第7話 第3者
朝から取り掛かっていた仕事がようやく一段落し数字と文字の羅列したpcから目を上げ、伸びをする。
長時間座りっぱなしだった為、身体は凝り固まり伸びをするとあちこちからバキバキと骨が軋むような音がした。
あくびをしながら腕時計を見ると短針は三時を指している。
すると気が付かない間に、仕事を初めてからもう6時間もたっているということになるらしいが実感はない。
それだけ集中していた、という事だろう。
だが、時間の経過は体の疲労度、という形でしっかりと体に刻まれている。
昔から物事に集中しすぎて時間の経過に気が付かない事なんてしょっちゅうだった。
それで小さい頃はよく門限を過ぎて親に怒られていたのだが気が付いたら門限が過ぎていたため反省しろと言われても反省のしようがない。
故に、を言ってもダメな奴、みたいなレッテルを張られたりするのだが、、、。
まあ、言われなくなったことで別に困ったりはしない、むしろありがたかったりする。
そんなことを思い出しながら外の空気を吸いたくなりベランダに出る。
だがベランダに出ても期待していたような解放感は得られなかった。
空はあいにくの曇り空、今にも雨が降りそうなくらい色をしている。
どことなしか雨の匂いもする。
しかし、昨夜の天気予報では一日晴れると言っていた。
実際に今朝、家を出る時も確かに晴れていたのを覚えている。
天気予報など完全に当たるものではないし曇りだろうが気にしないのだが晴天を期待していただけ少しだけ気分が落ちこむ。
(仕方ない、か。)
そう思いなおし、ベランダでの気分転換を諦め部屋に戻る。
朝から酷使し続けた脳はすでに限界を迎えているようで悲鳴を上げている。
すぐにでも糖分を与えなければオーバーヒートを起こしそうだ。
早いとこ近くの喫茶店に行って甘いもを食べようと思い鞄の中を漁る。
取り出した財布は色あせ、今にも穴が開きそうだ。
そろそろ新しいもの買わないとな、などとぼんやり考える。
オシャレやブランド等に全く興味がないので持ち物は安くて丈夫、そして長く使えそうなものを選ぶ。
だから流行や季節ごとに新しいものを買うという行為が理解できないし、そういった行為こそ廃棄物がいつまでも減らない一番の原因だと思っている。
もっと物は大切に使うべきだ。
そんなことを考えつつ財布の中を確認すると財布と同様に。よれよれの紙幣が数枚。
これなら十分だ。
なぜ喫茶店に行くのに財布の中をいちいち確認するのかというと、前回その店に行ったとき財布にお金が入っていなかったのだ。
仕事以外の事に関してはからきしな為、常にカードを持ち歩くとか最低限の資金を財布に入れておくというという発想がない。
その時は常連だったこともあり大事にもならず、つけにしてもらえたが二度とあんな醜態は晒したくない。
なのでその事件以降どこかに行くときは必ず財布の中身を確認するようにしている。
毎回毎回そんなことをするくらいならカードを持てばいい話なのだがどうも現金しか信用できない質だ。
そのうち時代に置いていかれそうな気がするが今すぐにすべてが変わるという事はないだろうからそんなに気にすることもない。
それに現金が使えなくなる社会などいくら待っても来ないと確信を持てる。
だがそれはまた別の話。
今は何よりも先に糖分だ。
財布をポケットに入れ外に出ようとしたところで傘を持っていないことに気づき立ち止まる。
今から喫茶店に行くとするとここに帰ってくるときには外は雨が降っているはずだ。
確信はないが断言できる。
故に傘を持たないで出ていくことはずぶ濡れになるという事と同義である。
ここはあくまで仕事場なのでシャワー室はもちろん着替えやタオルもない。
そんな状況でずぶ濡れになると分かっていながら出ていくのは得策とは言えない。
諦めるか。
甘いものはもちろん食べたいがその為にわざわざずぶ濡れになる必要はない。
そう思い直すとぼろぼろの財布を鞄に戻し部屋でお茶の準備を始める。
一応、紅茶と珈琲を淹れるくらいの設備はこの部屋にも備わっている。
もちろんティーパックにインスタントだが、それだって別に不味くはない。
紅茶を蒸らしながらこの前知り合いからもらったチョコレートを探す。
喫茶店まで出向く事を諦めるにしてもこの疲れた身体に糖分はマストだ。
チョコレートを一かけら口に放り込み舌の上で転がす。
口の中の体温でゆっくりと溶かされたチョコレートは身体に吸収され糖となり、血管を通って最短経路で脳まで運ばれる。
糖分が疲れ切った脳の隅々まで行き渡り脳内がようやく落ち着きを取り戻す。
一かけらのチョコレートと一杯の紅茶。
この組み合わせ以上に疲れた頭に効くものはない、そう私は確信している。
熱々の紅茶を飲みながら窓の外を見ると予想道り、僅かだが雨が降り出していた。
そう、“彼”と会う時はいつだって予報とは関係なしに雨が降る。
(やっぱり降り出したか。)
そう内心でつぶやき、“彼”と初めて会った日の事を思い出す。
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