第36話 ビジネス

【前回のあらすじ】

 海賊、ユニオン、ベガ。三つ巴となった海戦が始まった。クィントは戦いのなかでミレニアと思しきパイロットと出会い、ブルーポラリス号は壊滅的なダメージを負い海の藻屑となった。そしてマシューは彼らに背を向けたまま戻らなかった。




 その男は、きわめて尊大で御しがたく、二言三言交わしただけですぐに、自分とは相容れない人物だとカーラは判断した。


 傭兵『赤鬼』――言わずと知れた超一流のマリナー乗りである。かつて前線を任されていた頃に、何度も煮え湯を飲まされた相手だ。

 殺された僚友の数も、ひとりやふたりでは効かない。「次こそは」と、そう思いながら幾度も戦場に立った。しかし、シリウスの総統就任と共にその機会も永遠に失われた。


 そんな男がいま自分の目の前に座っている。


 しかも仲間であった『海賊ヴィクトリア』を裏切り、何食わぬ顔で――。

 ふてぶてしい、そう言ってしまうのは簡単だが、この男の場合もっと陰湿な企みを感じた。


 独立護衛艦『ほしかぜ』は現在、先の戦闘水域にもほど近いフルーレ海の洋上にあった。敵対する海洋生物達も新兵器の投入により近づけず、宿敵とまで言える『海賊ヴィクトリア』もすでにほふった。


 亡命者マシュー・ミラーの取調べのためにと同席した個室の窓からは、二隻のサルベージ船の甲板で巨大クレーンが始動点検をしているのが見える。

 カーラは、しばしその雄大な光景に見入っていた。


「きさま! 一体なにを企んでいる!」


 テーブルを激しく叩き、艦長であるアルフォートがマシューに詰め寄る。

 仔細を心得ているカーラとて、それは同感であった。


 マシューのほうは最初から彼と交渉する気がないのか、横柄な態度で沈黙を保っている。

 シリウスの命令で『赤鬼』を収容してから、かれこれ一時間が経とうとしていた。

 事態は一向に好転しない。


 そんな状態がしばらく続いていたが、ようやくメガフロートとの通信がつながり、部屋に設置されたモニターにシリウスの姿が映される。その瞬間、カーラとアルフォートは敬礼し、総統の言葉を待った。

 無論、『赤鬼』は控えるはずもなかった。


「遅れてすまない。党内の説得が意外と長引いてしまってね。お初にお目にかかる。わたしがユニオン総帥、シリウス・マクファーレンだ」


 するとかの男が、ようやく重い口を開ける。見た目通りの不遜な口調である。


「ははっ。確かにテレビで見た面だ。おれみたいなチンピラ相手に、親玉自らお出ましとは痛み入るぜ」


「きさま! 口を控えろ!」


 いまにもつかみ掛からんばかりのアルフォート。役目上カーラは彼を動きを制すが、気持ちはまったくもって同感である。


「ラザル艦長、任務ご苦労。気持ちはうれしいのだが、彼は捕虜でも何でもなく、賓客として接してほしいな。それに今回の作戦においては、第一の貢献者でもある。もちろん、成功したのはきみ達の働きあってこそだがね」


「ですが……」


「艦長、きみには『ほしかぜ』の前線指揮に専念してもらいたい。だから、彼の尋問はわたしのほうで引き受けよう。悪いが席を外してくれたまえ」


「しかし……分かりました。失礼いたします……」


「うむ。すまないね」


 明らかに納得していないという雰囲気だった。だが、それでもアルフォートは職務に忠実であろうとし、その場から退室する。一方、マシューはそのやり取りを見て、鼻で笑っていた。シリウスの目がなければ、彼をこのまま始末することさえやぶさかではないとカーラは思う。


「やっとビジネスの話が出来るな」


 アルフォートの退室後、マシューは出し抜けに言った。すると、モニターの向こうにいるシリウスは、一羽のハトを指に乗せにこやかに彼の言葉を継いだ。


「『女王が宝を発見せり。早朝、海中に響き渡るピアノの伴奏を追え』、確かにこのハトで送られてきたメッセージのおかげで、ブルーポラリス号を伏撃することが出来た。それできみは我々に、なにを望む?」


「そうだな……まずは酒と女だ。それからオタクらの仲間になる気はねえが、しばらく厄介になるぜ。生憎、乗ってた船が沈んじまったンでな。そこの姉ちゃん、なんなら今晩遊んでやってもいいぜ」


 悪びれもせずにそう口走るマシューに対して、すでに堪忍袋の緒が切れ掛かっているカーラは、腰に提げた拳銃に手を掛ける。


「きさま……調子に乗るなよ」


 一触即発、破裂寸前の風船のよう。そんな彼女を思い止まらせたのは、やはりシリウスの一声だった。そして、シリウスはあらためてマシューへと語りかける。


「こうして実際に話をするのは今日がはじめてだが、きみがわたしに情報をリークしてきたのはこれで二度目だな。おかげで野鳥の餌やりが毎日の日課となったものだよ」


「へっ」


「あの時はきみからの情報で、ブルーポラリス号を撃沈まであと一歩というところまで追い込んだものだ。しかし、結果的にあの戦闘は『赤鬼』の強さを世間に知らしめるためのデモンストレーションになってしまったのだが……。正直、してやられたと思ったよ。きみは最初からそれが目的で我々を呼び寄せたのだな。そうとも知らずわたしは、無駄に部下の命を散らせてしまった」


