第36話 灯台への路。階段途中で少し一服。
「良し、行くぞー」
「は~い」
朝食を食べ終えた俺達はホテルをチェックアウト。
灯台に行ってみたい、と受付の人に話すと「ロッカー使っても構いませんよ」と言われたので、殆どの手荷物はロッカーへ。ポケットには携帯と財布とハンカチ、ティッシュ。手持ちは売店で買ったお茶とちょっとした菓子が入っている袋のみ。
四月一日と連れ立って入口へ。
近隣の観光地図を二人して確認。
「なるほど。ちょっとしたハイキングコースになってるんだな」
「だね~。これなら、何処かの誰かさんが起こしてくれなかったせいで行けなかった海も見られるね~」
「うぜぇ。ほら、行くぞー」
「うん!」
てくてく、と歩き出し、まずは海へ向かって坂を下っていく。
――潮風の独特な匂い。
吸い込むと、子供の頃を思い出す。
四月一日がはしゃぐ。
「海の匂いがする~」
「そりゃ、海だからな」
「……じー」
大エース様が俺をジト目で睨む。
俺はホテルの売店で買っておいた、棒状のじゃがいも菓子を取り出し開け、一本を摘まむ。
ひらひら。
「…………」
無言で口を開けたので咥えさせ、自分も一本咥える。行儀は悪いが、こういう所で食べるのは何故か美味いのだ。サラダ味こそ至高。異論は認める。俺は平和主義者である。
四月一日は猫ならぬ、栗鼠みたいにかりかり、と齧り、再び口を開けたので食べさす。
「……こんなことでぇ、穴埋め出来た、と思うのなよぉぉ」
「でも、今から海岸歩いたら、砂が靴の中に入るぞ?」
「そーだけどぉ。……篠原雪継君」
「何でしょうか。四月一日幸さん」
「こういうとこで、失点をどう回復出来るかで、男の価値は決まると、お姉さん兼出来る先輩は思うんです」
「ふむ……その根拠は?」
「勿論! 私の主観!!」
ない胸を張って、四月一日が言い切る。
俺は菓子を仕舞い、歩きながら少し考え、提案。
「まぁ、また来ればいいんじゃ?」
「もうひとこえ~」
「夏休みを合わせて海水浴に行く。うちの田舎の家を拠点に」
「ふむ……悪くない」
四月一日がニヤリ。
何となく、イラっとしたので、でこぴん。
波が防波ブロックにぶつかり砕かれる音。犬吠埼灯台へ続く、うねうねと長い階段が見えてきた。
大エース様がじたばた。
「っ! ひっーどいっ! 暴力反対っ!!」
「教育的指導だ」
「後輩のくせにぃ」
「――先輩を導くのも後輩の務め」
「逆、それ、逆だよっ!」
ぺちゃくちゃ、他愛ない話をしつつ、階段を登り始める。
遠目に見ると、灯台はすぐ近くに見えていたが、案外と距離があるな。あと、混んでいる、という程でもないけど人がいる。
四月一日を先に行かせつつ、話の続き。
「あ~……海水浴だけで気に入らない、と?」
「気に入る」
「が?」
「私はオマケが好きなのです。だって」
「……女性は25歳を越えたら」
「篠原く~ん……それ以上、口にしたら、きゃっ」
「っと」
階段を登りつつ、後ろを振り返った四月一日が転びかけたのを抱きとめる。
先に登らせておいて、正解。
「大丈夫か?」
「…………」
「おーい? 四月一日さんや?」
「……え、あ、は、はいっ!」
腕の中で止まっていた大エース様が再起動。
けれど、腕の中から退こうとはしない。「……こういう風なところ、ズルい。上半期の幸運を使い果たしたかも? えへへ♪」何やら、ぶつぶつ。
俺は後方をちらり。灯台へ行く人が上がってくる。
「ほれ、後ろに人が来るから」
「あ、は~い♪」
上機嫌に登っていく。
俺も上がりつつ、何気なく提案。
「ああ、あと」
「ん~♪」
「海水浴+花火大会で」
「全会一致を持って承認されました。撤回は不可です。何月何日??? 今から、スケジュール押さえて、何が何でも有給取るっ!!!」
「お、おおぅ。ちょっと、待ってな」
携帯を取り出し、念の為、検索しようとするとメッセージ。
案の定、妹の幸雪から。
『お兄ぃ……気のせいだと思うんだけど……今年の夏休みは、泥棒猫さんを田舎へ連れて来ないよね? 柏崎の花火大会にも行かないよね? 行くのは、私とだよね!?』
『……今、丁度調べてた。でも、お前は受験生だからな? 夏季講習とかあるだろう?』
『兄を想う、妹の想いは、全てを超越するのっ!!!!!!』
……後で母に一応教えておかなくては。この妹、寮を抜け出しかねん。
まぁ、妹は俺と違って頭が良いので、受験生と言っても推薦で偏差値65オーバーの大学に行けるだろう。俺? 平々凡々。
携帯を仕舞い、日程を告げる。
「七月の最終週の週末なー」
「おっけー。万難を排すよっ!」
「なお、その翌週は長岡の花火大会もある」
「むむむ…………雪継」
「夏休みの前倒し支給は、お前の方が大変なんじゃ? 俺はそうでもないからなぁ」
四月一日は「二週、二週連続で花火大会! 絶対に楽しいっ!! でもでも、一緒のタイミングで休んだら、会社のみんなにバレて――……あ、でも、バレてもいいかも? 既成事実の積み上げで押し切るのが肝要かも?? かもかも???」階段を登りつつ、ぶつぶつ。ようやく中間地点だ。
少しだけ、空間が広がったので声をかける。
「休憩しようぜ、ほれ」
「あ、うん! ありがと」
ペットボトルのジャスミン茶を渡し、俺は緑茶。
食べかけの菓子も取り出しながら、眼下を眺める。
「お~結構、上がってきたなぁ」
「だね~。雪継、緑茶飲みたーい」
「ん? ほれ」
緑茶を渡すと代わりにジャスミン茶を差し出してきたので一口。爽やか。普段、あんまり飲まないけれども、悪くないわな。
四月一日は豪快に緑茶をぐびぐび。
「ほれ、返せー」
「え? やだ!」
「何でだよっ」
「緑茶が飲みたいのっ! のっ!!」
「……さいで」
ぽりぽり、とじゃがいも菓子を齧る。やはり、サラダ味は良し。
携帯が震えた。
『おおお兄ぃっ!!!!!! こ、姑息で、あ、あざとい手段が使われた気配を感じたんだけどっ!?!!』
……はて?
別に今回は何も起こってないし、外れなような?
ペットボトルの交換なんて、よくやってるしなぁ。
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