第一幕

2020.3.30 14:43

段ボール箱を抱えたジョゼフ・ドンブロウスキと、本の束を両手に下げた魚沼うおぬま銀河ぎんがが「姉様屋敷」の二階の一室に入ってくる。築百年以上は経過しているように見える日本家屋で、不可解にも片側の壁と天井が傾き、屋根裏に通じる階段が部屋の中にある。銀河はマスクをして丸眼鏡を掛けているのでほとんど顔立ちはわからない。きれいに撫で付けられた髪、男物のシャツにサスペンダー付きの長ズボンという格好。彼らは畳の上に荷物を置く。すでにいくつかの箱が置かれているが、引越し荷物としてはかなり少ない。


ドンブロウスキ:さて、改めて魚沼さん、「姉様屋敷」にようこそ。姉はいないが一応は屋敷です。

銀河:よろしくお願いします、ドンブロウスキ先生。

ドンブロウスキ:大学の外では「先生」でなくていいですよ。君には期待しています。今年から私が教えることはないようだが、ぜひ数学に集中してください。

銀河:はい、ドンブロウスキさん。


銀河はマスクを外して部屋のゴミ箱に捨てる。


ドンブロウスキ:魚沼さんはさっきした説明をきちんと覚えているでしょうから、大家としても安心です。お友達に言っておいてくれませんか、午前二時にゾンビを撃って遊ぶ時はイヤホンをしてほしいと。怖くてトイレに行けないという苦情が出ています。

銀河:わかりました。


ドンブロウスキは退場する。江森えもり文也ふみやが戸口から覗き込む。


江森:よお、魚沼!

銀河:お、江森。


銀河は部屋の前の廊下に出ていく。


江森:そうか、今日から入居か。よろしくな。

銀河:こちらこそ。他の人たちは?

江森:二人とも外出してる。そろそろ帰ってくる頃だよ。ところで俺の部屋わかる?

銀河:さっき教えてもらったよ。風呂の隣だろ?


一階の玄関の扉を開ける音がする。


ジヨン:ただいま!


マ・ジヨンと三内さんないはるが二階に上がってくる。


ジヨン:あら、新しい人ですか?よろしくお願いします。マ・ジヨンと申します。向かいの部屋にいます。

銀河:こちらこそよろしくお願いします。魚沼銀河です。

三内:はじめまして。三内遥と申します。数字の三に内側、はるかと書きます。

銀河:あれ、もしかしてあの三内さんですか?『暗黒のファラオ/ネフレン=カ』を描いた?

三内:お、読んでくれてありがとう。

銀河:全巻持ってます。すごく面白いです。サイトの絵も全部見てますよ。

江森:俺と魚沼は同じゼミで、三内さんの漫画も魚沼に勧められたんです。

銀河:後でサインください。

三内:もちろん、喜んで。江森くん、この前言ってたホームズの映画観る?

江森:借りてきてくれたんですか?ありがとうございます。(銀河に)じゃあ、何か手伝ってほしいことがあったら呼んでくれよ。

銀河:今のところ大丈夫そうだよ、ありがとう。


三内と江森は退場する。


ジヨン:魚沼さんは、辛いものは好きですか?

銀河:もちろん。唐辛子は何にでも合います。

ジヨン:よかった。今日の晩ご飯は私が作るんです。銀河さんも料理すると、その度に家賃から食材費と時給くらいを引いてもらえますよ。夕食はいつも七時半からです。その時にまた会いましょう。


ジヨンは退場する。一人残された銀河は部屋に戻り、段ボールを開け始める。

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