「そう卑下したモンじゃねえだろう? 聞いてるぜ。あの海戦での活躍が評価されて、総統閣下におなりあそばされたってな。なにが部下の命をだ。ほんとはなにも感じちゃいねえんだろ? アンタからはおれと同じニオイがするぜ。ただの悪党のニオイがな」


「……カーラ。やめろ」


 身体が勝手に反応していた。

 一瞬に詰め寄ったカーラの銃口は、マシューの脳天に突きつけられている。すでに銃爪にも指が掛かり、彼の生殺与奪の権利はカーラが握っているようなものだ。にも関わらず、マシューは平然として不敵な笑みを浮かべている。


「おれも同感だね。こんなことで若い命を無駄に散らすことぁねえや。『お互いに』な」


 刹那、カーラのわき腹辺りで、キラリとなにか鈍く光る。ククリだ。分厚い内反りの刃が、天井の照明を跳ね返している。


「く! いつの間に!」


 隙をつかれた悔しさが、ついつい言葉として出る。しかし、これ以上の失態を敬愛するシリウスのまえでさらす訳にはいかない。

 未練は残るが、仕方なく銃爪から指を外した。


「話を戻そうマシュー・ミラー。きみは先ほどビジネスと言ったが、我々の間にはもう貸し借りはないはずだ。これ以上、何を交渉の場に上げようというのだね?」


 確かにシリウスには、マシューに対して大きな貸しがあった。

 たとえ今回の『海賊ヴィクトリア』撃破における功労者であろうとも、その貸しを返してもらったに過ぎない。

 シリウスにとっては、最初からこんな交渉の席についてやる義理はないのである。

 だが、マシューには一向に態度をあらためる様子などなかった。


「シリウスさんよ。おれが生まれた傭兵団ってな、かつての軍事大国の流れを汲む集団でね。ガキの頃から『終末ノヒカリ』がどうして起きたかって話はさんざ聞かされた。使う当てもなく大量に作られた核ミサイルと、どこかのバカに乗っ取られた制御システムの話をよ。ガキだったおれは、大人達の話すそんなおとぎ話に震え上がったね。だが、ある時こう思ったんだな。それさえあれば、世界征服だって夢じゃねえってな」


 一度言葉を区切ったマシューは、いやらしい目つきでシリウスをねめつけた。


「アンタもその口だろ? 隠したって分かるぜ」


「……それで」


「その核の在り処を、おれが知ってると言ったらどうする?」


「ほう……実に興味深いね。女王が宝を見つけたと言ってきたからには、なにかあるとは思ったが、確かに交渉としては最高のカードをお持ちだ」


「だろ? お互いがハッピーになれるビジネスだ。乗らない手はないぜ」


 その真偽は定かではないが、あくまで高慢な姿勢を崩さないマシュー。


 一方、シリウスは眼前で指を組み、しばし瞑想めいた沈黙を続けた。そして、あらゆる展開を計算しつくしたかの如く、ゆっくりを瞳を開け、重く圧し掛かるような口調で「いいだろう」と呟いた。


 直後、マシューは懐から一枚の紙を取り出し、テーブルの上に置いた。


 片端にパンチ穴の空いた画用紙で、本にして綴じられていた物から千切り取られたようだった。画用紙には幼子が描いたような、稚拙な絵が描かれていたが、カーラにはそれが一体何を意味するのか分からなかった。


 モニター画面を通して見るシリウスもまた同様だったらしく、ただジッと絵を凝視するのみだった。しかし、その表情は徐々に険しさと生気を増していく。


「分かったようだな。この絵は、あの巨大鯨ベガが守ってた海底を描いたモンだ。そして、この複雑な海溝に一箇所だけ、ロケットの出来損ないみたいなのが描いてある。おそらくそれが核だろう。ガキが描いたモンだが、信憑性はある。これ持ってオタクの航海士達に分析させてみな。あとはアンタらの頑張り次第だ、おれはその辺でテキトーに休ませてもらうぜ」


 そう言うと、マシューは勝手に部屋を出て行ってしまった。しかし、すぐにアルフォートと出会ってしまったのだろう。ドアを隔てて怒号が聞こえてきた。

 閑散とした部屋にひとり残されたカーラは、心配そうな瞳をして、モニターのなかにたたずむシリウスを見た。


「まあやってみるさ。きみはあの男の監視を続けてくれ」


「は」


「それよりも……ロベルトの娘の件は、ご苦労だった」


「恐縮です。しかし、敵マリナーを二体、取り逃がしてしまいました」


「それくらいは脅威にもならんだろう。気にすることはない」


「ありがとうございます閣下……」


「では、よろしく頼む」


「は」


 通信を終えたモニター画面は、かすかな熱を残して消沈する。今度こそ本当にひとりきりとなったカーラは、机上の拙い絵を見つめて嘆息をついた。



〈つづく〉

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