ドンブロウスキ:洛本は終戦の日の夜、まさにこの家の屋根裏部屋に上がったきり姿を見せなかったそうです。体が弱っていた上に江森くんが言ったような問題もあったので、家族が自殺を隠したと言われています。

三内:敗戦というショックもあったでしょうし。

銀河:洛本は玉音放送を聞いた直後に支離滅裂なことを言っていたと、彼の知り合いの書いた伝記にありました。

ジヨン:それは、つまり?

銀河:「門が開かれた」と繰り返していたそうです。彼の小説に出てくる狂人にそっくりで恐ろしかったと。

江森:やめろよ、二度と屋根裏に上がれないじゃないか。みんなして僕を怖がらせようとしてますね?

銀河:洛本がこの家で失踪したことくらい知ってるかと思った。それにゾンビのゲームよりましだろ、腐ってない。

江森:ゾンビはCGじゃないか。

三内:どうせ屋根裏に上がれるのは魚沼さんの部屋だけだよ。

ドンブロウスキ:とにかくそんな天才の家なので、魚沼さんは勉強に集中できるかと。

三内:何のフォローにもなってないですよ。

ジヨン:あの、洛本愛作に姉妹はいたんですか?

ドンブロウスキ:いないと思いますが、どうしてそんなことを?

ジヨン:この家が「姉様屋敷」と呼ばれるわけが気になって。

ドンブロウスキ:それは私にもわからないんですよ、もう近所の人も覚えていないみたいで。

銀河:今度調べてみますね。


三内はビール瓶を持ち上げてもう中身がほとんどないことを確認し、残りを直接飲む。


ジヨン:あ、行儀悪い。


ドンブロウスキ:(立ち上がる)そろそろ片付けましょうか。


全員は適当に食器を重ねて台所に退場する。

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