第三章 ニンジャ ピクニックをする

意外! 女海賊のもう一つの顔!

 オレの実家から少し歩いた駅前の歓楽街には、古びた大衆旅館がある。


 白い壁と赤い瓦が特徴的なこの旅館はビルに覆われた街で一際異彩を放つ。


 なんでも、明治以降ずっと外観が変わらないという。

 

 ここだけ別の次元に建っているんじゃないかと思えるほどに。



「ここに来るのも久しぶりだな」


 学校を終えて、道場をちょっと手伝った夜、オレはその旅館に顔を出した。


「おや、懐かしいね虎徹君。キミがここに来るなんて」


 宿の入り口で待っていると、十文字カガリが現れる。今は制服姿ではなく、仲居の格好だ。庭を掃いていたのか、持っている箒に落ち葉が引っかかっている。


「どう似合う? これでも女将見習いだからね」


 くるりんと、カガリはその場でターンした。

 これで旅館の跡取りなんだもんな。人とは分からんものだ。



「宇宙人相手じゃあ、接客は疲れるだろ?」


 ここは、宇宙人専門の宿屋なのだ。

 地球に来る宇宙人達用のターミナルも兼任している。


 古い旅館風に外見が圧縮されているだけで、実際の面積は野球場より広く、全長もスカイツリーより高い。


「そうでもないよ。むしろ地球人の方が無茶なクレーマーが多いくらいさ。視野が狭いんだよ地球人は。その点、宇宙人はこっちの事情をわかってくれてるからね。ウチに来るお客さんは、理解のある人ばかりで助かるよ」


 さっきから旅館を出入りするのは、すべて地球人に擬態した宇宙人である。


「それで虎徹くん、話って何かな? デートは明日だよね?」


「ああ、それなんだがな」


「もしかして、ボクをデートに誘ってくれているのかな? 困ったなぁ。ボク仕事中だしなぁ。それにダメだよ浮気したらぁ。優月くんに怒られちゃうからさぁ。でもせっかくのお誘いだからなぁ。着替えてこよっか?」

 腰をくねらせながら、カガリがお盆で顔を隠す。


「あのな、カガリ。盛り上がっているところ悪いんだが、今日はエージェントKJとして、お前の意見を聞きに来た」


 カガリは「ちぇー」とむくれた。


「まあいいや。移動しようか。立ち話もなんだし」


 カガリの誘いで、オレは旅館の食堂へ。

 夕飯前だからか、席もまばらである。


 チーズケーキとコーヒーを互いに摘まむ。


「お前、何か掴んでるんじゃないのか?」


「何も」と、あっさり答えは返ってきた。


「けど、お前らの規模って相当なんだろ? 誰か知ってるヤツくらい」




「いくら欠片が最優先だと言っても、ボクらが見張っているのは君達だけじゃないからね。そこまで手が回らないんだ。星雲大帝以外にも、地球には小悪党がウジャウジャいるし」

 ゆっくりと、カガリはフォークを口から離す。



「なんでまた、地球は狙われるんだろうな?」

「銀河系きっての田舎星だからね」


 地球人達は、MIBの都合で宇宙人の存在を秘匿されている。

 

