第1話 突然崩れ落ちた楽しみ

 二月中旬になった頃だ。

 私立倉島女子高校の二年六組の教室。

 地域でも偏差値は少し低いけど、ダンス部や演劇部が関東大会や全国大会に進出することでも知られていた。

 通称倉女、わたしの通っている女子高だ。

 今日は隔週で行われる土曜授業だ。

 たった二時間しかないけどね。

 クラスでは来月の初めにある修学旅行についての事前学習と、班ごとに分かれてグループワークをやっていた。

「美ら海水族館でおみやげ、めっちゃ買おうかな?」

 わたしは修学旅行のしおり(仮)をじっと眺めていた。まだ修学旅行のしおりは本格的には出来上がってないらしく、ずいぶん近くにならないとしおりは作られないらしい。

「でも海外、行きたかったよね~。近くの高校なんかシンガポールだよ?」

「だよね~、韓国に行きたい!」

 近くにいるパリピグループの声がめちゃくちゃうるさい。

 でも、これが普通の日常だ。

 二年生は三年生も同じクラスで過ごす、だから卒業するまで一緒に過ごすクラスメイトだ。

「菜々はどこにいきたい?国際通りで」

 声をかけてくれたのは、一年のときも同じクラスだった佐倉さくら悠紀子ゆきこだった。わたしを含めてクラスメイトは『ゆっこ』か『ゆっちゃん』って呼んでいる。

 わたしはゆっちゃん派だ。

 ゆっちゃんは行動班の班長で、文芸部の部長をしている兼図書委員長という異色の肩書きを揃えている。

「でもさぁ。雪原学園、シンガポールの修学旅行が中止になってるよね?」

「うん……沖縄だし、どうなるかはわからないよ?」

「そうだよね。ゆっちゃん」

 いま修学旅行があちこちの高校で中止や延期をしている。

 新型コロナウイルスの肺炎が原因だ。

 毎日、どこかのテレビで取り上げる内容で、中学の同級生が通う近くの雪原学園ではシンガポールへの修学旅行が中止になったのを聞いた。

 それを聞いたのは母さんからで、もしかしたら……という思いは少しずつあった。

 そして今週の水曜日。

 修学旅行は予定通り行くことで進めていることを、担任の先生から聞いた。

「修学旅行は予定通り行くことで進めてるし、行けるよ!」

 ゆっちゃんはニコッと笑った。

「その前に卒業式だよね? 先輩たちに卒業式前には渡さないと、顧問の一宮先生に渡さなきゃならないでしょ?」

 その修学旅行の三日前に卒業式がある。

 会場は近くの市民会館。

 座席数の関係で毎年、二年生が在校生代表として出席するのが伝統なんだけど、今年は三年生の人数が多いため、各クラス五人の代表が出席する。

 文芸部は出席することはできなくて、三年生の先輩たちには前日までに色紙を渡さなきゃいけない。

「大変だね~。二年生も」

 そして二時限目も教室でグループワークのはずだったけど、急きょ体育館に集められたのだ。

「え、体育館!?」

「なんで~?」

 わたしは嫌な胸騒ぎがした。

 それはこの高校に入学して、わかったことだ。

「ゆっちゃん……急に体育館に集合させるのは、ろくでもないことを話す気がするよ」

 実際にそうだったしな……一年生のときには先生がやらかして、集まったよね。

 ざわざわとした胸騒ぎがしながら、体育館履きを持って体育館に向かった。

「どうしたんだろうね? 一年生も呼ばれてるのかな?」

 ゆっちゃんと話ながら、少しだけ戸惑ってしまった。



 体育館に集められたのは、二年生だけだった。

「二年生! 出席番号順に並んで~!」

 なんか先生が多くない?

 保健室の先生と校長先生も来てるし……。

 ゆっちゃんも少しだけ、不安げな表情を浮かべる。

 二年生全員が体育館の床に座ったのを見て、学年主任の先生(通称ザキ)がマイクを取った。

「――みなさん。集まっていただいたのは、訳があります。それは校長先生にお話ししていただきます」

 みんなが話すから、ざわめきは大きくなっていく。

 校長先生は話し始めた。

「みなさんに集まっていただいたのは、三月に予定している修学旅行のことです」

 前列から悲鳴が上がる。

 校長先生が話した時点で全てを察した。

 嫌な胸騒ぎがだんだんと大きくなる。

「いろいろと検討を重ねましたが、今回三月からの修学旅行を中止にしたいと思います」

 そのとき、体育館はさっきのざわめきがなくなって、静かになった。

 それから学年主任の先生がまだ中止になっただけで、まだこれからのことは随時プリントで保護者に伝えると言った。


 教室に戻ると、みんなは暗かった。

 たった数十分前はあんなに楽しみにしていた修学旅行が、急に無くなったんだもん。

 まだ誰も電気をつけてなかったのに気がついたのか、誰かが電気をつけてくれた。

 まるでみんなの気持ちを代弁するような雰囲気が続くなかで、二時限目が終わった。

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