第6話 からの器
「凌駕教授のについて調べてほしいの」
そう言った彼女の目は憂いに満ちていてそれでいてどこか決意を孕んだ眼差しをしていた。
美しい。
二人は率直に感じた。
日の光の中に消えてしまいそうな彼女の儚さ、それでいてどこか気高く力に満ちているその姿にに二人はそれぞれの中に美を見た気がした。
だがなにかがおかしい。
何だこの違和感は。
「ねえちゃんと聞いてる?二人して呆けてないでよ。」
美沙希の一言で二人は我に返った。
「聞いてるよ。けどどうしてあのせんせーについて調べんの?」
美沙希に見惚れていたなんて口が裂けても言えない圭は急いで切り返す。
一方の優真は一瞬の動揺が嘘のように冷静な様子でアイス珈琲を飲んでいる。
「それは言えない。けどとても大切な事。今はわからなくても二人にもわかるときが来るから。だからおねがい。」
美沙希からこういった依頼を受けるのは珍しい事ではない。
二人は「バイト」と称して時々こういった探偵の真似事をしている。
探偵、と言ったら聞こえはいいが実際は単なる雑用を押し付けられているだけだ。
そして雑用を押し付けてくるのは大体が美沙希。
その他は彼女から話を聞いた人たちがたまに依頼に来るくらいだ。
もちろん探偵バイトといっても本物の探偵がやるような仕事はしない。
その内容としては落とし物やペットの捜索、ちょっとしたいたずらの犯人探しなどの小さな仕事だ。
そして美沙希が持ってくる仕事と言えば大体が他人の面倒ごとだ。
彼女はお人よしの性格の為、どんな些細な事でも誰かが困っていれば手を差し出さずにいられないらしい。
圭と優真からすれば自分に一切関係のない面倒事まで拾ってくる神経が理解できないが、そこが美沙希の良い所でもある事を二人は知っている。
まぁ、本音を言わせてもらえるのであれば少しはその面倒ごとを対処するこっちの身にもなってほしいと思う。
言ったところで今更何聞く耳など持たないであろうから言わないが。。。
美沙希が自分自身の依頼をしてくることはあまりない。
だが、面倒ごとを持ち込んだ時は聞いてもいないのにここまでの経緯、頼まれた理由を美沙希は勝手に説明する。
どうやらそれが最低限のマナーだと思っているらしい。
そしてそれが面倒ごとを押し付ける彼女なりの誠意だ。
多少なりとも悪いとは思ているらしいからこちらとしても無理に断れないから一層質が悪い。
もっとも美沙希の事だからそういったことも含めての説明なのだろうと俺たちは考えている。
それなのに今回はなんの説明もなしに大学教授の素性を探れときたもんだ。
受けるか否か。
返事に困っていると隣から本を閉じる音がした。
その音に反応して優真を見ると本を片手に鞄を肩にかけ立ち上がるところだった。
「え、おい。」
突然の友人の行動に圭は戸惑うが優真が発した言葉は圭も思いがけないものだった。
「時間。午後の授業が始まる。圭、単位落としたくないなら君もそろそろ向かった方がいい」
そう言うと講義棟のほうに歩いて行ってしまう。
「おい、優真ってば。美沙希の依頼はどうすんだよ。このままほっとくのか?」
離れていく優真の背中に向かって圭は問いかける。
優真は一瞬立ち止まりこちらを振り返ったが何も言わずに再び歩き出してしまう。
「あいつどうしちまったんだ。いつもならなんだかんだと文句言いつつも美沙希の頼みなら断らないのに。美沙希。とりあえず今回の依頼は保留だ。俺も力になってやりたいけど理由もわからない以上下手に手は出せない。今回は相手が教授なだけに下手に探ることもできないし。それにもう二度と他人の人生を壊すようなことはしないって俺たちは、あの時決めたんだ。ごめんな、けどなんかあったらすぐ言えよ。」
そう言い残すと優真を追いかけ駆け出す。
(もしかして優真はもうすべてを知っているの?)
彼女のつぶやきはすでに走り去っていった圭の耳には届いていない。
後には去っていく彼らを寂しげに見つめる彼女とその心を映したかのような空の器が残るだけだった。
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