第六章 ニンジャ、宇宙最強の敵と対決
決断! さらば愛しい人よ!
博覧会場に辿り着く。
辺りはシン、と静まりかえっている。虫の鳴き声すら聞こえない。
柵を乗り越え、会場へと足を踏み入れる。優月は真っ暗な中、鏡華を探し回った。
「鏡華!」
電灯の真下に鏡華が立っている。
太一も一緒にいた。何も話していない。
見つめ合ったまま、何も言葉を告げずに立ち尽くしている。
言いたいことが山ほどあるはずなのに。
「どこに行っていたのよ、二人とも。心配したわ」
「来ないで下さい、優月」
歩み寄ろうとした優月を、鏡華は拒絶した。
「私は、自分の星に帰ります。もう、あなたたちに迷惑をかけられません」
「いいんだよ、そんなもん。機嫌を直してくれ」
だが、鏡華は首を振る。
「あなたに非難されたから逃げるんじゃありません。ずっと考えていたんです。私。このまま幸せでいいのかなって」
「太一が嫌いになったわけじゃないんだな?」
沈黙のまま、鏡華はうなずく。太一の名が出た瞬間、ホッコリした感じの顔になった。が、すぐに真顔に戻る。自分を戒めているのだろうか。
太一を好きになってはいけない、とでも言い聞かせているように。
オレには、そう見えてならなかった。
そこまで思い詰めていたのか。
「鏡華、あなたがそこまで悩む必要なんてないじゃない。悪いのは星雲大帝でしょ? あなたに責任はない」
「その通りだ。自分を責めないでくれ。でないと、そっちが太一には堪える」
優月とカガリ、二人が説得しても、鏡華は首を縦に振らない。
「私には、太一君を好きになる資格なんてない」
なぜか鏡華は、カガリに視線を送った。何かを催促しているような。
「本当にいいんだね、鏡華君」
鏡華も、カガリがしようとしている事を把握しているのか、覚悟を決めた顔をしている。
「分かった。これは、ボクが背負うべき業だ。ボクが、全ての責任を持つよ」
カガリが取り出したのは、スマホと自撮り棒だった。
「テメエ、何のつもりだ?」
オレは知っている。この状況を。
それでもあえて、カガリを責め立てた。
「KJ、鏡華に何をする気なの?」
「鏡華君を救うには、太一君が持つ原典関連の記憶を消す必要がある。もちろん、鏡華君もだ」
パスコードごと、太一の記憶を消去するわけか。
「鏡華が狙われることはなくなるのね」
「そうだよ。代償は大きいけどね」
カガリは、うつむきながら答えた。
「もう、太一は巻き込まれないで済むんだな?」
「うん……」と、カガリはうつむいている。
「だったら、どうしてそんなに辛そうなの?」
優月の問いかけにも、カガリは沈黙で返す。
言い辛そうなカガリの代わりに、オレが返答した。
「鏡華の方も、太一と恋人だった記憶を消さなきゃいけない、ってこったよな」
「そうだよ。二人が交際していた記憶ごと、消す必要がある」
最悪の決断を、カガリは選択したのだ。
「待ってよ。それじゃあ鏡華だけじゃなくて、吉原の記憶も消すって事?」
優月の問いかけに、カガリは苦い顔で頷く。
きっとカガリも納得していないのだ。
「冗談でしょ、吉原が鏡華を好きって記憶まで消すことないじゃない!」
「宇宙の秘密を知っていれば、それだけで悪質な宇宙人に命を狙われてしまう。キミは、それでもいいのかい?」
「あたしが二人を守るわよ! だから記憶を消さないで!」
カガリは首を振る。
「優しいね、優月君は。ボクが、全ての業を背負うよ」
「そうはいかないわ!」
自撮り棒を取り上げようとしてか、優月が手を伸ばす。
「よせ優月! どうにもならねえよ!」
カガリに近づこうとした優月に、オレは組み付く。
「あんた知ってたんでしょ? こうしなきゃいけないって」
女とは思えない力で、優月がオレを振り解こうとする。
「放してよ虎徹! ロンメルも! アンタ達どっちの味方よ!?」
「どっちの言い分も分かるんだよ! オレは、『経験者』だからな」
優月の力が、弱まった。
「どういうことよ?」
「オレも、こうやって両親の記憶を消された」
オレだって、二人の恋愛感情まで消す必要はないと思う。
けれど、二人が一緒にいること自体が既にアウトなんだ。
「鏡華は宇宙人で、太一は地球の住人だ。いつまた同じような事件に巻き込まれるか、わからねえ。二人が無事でいるためには、カガリの方法が最善なんだ!」
「何が最善よ!? 最悪じゃないっ! 欠片が全部悪いのに、どうして二人がそんな仕打ちを受けなきゃいけないの!?」
憤然として、優月は立ち上がる。その瞳は涙が溢れていた。
だが、カガリは「二人に」スマホを向けている。
「何する気だよ?」
本当に、二人の記憶を消すつもりか?
