第35話 三つ巴
【前回のあらすじ】
ひとり深海にまで潜ったクィントだったが、お宝を目前に『海洋の守護者ベガ』と遭遇する。宝を諦めろと言うベガ。そんなとき海上付近では戦端が開かれていた。
狭い空間に六名からの人員がひしめき合う、ブルーポラリス号の第一艦橋。中央に座すヴィクトリアの瞳は、覗き窓から射す閃光で照らされていた。
焦りはしないが、余裕などそれ以上にない。突然、現れたユニオン艦隊は、サクラがその存在を捕捉した瞬間に戦端を開いたのである。完全なる不意打ちだった。
隠密潜航状態にあったブルーポラリス号は、周囲の索敵に対してアクティブソナーが使えないなどの制限があった。しかもベガを刺激しないようにと、比較的浅い海を航行していたため、ユニオンの船団と遭遇してしまったのである。
「オルカ級六隻を確認! 全艦が一斉に雷撃を開始してます、五秒おきに順次着弾!」
ヘッドホンを片耳に当ててサクラが叫んだ。『はるかぜ』級潜水艦を、ブルーポラリス号ではオルカと呼ぶ。
「
「了解」
第一艦橋の舵は、タイトな操船が求められるため舵輪ではなく、操縦桿になっている。ジュリアは、囮を撃ちもらした魚雷群を神業の如くかわしていった。
しかし、それにも限界はあり、次第に被弾率は上がってくる。
さらに弾幕をかいくぐってきた敵マリナーに、全方位から銛を射込まれ、その威容はさながらエイハブ船長と死闘を演じたモビー・ディックのようであった。
「船長! 各ブロックで浸水がはじまりました! このままでは沈みます!」
船内情報を統括しているクルーが半狂乱で声を荒げる。
振動と光、そして、破壊音が支配する第一艦橋のなかで、皆、ヴィクトリアを仰ぎ見た。だが、彼女はただ黙したままである。
炎を溶かし込んだように燃える眼は、ジッと炸裂した海の向こうを睨み付けていた――。
激しい爆煙と大量の水蒸気のなかで、ルカは己の四方を取り囲む敵マリナーの防衛網を食い破っていた。
彼女が乗る瑠璃色の機体は、両脚に鋭いエッジを持っており、戦場を鳥のように舞いながら敵機を蹴り刻んでいく。
マシューのマーズ号が『赤鬼』なら、彼女のマーキュリー号はまさに鬼神。
飛び交う銛撃を巧みにかわしつつ、容赦なくユニオン兵を駆逐していく。
「うらああああああ!」
憎悪と執念が隙間なくコクピットを埋めてゆく。あの日、失った父と母。その悲しみは、こんなことでは癒えやしない。
より多く、より残忍に。
自分から家族を奪った罪深さを、ユニオンに知らしめる。
立ちはだかる者は、なんぴとたりとも許さない――。
「ふわぁぁぁっ! 死ねええっ!」
また一体、敵マリナーに襲い掛かる。
紙一重で蹴りをかわし、無防備のまま浮遊していた敵機を捕まえる。
ルカはマーキュリー号の右腕で、敵コクピットを押さえつけるようにして相手の動きを封じる。そして、前腕部に仕込まれた「杭打ち機」を作動させた。
火薬の爆発力によって打ち込まれた巨大な杭は、敵マリナーのコクピットを貫いて確実にパイロットを絶命せしめる。大穴の開いたキャノピーは、水圧に耐えかね破裂した。そして機内からは血の混じる海水を身にまとわせた水密服が浮かんでくる。
ルカがとどめの一撃を放ち、動かなくなった敵マリナーを海底へと蹴り飛ばした。
徐々に暗闇に呑まれてゆく白い機体。
やがて眩い光に包まれ、儚く散った。
だが、それすらも憎しみに燃えるルカの心を捕らえることは出来ない。
その間も彼女は、次々と戦場に骸を増やしていくのである。
「なんだ? 撤退していく?」
本能の赴くままに暴れ続けたルカだったが、敵マリナーの二個小隊も撃破した頃である。
自身への包囲が解かれ、敵機が自陣へと引き返しているのに気付いたのだ。
しかし、それはきわめて統率の取れた引き際であり、とても「逃げた」という印象ではなかった。そしてルカが追撃をためらい、その場に静止した時だった。
「マシュー……なんでアンタがここに……?」
ソナーが捉えた小さな機影。
その方角に目を向けると、後衛でブルーポラリス号を守っているはずのマーズ号の姿があった。敵魚雷を迎撃し、本船へと強襲するマリナーを駆逐しているはずの。
しかもマシューは、マーキュリー号に見向きもしない。そのままゆっくりと、ユニオン艦隊が陣を張る水域へと消えていったのだ。
「マシュー……?」
ルカの困惑は、突如として胸騒ぎに変わる。焦燥に駆られた彼女が、ブルーポラリス号のある方角へと機体を反転させた時だった。
激しい閃光と共に、巨大な船影が深海へと沈んでゆくのを見た。
一瞬遅れて海中に衝撃波が伝わる。彼女の愛したその船は、船体のいたるところからオイルを噴出して暗い海へと引きずり込まれてゆく。
戦慄の光景を目の当たりにした彼女は、狂ったようにコクピットで叫んだ。
