ゴチソウ! ピクニック!

 野外デートの当日を迎えた。


 オレは、優月のいる寮にバイクを駐める。


 寮から優月が出てきた。手には大きなバスケットを持っている。


 オレを見定めると、横切ろうとした。


「乗れ」

 オレは優月の腕を引っ張る。


「どういう風の吹き回しよ?」

「いいから乗れって」

「自分のバイクがあるからいいわよ」

「いいから」


 バイクに乗せようとしたが、優月に腕をふりほどかれた。


『ユーニス様、ここはお言葉に甘えましょう。今日は大荷物ですから』


 オレへの助け船のつもりか、ロンメルが助言する。

 バスケットに付いているストラップの形をとっていた。


「まあいいわ」

 優月は自分のバイクからメットだけ出す。


 オレのバイクの荷台に、荷物をくくりつけた。


 バイクに腰を下ろし、優月はオレの腰に手を回してきた。


「あんた、まさかこれが狙いだったんじゃないでしょうね?」

 優月が怪訝な顔をする。どうやら、オレが優月のバスト目当てでニケツを要求したと思ったらしい。


「んなワケないだろ。そんじゃ、振り落とされるなよ」


 エンジンを掛け、バイクを発進させた。


 メット越しだから、特に会話もせず、ただ道を走る。


 ほんの数分で、目的地付近の駐車場に着いた。


 優月はバイクから降りた途端、避難するかのようにオレから離れる。


「そんなにオレとのタンデムはイヤか?」


「そ、そうじゃないの」

 ばつが悪そうに、優月は俯いた。


「昨日は悪かったな。何か、お前の都合もまともに聞かずに、オレの主張ばっかり言って」


 言いながら、オレは頭を掻く。


 いきなりの事だったからか、優月は目が点になった。


「ええ、あたしの方こそ」

 ロボットみたいにカチコチになりながら、優月は歩を進める。


「いずれちゃんと話すわ。どうして欠片の力が必要なのか」


◇ * ◇ * ◇ * ◇


 場所は、バイクで十分くらいの場所にある自然公園だ。


 歩きだと電車を少し乗り継いだ先にある。


 主要施設は主に、草野球場とテニスコートなどのスポーツ練習場や、噴水、池など。


 早朝や夕方は、ジョギングコースや犬の散歩道として多くの人に利用されているらしい。


 ピクニック程度なら地元でもよかったんだが、ここには隕石の落下地点がある。それもつい最近落ちてきたとか。


「いつ頃、落ちてきたんだ?」


「ちょうど今から一ヶ月前だよ。キミが道場員の海外合宿に行っていた時期だね」


「お、おう、そうだな」


 オレは言葉を詰まらせた。実際には欠片の捜索に明け暮れていたんだが。


「道場? 合宿? 虎徹さんは、何かなさっているんですか?」

 目的地に向かいながら、鏡華が尋ねてきた。


「ああ、虎徹の家って護身術の道場なんだ」


 戒星かいせい地球支部である「埜場のば家」は、近所の奥様方や女性会社員に護身術を教えている。


 女性は噂好きだ。


 井戸端会議で得た情報などを元に、欠片情報を集めることにも貢献している。


 地球に嫁入りした女性の宇宙人も教わりに来ているから、世の中広そうで狭い。


「すごい! 虎徹さんって強いんですね?」

「どうかな。道場でもまだまだ半人前ってとこだな」


 オレが謙遜すると、太一が「またまたぁ」と茶々を入れてきた。


「強くてガタイもいいから、主婦にモテモテなんだから」

「へえ、そう……」


 優月の鋭い視線が突き刺さる。


「そうでもねえよ。おちょくられているだけだって」

「はいはい。そういうことにしてあげるわ」


 優月はむくれて、ぷいと横を向く。


「そのバスケットは?」

「お弁当よ。ピクニックだもん。早起きして作ったんだから、感謝しなさいよねっ」


「わかったよ。サンキュな」


 感謝の念を送ってみたが、優月はオレと顔を合わせようとしない。


『照れてらっしゃるんですよ』

 ロンメルが、オレにだけ聞こえるように言う。

 コイツは現在、バスケットのストラップに偽装していた。サイズダウンまでしているとは。


「バカッ、そんなわけないでしょ!」


『失礼。今後は発言を控えます』

 ロンメルはおどけてみせる。


「あった、あそこだ」


 隕石落下地点の、陸上競技場が見えてきた。

 普段はサッカー会場として賑わっている。

 そこの観客席に隕石は落ちたのだ。


 深夜だったのが幸いした。

 早朝に落っこちていたら、ジョギング中に客席の破片が人に当たっていただろう、とのこと。


 辺りにはブルーシートで覆われていて、誰も入れないようになっている。


 立入禁止区域だが、少しでも宇宙の神秘に触れたいと、続々と人が集まってブルーシートにスマホをかざす。


 オレ達もそのギャラリーの一部と化していた。


「隕石の落下地点と言えば、バリンジャー隕石孔が有名だね。今から五万年前に、直径約三〇メートルもの隕石が地球に落下したときにできたクレーターだよ。直径約一・五キロ、深さ約一七〇メートルって言われている」


 さすがオカルト研だ。こういう時はウンチクを発揮する。


「どれくらいのサイズが落ちてきたと思う? 野球のボールくらいか?」


「質量次第だと思うけど、野球のボールサイズでクレーターは出来ないって言われているよ。それに直径一メートルくらいの隕石は、しょっちゅう地球に落ちてるらしい。大気圏で燃え尽きちゃうけど」


