第32話 GW一日目。宿着。お昼ご飯後、接近遭遇 下

 部屋に戻り、着替えた服を置いて、昼を食べに向かう。

 大食堂の入口で係の女性へ四月一日が食事の札を渡す

 女性は柔和な表情を浮かべ、案内してくれる


「どうぞ、此方になります」

「お~」「良い席だね~」


 案内されたの太平洋が一望出来る席だった。

 向かい合って座り「お飲み物は?」と聞かれたので、メニューを四月一日へ。


「どうする?」

「え? ビール一択でしょ☆」

「なら、瓶ビールで。普通のグラス二つと、申し訳ないんですけど、大き目のグラスを一つ余分に貰えますか? あと、お茶を二つ」

「かしこまりました。では、お料理をお持ちします」


 係の女性は、俺の不躾なお願いにも文句を言わず頷いてくれた。有難い。

 四月一日が頬杖をつき、何故か知らんが俺を眺めている。


「何だよ?」

「ん~♪ なんでもないよ~。気にしないで~♪」

「…………」


 上機嫌である。

 なので、何も指摘すまい。

 外を眺めると、随分と波が高い。きっと、夏場はサーフィンとかも出来るのだろう。やったことはないが。


「お待たせいたしました」


 女性がビール瓶とグラスを三つ持って来てくれた。会釈。

 俺は大き目のグラスへビールをまず注ぐ。

 そして、それを普通のグラスへ注ぎ直す。

 こうすると、泡が密になって美味いのだ。普段は面倒なのでしないが、ま、折角の旅行だ。これくらいはしようさ。


「ほいよ」

「ありがと~」


 まずは四月一日へ渡す。

 次いで、自分の分も――ビール瓶が取られ、真似っ子される。

 グラスが差し出された。


「どーぞ☆」

「ありがとう。んじゃ」

「「かんぱーい」」


 カラン、という硝子の良い音。一口。美味し。

 女性がどんどん料理を運んで来てくれる。

 定番のお刺身。各種小鉢。小鍋。おひつ入りのご飯とみそ汁――所謂、普通の旅館や旅先のホテルで出て来る感じの料理だ。

 小鉢や刺身をつまみにしながら、ビールを楽しむ。

 四月一日がふわっと笑う。


「お昼からのお酒っていいね~♪ 今度、家でもしよー」

「駄目です」

「なんでーなんでー。楽しいよ? 凄く、凄く楽しいよ??」

「お前は土日を飲みだけで潰すつもりか? こういうのは極偶にだから良いんだよ。俺、別に酒が特段好きなわけじゃないしな」

「むぅ~……」


 鮪の赤身に山葵を少しだけ置き、食べる。

 この山葵、ちゃんと生のやつをすりおろしてるな。ツン、としない。今度、家でも買って来るかな。

 しゃもじを取り、おひつから米をお茶碗へ。 


「米は?」

「少しだけー」

「ほれ」

「ありがと♪ わーわー。ぴかぴかだね~。土鍋ご飯かな? お焦げが食べたいですっ!」

「残念ながら……焦げは我が茶碗内にあるのだよ」


 人はどうして米のお焦げを欲するのだろうか……いや、美味いからだな、うん。

 残っている刺身としそ、山葵をのっけて、醤油を一たらし。

 即席の刺身丼にする。


「あーあーあー! ず~る~い~!!」

「労働の対価だ――く~うまっ!」

「う~……」


 四月一日は唸り、そして口を開けた。一口と?

 ……仕方ない奴だなぁ。


「箸、貸しな」

「そのままでいいよー。あ~ん♪」

「……ほれ」


 焦げの部分と白身の刺身を一切れのっけて食べさせる。

 四月一日は満面の笑み。


「――美味しいね、この魚。何だろう?」

「ホウボウかな? 鯛はやらんっ!」

「雪継、魚って捌ける?」

「いや、そこまでは。ただ、うちの親父はよく寿司を握――……ああ、今のは嘘だ。まさか、あの人だってそこまではしない。ああ、しない」

「ふっふっふっ~明後日、買っていくものは決まったねっ! むしろ、市場にどうせ行くんだし、送ってもらう方がいいかも? かも??」

「流石に当日、届けてはくれないだろうしなぁ。難しいんじゃないか。精々、冷凍のが限度だろ」


 喋りながら、食べ、飲む。

 普通だと『多過ぎる』と評価されるだろう料理も、何だかんだよく食べる俺達である。小一時間もする前に一通り食べ終えた。

 ……目の前に座る大エース様は、こうして見ると細過ぎると思う。いったい、何処に消費されてるんだ? 胸では――鋭過ぎる視線が突き刺さる。


「……篠原雪継君」

「ステイ。四月一日幸さん、ステイ。まだ、俺は何も言ってない」

「…………ふ~ん」


 そう言うと、四月一日は「お化粧直し」と言って席を立った。何という勘の良さ。

 本当に、妖怪レーダーでも積んでるんじゃないだろうな。

 係の女性が空いた料理の皿を片付けてくれる。デザートは苺か、柚子のシャーベット、とのこと。旬の苺はあいつにやろう。

 俺は一つずつを頼み、ついでに四月一日のお茶の替えもお願いしておく。

 お茶をすすりながら、ぼぉーと海を見ていると、突然、声をかけられた。


「あ、あのぉ……」

「はい?」


 視線を内側へ向けると、そこにいたのは私服姿の見知った若い女性。


「ほ、八月一日さん???」

「あ、やっぱり、篠原さんでした♪ お疲れ様です。旅行ですか?」

「お、お疲れ様。うん……そんなとこ、かな。ほ、八月一日さんも彼氏さんと?」

「か、彼氏じゃないですっ! 弟ですっ! この前も言いましたよね?」


 八月一日さんが力一杯否定してくる。

 ……が、俺はそれどころじゃない。

 流石に『付き合ってない四月一日幸と二人きりで温泉旅行』なんてものが、同僚に知られるのは駄目だろう。何を言われるか分かったもんじゃない。と言うか、説明も出来ぬ。どうしたものか……。

 一瞬、考え込んだものの、状況はあっさりと打開された。

 イケメン長身の男性が八月一日さんを見つけ、声をかけてくる。


「お姉ぇ、何処に行ってるんだよ? 席はこっち――あんた、この前の……」

「八月一日さん、弟さんが来たみたいだよ。また、会社で。旅行、楽しんで」

「え? あ、は、はいっ! 篠原さんも。あとその……浴衣、似合ってます♪」

「ど、どうも」「…………お姉ぇ、こっち」


 いきなり褒められたことに動揺。

 その間に弟さんは八月一日さんの腕を取り、歩いて行った。どうやら、かなり遠い席らしい。

 ふぅ。危なか――妖気! 

 近くの柱の影から、俺を見つめる妖しげな存在。


「…………じー」

「…………待て」

「……弁明は?」

「私服の後輩さんって印象変わるよな?」

「……ぎるてぃ・おぶ・ぎるてぃ……」


 ――なお、この後、状況を説明。柚子のシャーベットを半分差し出すことで、懐柔に成功した。

 大エース様は部屋に戻る道すがらぶつぶつ。


「……こんなことなら、勿体ぶらずに早く『似合ってる』って言うべきだった。そして、照れる雪継を撮影して、ブラコン妹猫さんの心を折るべきだったっ! ――雪継、浴衣」

「四月一日さんは浴衣、似合ってますねー」

「くっ! 汚いっ!! 雪継、汚いっ!!」

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