消えゆく『赤鬼』は、それでも振り返りはしなかった――。
クィントは、二体のUM501に行く手を阻まれていた。クィントのサルベージ船と共にジュピター号のベースとなったユニオン製の武装マリナーである。
とにかく一刻も早く戦場へと急行したい状況だが、本職の兵士を相手にして振り切れる自信は彼にない。変形を解いてヒトガタになったジュピター号は、前後に展開した敵マリナーの動きを、銛を振りかざしてけん制する。
とりあえずは敵も迂闊に攻めてこない。だが、こんな状態がいつまでも続く訳がない。なにか打開策を講じなくてはいけなかった。
が、その矢先である。
前方に控えていた一体が、ジュピター号へと襲い掛かってきたのだ。
クィントは銛を左に持ち替え、敵マリナーの一撃を受けた。
さらに機関停止を狙ってくる敵の「左手」をつかみ、そのまま杭打ち機で肩を打ち抜く。
メインスクリューは全開である。
背後のもう一体からの挟撃を意識し、捕まえた敵機もろとも全力で逃げた。
いよいよもって膠着状態ではあるが、その時、クィントはキャノピー越しに敵コクピットを見据えていた。操作パネルの表示灯を受けて、鈍く浮かび上がるパイロットの影。そこには彼も見覚えのある、身体にぴったりと張り付く水密服が。
まさかと思いながらも、メルメットへと目を凝らす。外側からの透過率が低いバイザーが、なにかの拍子で透けて見えた時、彼の脅威的な視力はそれを捉えてしまった。
「ミレニア……」
感情のない大きな瞳が、ジッと彼を見つめている。
生きているのかどうかさえ疑わしい虚無的な表情だ。「うそだ」と思い、操縦桿を握るクィントの手から自然と力が抜けてゆく。
隙を突いた敵機は、するりとジュピター号の拘束から逃れていった。
刹那、ジュピター号の後方から放たれていた銛撃ちが、敵マリナーの頭部を打ち抜いた。
そして続けて二発、いずれもジュピター号ではなく敵機に命中する。
咄嗟に振り向いたクィントだったが、後方の敵機はすでに肉迫していた。大きく振り上げられた右腕部の大剣が、ためらうことなくクィントの頭上に振り下ろされる。
だが、その攻撃が捉えたのは僚機であるはずのUM501だった。
ミレニアが乗ると思われるそのコクピットは袈裟切りに破壊され、まるであの日の再現のように、海中へと小さな水密服が投げ出された。
「ミレニア!」
意識を失い、潮の流れに翻弄される小さな影。
それは浮力に従い、海上へと吸い出されていった。
だが、それをもう一体の敵マリナーは執拗に追う。いままさに、構えた銛撃銃の銃爪を引こうとしているところだった。
クィントの身体が勝手に反応する。
敵機の構える銃に向かって、自機の銛を投げ込んでいたのである。
クィントの攻撃によって銛撃銃を弾かれた敵マリナーは、標的を彼へと変じた。凶悪な大剣を振りかざしスクリュー全開でジュピター号へと強襲する。
投擲した銛の巻上げが間に合わず、剣を受けることは出来ない。
一瞬のひらめきで、クィントは両肩のサブスクリューを駆動させ、紙一重で攻撃をかわすことに成功した。
距離を取り、銛を巻き戻す。その隙に敵機も銛撃銃を取り戻していた。
頭上を見れば、ぴくりともしない水密服が、ドンドン小さくなっていく。
「なんとかしないと……なにか手は……」
握り締めた銛を見つめ、しばし思いを巡らせた。
ただそんな彼の都合を、敵が黙って見守ってくれるはずもない。
「コノぉ!」
高速で向かってくる敵機目掛けて、クィントは虎の子である銛を投げつけた。しかし、無常にも投擲は、敵パイロットの華麗な操縦テクニックによりご破算になる。同時に敵機も銛撃銃を撃ちつくし、決戦は肉弾戦へともつれ込んだ。
俊敏な白い機体は、いとも容易くジュピター号の破壊が可能な間合いへと侵入する。力強く振り上げられた大剣が海中で鈍く光る。勝負あったかに思われた。
だが、動きを止めたのは敵機の方だった。
「よし!」
いまクィントの眼前では、肉迫していた敵マリナーの腹部から、巨大な銛の先端が突き出していた。それは丁度、背後から水圧感応式ジェネレーターを破壊している。動力源を失った敵マリナーは当然、機関を停止した。
クィントは、あの状況下で一策打っていた。
銛を投擲するまえに、ワイヤーを銛のなかほどに縛り付けていたのだ。
そうすれば巻き上げた時に、鋭利な先端から銛は戻ってくる。また巻き上げ機のパワーも相まって、敵の背後から強襲出来たということだ。
しかし、危機を脱してなおクィントが気を緩めることはなかった。
銛を引き抜いて迷わず海上へと水密服を追いかけた。
〈つづく〉
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