「太一君は宇宙の秘密に触れてしまった。君たちの秘密も知られている。見過ごせない」
スマホを装着した自撮り棒を、カガリは構える。
「鏡華君、太一君、これを見てくれるかな?」
スマホを見るように、カガリは先導した。
「待てよカガリ。まさか二人ともやる気か!?」
どちらか片方だけ、という訳にはいかないらしい。
「ああ。おそらく、二人のお互いに抱いている気持ちも消滅する」
「どういう事?」
「MIBの記憶消去システムは、完璧ではないってこった」
乱用、悪用されないために、あえて完璧にしていない。
必要最低限の記憶は消すが、どこまで消えるかはMIBにさえ未知数だ。
だから、乱用できないし、保証も利かない。
「最悪、潜在意識の中にあるはずの大切な記憶さえ、いとも簡単に失ってしまう。オレがそうであるようにな」
「やめてよぉ! 他に方法があるでしょ!?」
カガリを止めようとする優月を、オレは羽交い締めにする。
「どうしてよ、鏡華はいいでしょ!」
「ダメなんです!」
答えたのはカガリではなく、鏡華の方だった。
「私は、太一くんの気持ちを踏みにじりました。一緒にはいられません。けれど、私が未練を残したら、私の意志が揺らいでしまいます。ならばいっそ、太一くんが好きだった記憶も道連れに!」
鏡華は、太一に身体を向ける。
「太一くん、私、あなたにキスしたのは、本心からですよ」
吹っ切れたように、鏡華は太一に笑いかけた。
「やめてぇ、鏡華ぁ!」
友人に、優月が手を伸ばす。
「時間がない。二人とも撮るよ」
だが、シャッターが降りることはなかった。巨大なハサミが、携帯を奪い去ったからだ。
『ニュフフ。これが世界から恐れられているメモリーイレーザーね。宇宙じゅうの叡智とまでいわれたアタシ様でさえ、まったく構造がわからないわん』
カルキノスのカメラが、ハサミで掴まれているスマホをなめ回すように分析した。
『にゃるほど、欠片の力と神様とかいう異常存在の手が加えられているのね。でなければ、特定の記憶だけ上から排除なんて芸当はできないわねん』
これは、さっきの折りたたまれた次元?
「てめえは星雲大帝!」
「そんな、どこを探してもいなかったのに?」
『そりゃあそうよ。いったん物陰に隠れて、次元を折りたたんでラボを作って、潜伏していたんですもの』
つまり、ずっとこの博覧会場にいたってわけだ。
『灯台もと暗し、ってのはホントよねギャハハハーッ!』
カルキノスの胴体部分が開き、丸形の玉子が翼を広げた。
玉子型の小型端末が空中へ浮遊する。
小型端末の表面に、顔文字が浮かび上がる。
『姿を見せるのは初めてかしらねん。アタシ様が星雲大帝カルキノスよん』
顔文字が口角を吊り上げた。偉い表情が豊かで、見ていてイラッとくる。
あの姿を、オレ達はよく知っている。
いつも優月の側に浮いている、小さい存在。
それと同じタイプのようだ。
星雲大帝の真の姿は、海賊に付き従うべきはずの小型端末、ロンメルと同じ、『パル』だった。
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