第5話 友

一方、教授が出ていった教室では学生たちがそれぞれ退出の準備をしていた。

帰宅する者、サークルやゼミ、次の講義に向かう者、昼食に向かう者など様々だ。

誰も先ほどのやり取りを気にしている者はいない。

周りの者がせわしなく動く中、彼だけは微動だにせず、主を失った教壇を見ていた。

その彼とは、一番最初に質問をした学生。

盟和大学1年、鳴海圭。

明るく人懐っこい性格の為人望は厚く交友関係も幅広い。

だがこれと言って勉強が得意なわけでもスポーツができるわけでもまじめ、というわけでもない。

お祭り大好き男で何らかの騒ぎには必ず中心にいるような奴、いわゆる“やんちゃ”の部類に入る。

悪い奴ではないのだが限度を知らない。

だからつい羽目を外しすぎてしまう。

そんな彼が先ほどから微動だにしないのにはもちろん理由がある。

先ほどのやり取りがどうしても解せないのだ。

自分の名前を知っていたという点もそうだがあの教授の自分を見る目といい、含みのはらんだ言い方と言い、解せない。

だが、いくら考えたところで圭にその答えがわかるはずがない。

「そんなに解せないかい?」

急に声をかけられ驚いて声の方に目を向けると、どこか冷めた様子でこちらをうかがっている友人の姿があった。

「んー、まぁな。色々思うとこはあるけどなんか気にくわないんだよなー。」

「そう?僕にはくだらない茶番にしか見えなかったけど。で、君はその茶番についての思考をやめるまでここから動かないつもり?君が動こうと動かまいとどっちでもいいけど僕はもう行くから。」

そう言い放ち言葉通り去っていく彼の名前は廉伊江優真。

圭とは小学校からの腐れ縁、いわゆる幼馴染というやつだ。

とにかく何をやらせても人並み以上、むかつくほどにまじめで優秀な友人である。

圭は彼がテストで百点以外を取ったところを見たことがない。

自分とは正反対の人間だがなんだかんだで仲良くでつるんでいたりする。

もっともこの二人の場合それぞれ別の思惑があったりするのだが友人と言うのは事実だ。

だから、「友達なら少しは待てよな、、、、。」

というつぶやきが聞こえようとも、そのつぶやきを聞きながらも足を止めずに去っていこうとも、彼らは友人なのである。


完全に優真に出遅れた圭は学食で適当に昼ご飯を買い、いつもの場所に向かう。

多少の小言は覚悟の上だ。

だが優真の小言を気にしていたら確実に昼飯を喰い損ねる。

思っていたより時間がかかってしまったが優真の場合一分遅れるのも十分遅れるのも関係ない。

一秒でも遅れた時点でアウト、嫌味のオンパレードになる。

これから起こるであろう出来事を想像しながら目的の場所にたどり着くと

いつもの席を目指す。

ここは第二課所属の学生専用ラウンジで他の場所と比べ利用する学生が少ないのでよく利用している。

優真がラウンジの中でそこの席を選んだのも多分一番人目に着きにくいからだろう。

彼は人込みと騒音を嫌い静寂と一人を好む。

故にほとんど友人と呼べる人がいない。

そんな彼が誰かと向かい合うようにして座っているではないか。

しかも後姿を見る限り女性。

優真が誰かといることに一瞬驚いたがなんて事はない、あいつだ。

こちらに背を向けて座っていたので顔まではわからないが、この大学で優真の知り合いの女性は一人しかいない。

近くまで行くと想像通り、その人物は圭もよく知る人だった。

彼女の名前は東雲美沙希。

圭と優真の幼馴染だ。

歳は三つ上だが小さいころからよく一緒に遊んでいた。

それは彼らが中学、高校、大学まで進んでもその関係は変わらない。

ほとんどが美沙希からの一方的な呼び出しであるのだがそれでもなんだかんだ呼び出しに応じるあたり二人にとっては家族のようなものなのだろう。。

「やっぱり美沙希か。相変わらずお前暇なんだなー。馬鹿なんだから勉強しないとまた単位落とすぞ。」

そう言い、空いている席に座ると自販機で買ったコーラの缶を開ける。

「今は空きコマですー。それに単位をあんたに心配される筋合いはない。余計なお世話よ。もう、ほんっとに可愛くないわよねー。あんたたち二人って。顔見れば嫌味ったらしい小言しかいわないんだから。」

