第33話 和解
【前回のあらすじ】
ついに宝の在り処へと動き出したクィントたち。様々な想いを胸に、クィントはマリナーの整備をする。
いよいよお宝との対面も間近とあって、ブルーポラリス号の船内は非常に慌しかった。
普段は暇を持て余して酒をかっ食らっている荒くれ達も、この日は船体の点検や、装備に余念がない。
船はいま海上にあり、外部甲板を月光にさらしている。
危険な大仕事をまえにして、外の空気を吸いにくる者達も少なくなかった。今生の別れでもないが、肺にいっぱいの潮風を送り込んだ。
クィントは、ヴィクトリアの言いつけに従い格納庫へ来ていた。
別に、どやされたからという訳ではなく、仕事前に道具の調子を見るのは、サルベージャーとして当然のことだからだ。だが大仕事をまえにして気持ちが落ち着かないのは彼も同じこと。
どう理由をつけても、ただ身体を動かしていたかったというのが本音なのかもしれない。
上層甲板から階段を使い降りてくると、船体の中央を貫く通用路を挟んで左舷にルカのマリナーであるマーキュリー号がある。
そして、右舷にはマーズ号とジュピター号が隣り合って並んでいるのが目に入った。
険悪なふたりの関係を鑑み、二体を離して格納するという提案はあったものの、作業性を優先したいホァンがサイロの移動を頑として聞かず、一方マシューもまた自分から指定席を退く訳もなく、現在にいたっていた。
ふと誰かの声に気付き、クィントがマーキュリー号のほうを見る。
そこには、仲睦まじく機体整備をするルカとホァンの姿があった。身体を寄せ合い、戯れるようにして。時折、ルカの過剰なスキンシップに、ホァンがたじろぐ様子も見て取れたが、どうやらふたりの関係になにか進展があったらしいとクィントは察した。
ホッとした反面、どこかさみしいような。
それはホァンに対してだろうか、それとも……。そんな複雑な気持ちに苦笑しつつ、クィントは自機のコクピットへと身体を滑り込ませた。
各種メーター、操縦桿の具合。及びソナーの感度や、照明類の最終チェック。マニュアル通りに一連の作業をしてみるものの、それらはすでにホァンが確認済みであるらしく、すこぶる正常な動作をクィントに提供してくれる。あらためて感じる友の有能さであった。
すぐに手持ち無沙汰となり、なんの気なしに格納庫内を見渡す。すると隣に並ぶ『赤鬼』もまた、メンテナンスの真っ最中であることを知った。
マシュー・ミラー。
思えばすべてはこの男からはじまったのだ。
ミレニアと『赤鬼』との戦闘に巻き込まれねば、彼女との出会いはなかった。そして、いまこうしてブルーポラリス号に乗ることもなかっただろう。ましてや『目覚めの宝』を引き上げることなど夢のまた夢。そのチャンスにさえ、自力ではあと何年掛かったか知れない。
それがいま、あとすこしのところまで見えている。
考えようによっては、マシューは恩人と呼ぶに値する存在なのではないだろうか。
確かに人間的にはどうやっても相容れそうにはない。しかしながら、このままなにも言わず、我ひとり悦に入っていいものかとも思うのだ。
道理にもとるは愚の極み。クィントは複雑な胸中を、『ワダツミ』に託すことに決めた。明日はもう、彼に会えないかもしれないから。
「ねえ」
クィントがマシューへと声を掛けた。率先して彼に話しかけたのは、この船へと乗り込んだ最初の日以来である。それをマシューも心得ているのか、なにか不思議なものでも眺めるかのような視線を、クィントに送ってきた。
「……もうやめにしない。こういうの」
「あ?」
「いまさらって思うかもしれないけどさ。嫌なんだよね、いつまでもウジウジとしてるの」
「なんの話だ? また喧嘩でも売ってンのか?」
「そうじゃなくってさ。いつまでも誰かのことを恨み続けるのって、性に合わないみたいなんだ。疲れるっていうか、なんていうか。だから、こんなこともう終わりにしたい。殴って悪かったって思ってる」
クィントの言葉に、さすがのマシューも驚きを隠せない様子だった。そして、にわかに嘲るような口調で返事をする。
「このおれにワビ入れようってのか? おまえが? は! なんだってンだよ、いまさら。気持ちの悪い。なんか悪いモンでも食ったか?」
「明日、もしかするとおれ、帰ってこれないかもしれないだろ? 嫌なんだ、この世に未練残して死んじゃうの。あの時、ああしておけば良かったなんて思いながら、消えていくのはゴメンだよ。だから――」
だから必ず生きて帰って、ミレニアにもう一度会うんだ――。
ひそかな想いを胸に、クィントはあの耳飾りが入った革袋を握り締める。いつの間にか癖のようになってしまった仕草、不思議と落ち着いた。未知への恐怖も、死への覚悟さえ乗り越えて。
宝は当然、引き上げる。そして、生きて帰るまでがおれのサルベージだと。
「分かったよ」
不意に掛けられたその声に、クィントは我に返る。意外だった。ただ自分の気持ちを吐露出来ればそれでよかったのに。さっきのマシューも相当面を食らっていたが、今度はクィントが自分の耳を疑う番だった。
「なんだ、ハトが豆鉄砲食らったみてえな顔しやがって。これで手打ちにしてやるって言ってンだよ。命張った仕事のまえに頭なんざ下げンじゃねえ。ゲンが悪いだろうが」
「マシュー……」
「けっ」
マシューはそれ以上、なにも言う訳でもなく自分の作業に没頭した。クィントもまた、ただそれを満足そうに眺めるだけ。だが内心ではこう思っていた。
ほらルカ、憎しみはいつか終わるんだ。
どちらか一方が争いをやめれば、そこで不幸は絶つことが出来る。いつかきみにも、その日が訪れるといいな――。
〈つづく〉
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