姉様屋敷で見る夢は

アーカムのローマ人

プロローグ

1945.8.15 23:11

金槌の音が響く。壁も天井も激しく傾いて全体に不正形をし、床と壁には複雑な図形が規則的に描かれた小さな部屋。窓は無く、床の図形の上に蝋燭が間隔を空けて七本立てられ、それだけでは足りない光を得るためにランプも設置されている。床に積み上がった本や書類束の上に、板材や釘、金槌、塗料の缶と絵筆が置かれている。崩れた着物を着て眼鏡を掛けた四十代後半の男性、洛本らくもと愛作あいさくが、唯一ある入り口に板を打ち付けている。作業はほとんど終わりかけている。


洛本:(ぶつぶつと繰り返し呟く)今や異界の門開かれたり、暗黒の女君おんなぎみ来ませり……千早振ちはやぶる神の帝は大いなる使者を遣わしたまえり。そは混沌の玉座の皇太子にして強壮なる娘御、百万の恵まれたるものどもの太母たいぼなり……


最後の板を打ち付けると、洛本は缶と絵筆を持ち、板張りの上に赤い塗料で図形を描き始める。曲線と角度を複雑に組み合わせた形を描く間も、彼は詠唱を続ける。


洛本:古ぶるしき千のかおいざなえり。黄泉の門開きたり。黄泉鳴子大神よもつなるこのおおかみ黒き奥都城おくつきの宮にいませば、一度ひとたび神域のかてみし者、再び神域より分かたれることなかれ……


壁の向こうから、男とも女ともつかぬ果てしない数の声が聞こえる。


百万の恵まれたるものども:今やいわやの戸開きて、暗黒の女君耀かがよえるおもてあらわしたり。門の統べる地に入る者、必ずや門の統べる民とならん。黄泉鳴子大神、黒き奥都城の宮に坐せり!


傾いた壁と天井の交わるところから、異様な紫色の光が輝き始める。洛本は図形を描き終わると、その光に向き合って両手を掲げる。


洛本:にゃる・しゅたん!にゃる・がしゃんな!にゃる・しゅたん!にゃる・がしゃんな!

百万の恵まれたるものども:にゃる・しゅたん!にゃる・がしゃんな!にゃる・しゅたん!にゃる・がしゃんな!


突然、全ての光が消える。洛本の詠唱も壁の向こうからの声もしなくなり、その代わりどこからともなく、か細い笛の音と単調な太鼓のリズムが絡み合う耳慣れない音楽が聞こえてくる。それはどんどん大きくなり、そして唐突に止む。

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