美沙希は呆れたようにため息をつきながら圭と優真を見る。

あんたたち、と言ったところから想像するに優真にも同じようなことを言われたらしい。

それでいつもより不貞腐れぎみなのか、などと圭は一人で納得する。

ん、いやまて。

優真の小言に比べたら俺なんて可愛いものだろ、一緒にされるのは困る。

なにせそのあとが怖い。

そう思い正面に座る美沙希の様子をうかがう。

マグカップを持ちながら紅茶を飲んでいるその姿は正直可愛いと思ってしまう。

付き合いの長い圭ですらそう思ってしまうくらいだ、他の男からしたら三割増しくらいには可愛く見えているはずだ。

ま、その可愛さに騙されてナンパでもしようものなら痛い目を見るんだが。

性格はただのおっさんだしすぐ手出るし、酒癖わるいし、何より人使いが荒い。

性格を知っている圭からすればどんなに可愛くても絶対に付き合いたくはない。

「圭、なにかとても失礼な事考えてない?」

美沙希が圭の内心を見透かしたように訪ねてくる。

「イイエ、オネエサマ。キョウモオキレイデスネ。」

大量の冷や汗が背中をつたる。

内心ではこいつ、エスパーか。などと叫びまくっているが何とか表情を取り繕う。

「何言ってんの?私、エスパーなんかじゃないわよ。」

またも内心を読んだかのような言葉。

「っつ!」

「あんたねぇ。私がどれだけあんたたちとの付き合いが長いと思ってるの?圭が考えるようなことくらい手に取るようにわかるわよ。」

全く、馬鹿なんだから、とでも言いたげに盛大にため息をつく。

「まぁいいわ。圭も来たことだし本題に入らせてもらうわね。」

これもいつものパターン。

彼女からの呼び出しは100%厄介ごとだ。

「優真は飯食わねえの?」

だから当然、彼女の面倒な問題やお悩みを聞くよりも昼食のほうが大切だ。

熱々の天丼以上に優先されるものなどない!

「圭を見てるだけで充分だよ。それにしても遅かったね。あの教室から食堂に行き、昼食を買い、ここに来る。たったそれだけの事なのにこんなにも時間がかるなんて。君は相変わらず非効率的に生活をしているか、よほどののろまかのどちらかなんだろね。」

読んでいる本からは目も上げずにそれだけを言う。

「悪かったな、のろまなカメさんで。知り合いに何人か声かけられてただけだっつうの。こっちはどっかのぼっちと違って人気者だからな。」

優真の小言は受け流すのが一番いいと頭ではわかっている。

それが大人、だという事も。

でもまだ“大人”になることを素直に受け入れられない“子供”の自分がいる。

「自分に利をなさない友人なんて必要ないよ。頭スカスカの連中となんて付き合うだけ時間と労力の無駄。あいにく僕は無駄なことに時間を割くほど暇じゃないしね。さっきの先生じゃないけど僕も1日、有意義な時間を過ごしたい」

「はぁ、へいへい、そーですかい。ご立派なこった。お前のそのひねくれた性格あのせんせーとお似合いだ。いっそ婚約でもしてみるか?」

言い返そうとした優真を遮るように美沙希が二人の会話に割って入ってくる。

「はい、ストップ。いつもの事ながらいい加減にしなさいよ、全く。それに今日はあんたたちの痴話げんかを聞きに来たわけじゃないんだから。私の話を聞きなさい。」

そう良い二人をにらみつける。

美沙希の怖さを知っている二人はとりあえず黙って彼女に従うしかない。

「わかったよ。それでもう後のない留年ぎりぎりの三年生が入学したてで右も左もわからない一年生に何の用ですか?」

優真がめんどくさそうに聞く。

「どうせいつもの面倒ごとなんだろ。レポートか?探し物か?」

天丼の残りを口に放り込みながら圭も尋ねる。

「ほんとに可愛くないわねー、あんたたち。昔はみさねえ、みさねえってあとをくっついてきてたのに。あのころは可愛かったなー」

「昔の話はいいだろ。いったい何の用なんだよ。どうせろくでもない事なんだろ。もったいぶってないで早く言えって。」

食後のコーラを飲みながら圭が尋ねる。

「それもそうね。あんたたちの嫌みに付き合ってたらキリない。」

そして何かを決心したかのように一呼吸置く。


「簡潔に言うわ、凌駕教授について調べて。」

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