第35話 朝食はバイキング。けれど、私は不満です!

「わ~凄いね~」

「だな~。おい、走るな。こけるぞ」

「大丈夫~」


 私は、後ろの朴念仁に答えながら朝の海岸を裸足で走る。

 砂の感覚がとても気持ち良い。


「う~み~!」

「……そりゃ、海だろうよ」

「……篠原雪継君? そうやって、一々、私の気分を害するのはっ、きゃっ」

「っと」


 文句を言おうと、振り返り近づこうとした私は躓き、こけかけ――高校時代の同級生で、今は会社の後輩で、何故かこうしてお泊りの温泉旅行まで来てしまっている男の子に抱きしめられる。

 私はガッツポーズ。


「……これぞ、旅行の役得っ!」

「何を阿呆なことを言っている――……四月一日幸さんや?」

「ん~?」

「…………その手は何だ。その手は」

「え~御姫様抱っこしてほしいなぁ、って♪」

「仕方ねぇなぁ」

「……へっ? え? ええ!? ち、ちょっと、ゆ、雪継!?!!」


 突然、男の子に抱き上げられる。あ、睫毛、長い。顔、整ってる。

 冗談で口にした内容が突如として実現し、私の思考は大混乱中。いや、嬉しいけども。嬉しいけれども……。

 雪継が覗き込んできた。


「どうした?」 

「……これ、夢でしょう?」

「よく分かったな」

「分かるわよ。雪継はこういう状況なら、絶対に、何があってもお姫様抱っこしてくれるけど」

「いや、それは」

「してくれるけどっ! まずは、心配してくれるものっ!!」

「……はぁ。お前の『俺』に対するその信頼値の高さはいったい何なんだ。高校時代以来の再会初日で『あ、雪継だ。やっほ~。この後、お昼ね』と昨日、別れたみたいに言いやがって。普通はもうちょっとこう、距離があるもんだろうが?」

「距離あったでしょ? 前までこういう零距離は週一だった。今は、週全部だけどっ! いやぁ……此処まで長かったぁぁ。三年かけて、こうですよ。高校時代含めると驚きの六年がかりっ! いや、ほんと手古摺らせてくれるもんだよね~。普通、私みたいな美人がそうしてたら、手を出してくるでしょ? なのに一回もないもんねっ! し・ね・ば・い・い、のにっ★」

「いや……もう、とっとと攻め落とせばいいんじゃね?」


 夢の雪継がげんなりした表情になる。

 私は指を左右へ。


「ちっちっち。甘い甘い。念入りに焼いた安納芋よりも甘いよ。押したら退くのが、あの朴念仁なんだからっ!!!」

「本音は?」

「向こうから告白して、手を出してほしいですっ! ですっ!!」

「…………さいですか。まぁ、頑張れや」

「うんっ! 頑張るっ!! 終わりは近いよっ!!! 何しろ、雪継は私にメロメロ――」


※※※

 

 バタン、と扉が閉まる音で目が覚めた。

 ……夢、見て、た……。

 取り合えず、隣のお布団を見やる。

 朝から、気になっている男の子の寝顔を見るのは旅行の役得であるからして――……いや、いないし。布団まで片付けられているし。

 意識が急速に覚醒してくる。こ、これは。

 私は瞳を大きくし、気配のする方へ怨嗟の唸り。


「……い~ま~何時ぃぃぃ?」

「七時半過ぎ」

「ゆ~き~つ~ぐ~……」


 布団に潜り込み、身体を動かし、美味しそうにペットボトルの水を飲んでいる浴衣姿の男の子を見やる。温泉に入ったらしく、髪が少し濡れている。

 ……悔しいけれど、カッコいい。惚れた女は何時何時だって不利だ。

 汚い。篠原雪継、汚い。

 先読みされて説明が飛んでくる。


「言っとくが俺はお前を時間通り、朝の五時半に起こした。『海岸、行かないのか?』と。そうしたら『おひめさまだっこ~』と寝言をほざいたので、放置」

「するなっ! そこは、起こしてよっ!! ……はっ!? ま、まさか、幼気な後輩さんと海岸へっ!?!!」

「何でだよ。その後、俺も二度寝して、今、温泉入って来た所だ。八月一日さんには会ったが」

「……ぎるてぃ……」


 足をばたつけせる。

 この男はぁぁぁ!