 だから、銀河警察の編み目をくぐりやすい。

 何かあったら宇宙関連以外の言い訳を作れるのだ。


「宇宙人がオレのクラスメイトと交際していても、誰にも気付かれないと」


「……どういうことかな?」

 チーズケーキに目をやっていたカガリの視線が、オレを射貫く。


 オレは、調査結果の書かれたプリントをカガリに突き出す。

 そこには、鏡華の顔写真と、鏡華に関連する報告が書かれている。





「榎本鏡華は、宇宙人だ」





「そうだよ。よく調べたね」

 カガリは特に驚かずに、オレの意見に耳を傾けた。


「ある筋からの信頼できる情報だ」

「キミはどうするの? 宇宙人だからって、地球から追い出すのかい、榎本鏡華を?」


 オレは首を振る。

「お前がほったらかしにしているから、あいつは無害なんだろうな。今頃、宇宙人と地球人のカップルなんて、珍しくも何ともないし」



「随分、含みのある言い方をするんだね……」

 カガリが俯いて、目を伏せた。



 オレとカガリには、とある因縁があるのだ。


「スマン、過ぎた事をぶり返しそうになった。お前が悪いんじゃないのにな」


「いいんだよ。太一クンが心配なんだろ? ボクだって心配だよ」


 ブラックコーヒーを飲んで、カガリは渋い顔をした。


「それに、キミの両親の事情は、ボクたち十文字家の十字架だから」




 オレは「やめやめ。話を戻そう」と手を振る。




「榎本鏡華が欠片に関与している可能性は?」


「ないとは言い切れない。それがボクの見解だ」

 いつも確信的な物言いをするカガリにしては、えらい弱気な発言だ。


「お前でもわからないんだな」


「目下調査中だ。けどね、ボクはもう一つの可能性を捨てきれないでいるんだ。それを君に話すべきかどうか、ずっと考えていたんだ」

 やけにカガリはもったいぶっている。言葉を選んでいるかのようだ。


「何だよ?」と、催促する。









「欠片に関与しているのは、太一クンの方じゃないかって」






「なんだって!?」

 テーブルを両手で叩き、オレは立ち上がる。 



「それはこっちのセリフよ!」

 聞き覚えのある言葉が、オレの耳に飛び込んできた。



 この方を向くと、そこにはカガリと同じく仲居姿の優月が。


「ああ、優月君、休憩かい?」

「そうよ。手が空いたから、休ませてもらってるの」

 なぜか身を縮込ませながら、優月は空いている席に座る。


「お前、ここで働いてたのか?」

「ええ。毎日じゃないけど、カガリの仕事を手伝ってるの」


 地球に来て間もない宇宙人には、ある程度の労働が義務づけられている。

 生活に困っているからではなく、地球文化に馴染んでもらうためだ。


「ボクより見込みがあって、進退問題の危機を感じているよ」



 お前が仲居に向いてないだけだろ、カガリよ。



「それよりジロジロ見ないでよ! カッコ悪いでしょ?」

「何だよ。真面目に働いてる姿のどこがカッコ悪いんだよ?」


「は、はわわわわ。はああ!?」

 なぜか、優月がうろたえる。


『だから申したはずです、優月様。虎徹様は決してお笑いにはならないと』


 そう思われてたのか。


「別に笑ったりしないって。それより、丁度いいところに来た。教えて欲しい事があるんだが」


 オレは鏡華の正体を聞き出す。


「鏡華は、宇宙人のお母さんと、地球人のお父さんとの間に生まれたの」


 宇宙船が落下したところを、優月は助けてもらったという。それから、居候させてもらっているらしい。


「おばさまがヴォイニッチ手稿の原典を調査する機関に所属していて、今でも夫婦で研究を続けているんだって。ロボットの設計をしていたおじさまは、ロボット工学の分野からのアプローチを仕掛けているわ」


 優月は、この間に手に入れた欠片を手にした。


「これ、何かの役に立つかなって思ってるんだけど」


『私も調べてみたのですが、原典を調べないことには……』


「それに、最近あたしたちの周りで変な奴らが襲ってきているでしょ? 危なっかしくて、とても原典に近づける気配じゃないのよ」


 この前に現れた珍走団とかな。



「近づかない方がいいぜ」

 オレは警戒しろというつもりで言った。


「アンタには関係ないでしょ? あたしは、欠片の調査をしないといけないの!」


 だが、優月はそう捉えてはくれない。オレが邪魔をすると、考えているらしかった。忍者が欠片の『処分』を生業とするから。


「なんでそこまで欠片に拘るんだよ!」


「あんたには、分からないわよ」

 優月はそう言い捨てて、持ち場に戻ってしまう。


「怒らせちゃったね」

「ああ。まあ、なんとかするさ」


 どうだろうなあ。と、カガリに言われてしまったが。

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