第22話 旅行先選択のお昼ご飯。本日、豆腐茶飯 上
平日、お昼。
珍しく、俺は一人で昼飯を食べに出ている。
石岡さんと八月一日さんは、二人して外出中。社内のペーパーレス化の視察だ。社内の紙は減らすべき。重いし。きっと、普段食べられない物でも食べているだろう。
さて、今日は何を食べようか。
中華? イタリアン? ラーメン? いやいや、此処は正午に売切れになる定食屋――……携帯が震えた。四月一日からメッセージ。
『本日はおでんの日です。異論は認めません。席は取った!』
昼をあいつと一緒に食べることは多くない。
こうやって総務部内で誰もいない時くらいだ。
多分、総務のスケジュール確認していやがるな。
……おでんか。
『了解。頼んでおいてくれ。豆腐茶飯におでん。大根、卵、がんもで。もう着く』
『はーい』
携帯を仕舞い、早歩き。
丁度、おでん屋のある通りを歩いていたので、すぐに行列が見えてきた。相変わらず、混んでる。
中へ入り、顔見知りの店員さんへ挨拶。四月一日は――……いた。
奥へ歩いて行き、席へ座る。すぐさまお茶が差し出された。
「頼んどいた! 褒めて褒めて」
「四月一日幸さんは偉いなー」
「もっと心を込めて!」
「すまない……嘘はつけない質なんだ」
「嘘吐き!」
軽くやり取り。まぁ、何時ものことだわな。
お茶を飲んでいると、パンフレットが三つ差し出された。
「探してきた! GW旅行の候補!」
「ふむ」
受け取り、眺める。
場所は前に話していた通り、箱根、熱海、銚子。
それぞれ、旅館も選んである。こういう時、すぐ行動力するのが営業の大エースたる所以か。
えーっと――……俺は、『私ってば出来る女! 偉い! 雪継は褒め称えるべき!!』という顔をしている四月一日へ尋ねる。
「……箱根と熱海、お高くありませんか?」
「どうせ、行くなら良い場所に行くべきっ! 経済をっ回せ~♪ だよっ!」
「……微妙に突っ込みにくいアニソンを替え歌にするな。名曲ではあるが」
四月一日が選んできた宿は、どれも少しばかりお高いプランだった。
箱根は某有名リゾートの宿。いや、確かに一度は泊まってみたいけども……。
熱海は和モダンの隠れ家風宿。値段的には此処が一番お高い。大人風。
最後の銚子は安い。とにかく安い。箱根の1/3。熱海の1/5。けれど、明らかに設備等々が古い。
四月一日が細い指でそれぞれのパンフレットを叩く。
「私はどれでも良いよ~。雪継と一緒だったら、きっと何処でも楽しいし」
「……と、殊勝なことを言いながら、別プランを使う気でいやがるな? 箱根のやつとかの。しかも、俺の金で」
「え~わかんな~い♪」
けたけた、と高校時代から変わらぬ笑顔。困った大エース様だ。
俺は自分の考えを述べようと口を開こうとし――店員さんがやって来た。
「お待たせしましたー。豆腐茶飯二つ。大根はお兄さん。豆腐ダブルは、お姉さんですよね?」
「そうです」「は~い」
豆腐茶飯とおでん三品、がやって来た。なお、これメニュー表にはない裏メニューである。
おでんの出汁がかかった茶飯の上に鎮座する豆腐が一丁。そして、別皿のおでん種。
俺は四月一日へ微笑みかける。
「……四月一日幸さんや」
「な、何? 篠原雪継君」
「豆腐は身体に良い食べ物ですね」
「え、ええ。そう、です、ね……」
四月一日が視線を逸らす。
茶飯の上には豆腐が二丁。わざわざ、おでんとして豆腐を指定した、と……。
そして、大豆は一般的に身体の一部分を、ごにょごにょ。
俺は生暖かく告げる。
「――……もう手遅れ」
「死ねばいいのにっ! 雪継のバーカバーカ。……いただきますっ」
「いただきます」
手を合わせ食べ始める。
れんげで豆腐茶飯に挑みかかる。
――美味い。
そもそも、出汁そのものが美味いから、不味い筈がないのだ。
染みた大根も一口。これまた、絶品。おでんは冬場だけの食べ物じゃないのを実感する。
箸が目の前から伸びてきた。
俺の皿につみれが一つ置かれ、大根1/2と自然にトレード。
続けて、卵も半分にされ、逆に巾着の半分と変わる。
「大根、卵って美味しいよね~♪ 定番って感じで☆」
「自分で頼めば良いものを」
「色々、食べたいでしょ? がんもも~」
「豆成分は十分、摂ってるだろうが。あと、等価交換だ」
「むむむ……」
四月一日が考え込む。
そして、お澄まし顔になり、れんげで豆腐茶飯をかき
「ああ、豆腐はいらん」
「なっ!? 可愛い女の子の、あ~ん、を拒絶するの!? それは、世界の根源に反するよ、雪継っ! 私は、貴方をそんな男の子に育てたつもりはないっ!」
「……育てられたつもりはねぇ。あと、少しは恥じらいを持て、恥じらいを」
「むぅぅ~!」
冷たく言い放ち、箸でがんもを半分に。
半分は自分で食べ、残りはむくれている大エース様の豆腐茶飯の中へ放り込む。
四月一日は一瞬、きょとん、とし――直後、にへら、と笑った。
「……えへへ。ありがと。代わりに宿は熱海にしていいよ? お姉さん、頑張っちゃう♪」
「誰がお姉さんだ。俺の方が年上だろうが。あと、行き先は今晩、帰って要相談」
「え~」
少しだけ不満そうに自称姉が唇を尖らす。
「……私のお財布の中身まで全部知ってるんだし、今更、気にしなくていいのに。お金持っててもそこまで使わないし……」とぶつぶつ。馬鹿め。だからこそ気にするんだろうが。あと、顧問の教えもある。
無視して食べていると、四月一日が立ち直り、何故だかニヤニヤ。
「……何だよ?」
「ん~? 何処にも行っても、篠原雪継君に、私の湯上り浴衣姿を見られちゃうなぁ~って」
「……普段、散々、見てるので別に。あと、もう少し肉付きを」
「かわいくないぃぃ! ……見てろよぉ。悩殺するからっ! からっ!!」
「いいから、早く食べろ。帰りにペットボトルのお茶奢れよ」
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