第32話 X エックス
【前回のあらすじ】
ついにユニオン党によるフルーレ海への大侵攻が始まる。党内の不穏な空気にいち早く気づいたアルフォートとトルーニーだったが、為す術もなくいたずらに時間だけが過ぎていく。
それはユニオンの第七洋区調査団が、まだフルーレ海へと到達するまえのことである。
目標座位を特定したというヴィクトリアの命に従い、第二艦橋へと集合したブルーポラリス号の面々。手の空いた荒くれ達をはじめ、ブリッジクルーやシェフ達が一堂に会し、さながらクィントがこの船に乗り込んだ時の再現みたくなっていた。
今日はパンツルックのヴィクトリアが船長席のまえに立ち、かたわらにはシェフが並ぶ。その風格は、まさに王者のものだった。海賊――立場が違えば、彼らはただの略奪者に過ぎなかったかもしれない。だが、クィントにはこうして彼らと円卓を囲めたことが、なによりも誇らしく思えたのである。
「おまえら、よくお聞き」
艦橋内をぐるりとにらみつけたヴィクトリアは、出し抜けにそう言った。
「宝はやはり『ベガのナワバリ』のなかにあった。しかも幅の狭い連続したトラフ地形の底に沈んでいるときてる。二〇〇〇メートル……いや、もっと深いかもしれないね。それでもやれるかい、坊や」
艦橋内の視線が一気にクィントへと集中した。
高鳴る鼓動、武者震い。しかし、口元には不敵な笑み。
クィントは力強い首肯をしてみせた。
それに満足したのか、ヴィクトリアもまた表情を綻ばせる。
「よし! 話は決まった。明朝、潜るよ。野郎ども準備しな! 坊やは、ここに残りな。これからわたしとシェフとで細かいミーティングだ。じゃあ解散!」
オウと呼応して、荒くれ達が持ち場へと戻ってゆく。艦橋内に残ったのはわずか数名、ヴィクトリアとシェフ、そして舵を握るジュリア。それから部屋の片隅には、スケッチブックを広げ首をかしげているテオの姿があった。
クィントはシェフに呼ばれ、海図の広げられたテーブルのまえに立った。
「いいかい坊や。水圧の関係でブルーポラリス号は、おまえを深度三〇〇メートルまでしか連れて行かれない。それ以深だと、格納庫のハッチが開かないからね。それに元々、潜水艦じゃ、お宝のある海底まで辿り着けないし、残り二機のマリナーも本船の護衛があるから、どれだけ危険な目に遭ってもすぐには行けない。サポートはないものだと思いな。自分でなんとかおし」
「はい!」
「相変わらず、返事だけはいいね」
ヴィクトリアは「こいつ本当に分かってンのか?」といった風に、眉根を寄せた。シェフはその様子をニヤニヤと見守っている。
「ま、とにかくジュピター号は、テオが海図に記したこの座標の真下で降ろす。だからおまえは、そのままひたすら潜ればいい」
「は? どこ?」
「だからここ」
と、ヴィクトリアの指したのは、海図のど真ん中に打たれたクレヨンのバツ印。別段、高度な計算によって割り出された訳でもなく、テキトーに描かれたようにしか見えない。
クィントは最初ただの落書きだと思っていた。
おとぎ話に出てくるような、宝の地図を真似た誰かの悪ふざけ。
しかし、ヴィクトリアの顔は大真面目だった。
「え……っと。それは『おおよそ、この辺り』ってことですか? バツ印の交点だけでも、半径二十キロくらいの探査域ありますけど……」
「あン? ウチのお嬢をナメんじゃないよ。お宝は、このバッテンのど真ん中だって言ってンのさ。これをもとに誤差一キロメートルで正確に座標は割り出してある。
「『目覚めの宝』……」
クィントはごくりと生唾を飲んだ。
知らず知らずのうちに顔が紅潮する。
「さあ……それはどうだろうね。違うかも知れないよ。もしそうならどうするのさ」
確かに。
シェフは以前、こう言っていた。テオが教えてくれるのは『ベガの守りし宝』であると。しかし、またこうも言っていた、それが『目覚めの宝』である可能性は極めて高いと――。
「何度だって潜りますよ。宝を見つけるまでね」
「言ってくれる」
クィントの信念は揺るがない。その答えに満足したのだろう、ヴィクトリアは満面の笑みを浮かべていた。
「ま、いいさ。とにかく探索箇所に関しては信用しておくれ。そうだね、テオ?」
豪奢な赤髪をなびかせて、ヴィクトリアが部屋の片隅でたたずむ、ひとりの少女を振り返る。しかし、テオは無反応。というよりも、いまだスケッチブックにご執心だった。
「テオ? どうかしたのか?」
クィントには分からない彼女の機微を察したのか、今度はシェフが声を掛けた。だが、テオはそれでも、ただふるふると小さな顔を横に振っただけである。そして、手にしたスケッチブックをパタンと閉じて、そそくさと艦橋から出て行ってしまった。
シェフとヴィクトリアのふたりは顔を見合わせ、まるでいつものことだと言わんばかりに肩をすくませた。
「ふぅ……ま、それはそれとして、問題なのは『アイツ』の方だね」
「ベガ、ですね?」
「そう。あのユニオンの船すら簡単に沈めてしまう、正真正銘の『海の王』だ。まともにやり合ったら勝ち目はないよ。せいぜい見つからないように静かに潜るんだね」
「もし見つかっちゃったらどうしましょ?」
「そん時は死んだふりでも、なんでもしてやり過ごすんだ。さすがのわたしでも、深海にまでは殴りに行けないからね」
「え~、死んだふりぃ~」
露骨に嫌そうな顔をするクィント。
最善を尽くした結果で、窮地に追い込まれてしまうのは仕方ないにしても、ただなにもせず成り行きに身を任せるだけの所業を、彼のポリシーがよしとはしなかった。
だが、それをヴィクトリアが一喝。
「なんだい、その嫌そうなツラは! 野生なら擬死だって立派な戦略だよ。カッコなんざつけてないで、ちゃんと生きて帰ってきな!」
「船長……」
「ばっ、なに暑苦しい視線送ってきてンだよ! こっちはお宝大事で言ってるだけさねっ」
頬を赤らめ、そっぽを向くヴィクトリア、それを見たシェフがまた笑みをこらえている。彼らは確かに海賊だが、卑劣な外道ではない。
クィントは、この数日間でそのことを肌で感じていた。
この広大無辺の海のうえ、この船に拾われた幸運をかみ締める。
「もうっ。なんだかおかしな空気だよっ。ハイハイ、ミーティング終了! おまえもマリナーのメンテやらなんやらあるだろう。とっとと行きな!」
「はい!」
威勢のいい返事をひとつ残し、クィントはまるで追い立てられるように、第二艦橋をあとにするのだった。
〈つづく〉
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