 辺りには、地面にビニールシートを敷いて宴会をしている客までいた。


「季節柄、紅葉狩りみたいですね」

「まだ早いけどな」


 まだ、秋はこれからという感じか。



「そういえば、お腹空かない?」

 腹を押さえながら、太一が空腹を訴えた。


「確かに、お腹空きましたね」

「じゃあそろそろお弁当にしましょっか。今日はピクニックなんだし」


 鏡華の意見に、優月もうなずく。


「賛成だ。場所はオレが探してくる」


 丁度、四人分座れる場所を見つけた。椅子もテーブルも切り株になっている円卓だ。


「あそこがいんじゃないか、優月?」


「そうね。ここでランチにしましょ」


 鏡華と太一が並び、オレは優月の隣に座る。


 優月が、デカいバスケットを切り株テーブルの上に置いた。


「これ、二人で作ったの」


 バスケットには、サンドイッチとおにぎりが収まっていた。

 カラフルな楊枝に刺さったウインナー、玉子焼きも、アクセントになっている。


「いただきます」

 オレは早速、おにぎりを頬張った。


 海苔が巻かれたシンプルな三角型である。


「それあたしの握ったヤツね」


 うん。コンブ味だ。

 隣のもいただく。こっちはツナマヨが詰められている。


「悔しいけどうまい」


「ちょっと、悔しいけどって何よ?」

 むくれた優月が、水筒で紙コップにお茶を注ぐ。


「何て言うか、お前が料理うまいって反則な気がする」


「鏡華に教わったからでしょうね。あたし、料理は得意じゃないから」


 一気に二つ平らげ、紙コップのお茶をいただいた。


「サンドイッチの方は、私が作りました。いかがでしょう?」


 カツサンドを口へ運ぶ。

 ソースがいい感じに濃くて、これもうまい。鼻にツンとくる香りと舌を刺激する味付けはマスタードだ。


「すごくおいしいよ。ありがとう」

 太一が鏡華に、これ以上ない称賛を送った。


「虎徹、あたしのおにぎりは、どう?」



 お茶を流し込んだ後、オレは優月に向き直った。




「オレ……好きだよ」




「はあっ!? いきなり何言い出すのよアンタ!?」

 何を勘違いしたのか、優月が突然取り乱す。




「いやあ、お前のおにぎりの方が好きだって言ったんだよ!」



「だって、いきなり『好きだ』なんて言われたらビックリするじゃない!」

 かなり動揺しているのか、優月が早口でまくし立てる。


「別にお前、オレの事なんて何とも思ってないだろ?」


「そ、それはそうだけど!」

 耳まで赤くして、優月は言い張った。


 なんだってんだよ。


「お米の炊き方も微妙だし、強く握りすぎてるし、具だってはみ出てるから、きっとおいしくないわ」


「それでもオレは、ウマイと思った」


 優月は「そうなの?」と問いかけてくる。






「オフクロの作ったにぎりと、味が似てるんだ。なんか、思い出しちゃってな」





「そ、そうなの? どんな人?」

 優月の言葉に返答しようとしたが、適切な言葉が出てこない。


「忘れちまった。実は、にぎり飯の味だって、ちゃんとは覚えてないんだよな」

 オレの一言で、場が凍り付く。





「あのね優月さん。虎徹のご両親は、虎徹と別々に暮らしてるんだ」




 太一がフォローを入れてくれた。




「そうだったのね。理由は聞かない方がいいのよね」


「別に、謝らなくてもいいよ。オレの両親はさ、ジイサマとうまくいかなくてな。駆け落ちしたんだ」


 オレが幼稚園に上がる頃、潜伏先がバレてしまった。


 二人を追い出して、オレだけが引き取られる。

 

 今二人は、どこにいるのか分からない。


「ごめんなさい、変な事聞いちゃって」

 優月に頭を下げられてしまった。


「何でお前が謝るんだよ? 気にしてないから。二人は無事に暮らしているらしいし、オレだってジイサマを恨んだりしていないから」


 オレは優月の作ったにぎりを頬張り噛みしめる。


「オフクロのことは関係なく、マジでうまいよ。サンキュな、優月」

 にぎり飯を独り占めせんばかりに、オレはモリモリと食う。


「ありがとう」

 黙々と、優月はオレの紙コップにお茶を注ぐ。だが、その手つきが怪しい。



「おいおい零れる零れる! うわ熱っつ!」

 溢れたお茶が、オレと優月にかかる。



「大丈夫、虎徹!?」

 優月がウェットティッシュを出して、オレの足を拭く。


「オレはいいから自分の拭けよ。ヤケドしてないか」


 オレも優月のヒザを吹き返す。


「平気。ごめんなさい」


 鏡華と太一が、ニヤニヤしながらオレたちを見ていた。


「何がおかしいのよ?」


 優月が聞くと、太一が「ゴメン」と、前置きする。


「いえ、別に。ただ、ホント仲がいいなって」


「どこがだ!」「どこがよ!」





 オレ達がツッコミを入れた瞬間だった。






 遠くの方で悲鳴が上がる。





「なんだ、子供の悲鳴じゃないか?」

「向こうからよ。行きましょう、虎徹!」


 オレたちは立ち上がった。


「僕たちも行くよ!」

「ダメ。二人はここにいて。特に吉原、あんたは鏡華の側を離れないで。絶対に!」


 そう言って、優月は太一に釘を刺す。

 うまい。こんなセリフを咄嗟に言えるとは。


「声がした方角は?」

「あそこよ!」


 湖の向こうで、何かが暴れていた。

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