第31話 GW一日目。宿着。お昼前に温泉。そして、珈琲牛乳 上

 銚子電鉄に揺られ、犬吠駅で下車。

 駅舎は案外と……言っては失礼かもしれんが、モダンな建物だった。駅の外にはタイルが貼られた広場。

 ただし……『駅前』という感じはまったくしない。店も開いているのか、閉めて居るのか。純粋に、ああ、人が少なくなってるだなぁ、と思う。駅内の濡れ煎餅屋と銚子電鉄のお土産は充実していたが。

 それでも、うちの田舎よりは栄えている。

 特急しおさいに乗っていた時は『人がいないなぁ』と思っていたが、案外と降りる人が多いのも印象的だ。銚子駅からそれだけ乗っているのだろう。

 四月一日が携帯でホテルの人と話している。


「あ、そうなんですね。分かりました! なら、歩きます。はい、ありがとうございます」


 こうして話しているのを見ると、普通に美人だ。中身を知らなかったら、騙されていたかもしれぬ。

 四月一日が振り返った。


「雪継~。ホテルの迎え、お客さんが増えたみたいで先に一旦、出ちゃったんだって。近いみたいだし、歩きって言っちゃったけど……いいよね?」

「了解。鞄、持つわ」

「ん~♪」


 嬉しそうに四月一日が鞄を差し出してきた。

 手に持ち、歩き始める。

 地図を見る限り、海岸までほど近いせいか、微かに潮風の匂いがする。

 四月一日と駄弁りながら歩いて行く。


「海の匂いがする~。ここで、私の秘密を教えちゃう。知りたい? 知りたいよね??」 

「別に」

「実は――私、海水浴をしたことがありませんっ! なので、今年の夏は海に行ってみたいですっ!!」

「あ~結構いるよな。大学時代にもいたわ」

「……む」


 四月一日がジト目で見て来る。

 俺は機先を制する。


「なお、女子である」

「な~んだとぉぉぉ。雪継と仲良く出来る女の子なんて、そんなにいるわけ――……高校時代も案外と話してたよね? 幅広く」

「……男子扱いされてなかったしな」


 高校時代、何でか図書室に入り浸っていた俺は、図書委員でもないのに本の貸し出しを行い、準備室でお昼を食べ、先輩、同級生、後輩達と駄弁っていたのだ。

 中にはイラストが上手い物静かな女の子や、クラスカーストトップなのに、何故か準備室に来ては愚痴を吐いていく美少女。一回り上の男と付き合っている魔女みたいな先輩もいた。高校以来、会っていないがどうしていることやら。

 まー俺の青春ではあったのだろう。大学時代はまた様相が異なるし。

 四月一日が小さく何事かを零した。


「…………そんなことなかった、と思うけど」

「ん?」

「なんでもなーい。あ、見て見て、雪継っ! 灯台だよっ!!」


 岬の高台上に白い灯台が見えた。

 明日はあそこに登るとしよう。


※※※


 四月一日が予約したホテルは想像以上に小奇麗だった。

 民宿に毛が生えた程度かな? と思っていたのだが、各施設は新しく清潔感がある。受付でチェックインをし、部屋へ。


「わぁぁぁぁぁ~♪」


 四月一日は和風の部屋に入った途端、歓声。

 靴を脱ぎ捨てそのまま窓際へ。


「雪継~早く~」

「ほいよ」


 四月一日のスニーカーを整え、俺も傍へ。

 部屋の目の前には太平洋が広がっていた。


「あ、やっぱり海の色が違うのな」

「そうなの? 話には聞くけど。なら、夏は新潟だねっ! ねっ!!」

「八月だと海月が出るから、七月だぞ? ……中間決算時期です」

「気合と根性だよっ! 私の水着姿見たいでしょ??」

「…………」

「だ~ま~るなぁぁ」


 身体を激しく揺らされる。

 いかん、案外と怒っておる。話題を逸らさねば。提案する。


「まだ、11時だし、飯の前に温泉行かねぇ?」

「あ、そだねー。……はっ! 雪継、浴衣姿の私を見ながらお昼食べたいなんて」

「当然、それもある」

「あぅ……」


 何故か四月一日が硬直。はて?

 大エース様は、そのまま自分の鞄のもとへ行き、袋を取り出し、テーブル上の浴衣を抱きしめる。

 そして、早口で指示を出してきた。


「で、出たら、お、温泉入口で待ち合わせ! さ、先に行かないよーに!!」

「おう。携帯」

「はいっ!」

「おっと」


 携帯を投げてよこしたのを受けとる。

 その隙に四月一日は部屋を脱出。耳が赤くなっているように見えた。


※※※


 温泉はとにかく絶景だった。

 太平洋が一望出来る露天風呂は良い物だ。あと、何となく気分が良くなる。

 上機嫌になりながら、温泉から上がり、浴衣に着替えて四月一日を待つ。

 その間に自販機を物色。

 ……瓶入り珈琲牛乳はなしか。悲しい。

 仕方ないので、紙パックの珈琲牛乳を購入。

 少し考え、もう一つ購入。そろそろだろ。


「お待たせ~」

「おう――おい」


 タイミング良く肩を叩かれ、振り向くと細い指が頬に突き刺さった。

 淡いピンクの浴衣姿。ほぼすっぴんの四月一日が、けらけら、と笑う。


「ま~た、引っかかったぁ♪ 雪継、そんな簡単に騙されちゃ、ダメだよぉ★」

「……そんな、四月一日幸さんにはこれをやらんぞ?」

「あ、嘘です。ごめんなさい。欲しいです。ください」

「よろしい」


 珈琲牛乳を贈呈。フルーツ牛乳よりも、俺達はこっち派である。

 ちゅーちゅー、と啜りながら、ぺちゃくちゃ。ほんのり甘い珈琲牛乳、美味し。これだけは滅びないでほしい。


「そっちの温泉はどんなだった?」

「海が綺麗だった! 露店風呂って気持ち良いよね~♪」

「だな~」

「――で」

「で?」

「篠原雪継君は~私に何か言うべきことがあるんじゃないんですかぁ~? かっ!」


 四月一日が無い胸を張る。いや、あるのはあるのだが。

 俺は珈琲牛乳を飲み終え、ゴミ箱へ捨てる。


「ほれ、行くぞー。昼飯だ、昼飯ー」

「あ、待ってよっ、もうっ!」


 四月一日がむくれながら追いついてきて、左腕に抱き着いて来た。

 耳元で一言。


「――浴衣、似合ってるな」

「――ふふん♪ よろしー」

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