 けれど、私の子供じみた行動は功を奏さず。淡々と指摘される。


「ほれ、早く起きろー。朝食バイキングが俺達を待っているぞ」

「……私の食べたい物」

「あん?」

「食べたい物、当てられたら……起きる。外したら、二度寝しよっ!」

「……俺は三度寝になるんですが、それは」

「は~や~く~」


 再度、バタバタ。

 溜め息と共に、雪継が近づいて来た。

 座椅子へ座り、TVをつける。

 そして、私を見ずに言った。


「コーンフレーク。ベーコンとオムレツ。しゃきしゃき野菜のサラダ。コンソメスープ。それにヨーグルトを苺かブルーベリーのジャムで。足りなかった場合は、スコーンを足す。当たらずとも、だろ? お前、酒以外の味覚、高校時代と殆ど変わってないもんなー」

「………………」


 あっけなく全問正解。

 そう、こういう所に来たら、朝はコーンフレークが食べたいのだ。しかも、加糖じゃないプレーンのやつ。牛乳は少な目。ふにゃ、とするのは嫌。固い内に食べたい。

 普段、買う習慣は私も雪継もない。普段、食べる物じゃない。

 けれど……高校時代の修学旅行で食べて以来、私はずっと、バイキングの朝食はコーンフレークを貫いている。

 それにしても――こうである。この有様である。これ以上、私の好感度を上げてどうしたいのか。襲うよ? 襲っちゃうよ?? えろいことするよ???

 ――布団に潜り込んだまま、ニヘラ、とする。

 でもでも、そっかぁ……雪継は私の食べたい物を全部当てちゃうのかぁ。

 頭を出し横顔を眺める。役得役得。


「せいか~い♪ そんな、篠原雪継君には、今日、私を灯台へエスコートする権利をあげましょう。嬉しい?」

「…………ほれ」


 携帯が突き出される。 

 そこにはブラコン義妹猫さんのメッセージ。


『お兄ぃ! 妄想癖な化け猫の妖気だよっ!! 二人きりは危険だからっ、私も、今日、会いに、行きますっ!!!』

『来るな。去れ。同年代と付き合え。あと、兄と妹は結婚出来ない』

『! ……この浮かれた妖気……四月一日泥棒猫さん、お兄ぃの携帯を強奪しましたねっ!?』

『貴女が送って来た、自分の可愛い写真、消していい?』

『駄目ですっ! 二人で撮った写真を待ち受けにしてもらうのに、私がどれだけ苦労したと』

『待ち受け、私と雪継のに代えておくからー』

『なっ!? 卑怯。四月一日幸さんは卑怯ですっ!』


 私、この子とは何だかんだ仲良くやれる気がするなぁ。……実の妹とは駄目だけど。携帯が取り上げられる。


「あ! まだ、待ち受けを私達のにしてないっ!! と、言うか――何故、うちのにゃんなのよっ!!」

「小次郎は可愛い。ほれ、朝飯、行くぞー」

「くっ! 確かにそうだから、反論出来ないっ。……雪継」

「ん?」


 私は、布団から両手を出し、甘えてみる。


「お姫様抱っこで起こして?」

「…………」

「…………あ、うん。ごめん、嘘。許して」


 私は真っ赤になっているだろう顔を両手で覆い、布団の中へ再潜降。

 ……まだ、私のレベルはそこまで達していなかった。

 でも、いつの日か必ずっ!


「……つーか、今朝もしたろうが? まぁ、寝ぼけて覚えてないならそれはそれで良しだが」

「? 今、何か言った???」

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