第21話 彼女のいない日。デザートはナッツのタルト。バニラアイス載せ 下
夕飯を食べ終え、食器を人を怠惰にする文明の利器――食洗器へ入れた俺は、風呂を洗う。
やっぱり、湯舟に浸かりたいのだ。シャワーだけだとどうにも疲れが取れない。今度の休みは温泉とか行きたい。一人でのんびりと。熱海とかいいかも? いや、穴場で銚子とかか? 電鉄乗ってみたいし。
そんなことをつらつら考えつつ、掃除は終了。
風呂が沸くまでに……少しゲームでもするか。
携帯が震えた。出るとわざわざのテレビ電話。喧騒からして、どうやら、まだ居酒屋内らしい。
『……雪継、今、ゲームしようとしてたでしょう?』
「――そんなことはしないって。四月一日幸さんじゃあるまいし」
『…………怪しい。22時半まで、進めちゃダメだからねっ! ランク上がってたら』
「上がってたら?」
『GW、旅行に拉致する!!!』
「…………残念ながら、予定がいっぱいです。またの利用をお待ちしてません」
『う・そ・つ・き★ スケジュール、真っ白なのは確認済みだからねっ!』
うぜぇ。分かってる範囲までのスケジュールを入力しておけ、と言ったのは何処の誰だと……。
手を軽く振る。
「……何処へ行くかによる」
『ふっふっふっ……この案外と旅行経験ありな、四月一日幸さんに死角無しっ! ずばり、本命:箱根! 対抗:熱海!! 大穴:銚子!!! の三択でっ! あ、雪継の田舎でも私はいいよ? 久しぶりにお母さんとお父さんに会いたいし。もしくは、うちの実家』
「……お前の実家って。都内だろうが。旅行でも何でもない。ああ、猫には会いたい。小次郎はとても可愛い。とてもとても可愛い。十割可愛い。可愛さの権化」
『じゃー私は?』
「五割うざい」
『残りの五割は?』
「…………ノーコメント。ほれ、とっとと戻れ戻れ。大エース。支店長に俺の名前とか出すな――あ。今のは無し」
『――……ほむ』
四月一日が、にやぁ、と悪い笑みを浮かべた。猫が鼠やらをいたぶる時のそれ。
……失言だった。
大エース様が手を振る。
『大丈夫。言わないよ。でもなぁ~。私を五割可愛いと思っている篠原雪継君が、何かしら飴をくれないと、ポロっと言っちゃいそうだなぁ~。『私、篠原君と同棲してるんです☆』って』
「誤解が甚だしいにも程がある。何時、何処で、俺が、お前と同棲したんだ?」
『晩御飯、ほぼ毎日一緒! 土日もほぼ一緒に行動! 家電製品、殆ど私が買った! 最近じゃ、着替えも完備! 専用のゲーム機、コントローラーあり! お風呂や洗濯機も借りちゃう! あ、次、ちょっと良い珈琲メーカー買おうね! 豆挽けるのっ!! もう、リストアップしてあるから、選んでおいて』
「…………」
事実を突き付けられ、俺は黄昏る。
確かに、あいつの私物が過半になりつつあるような……。なお、男女の仲じゃない。そういう雰囲気になったこともない。
というか、想像するだけで…………ああ、いかんな。これは悪い想像だ。羞恥心で死ぬる。
俺は誤魔化すように四月一日を促す。
「……珈琲メーカーは選んどく。飴は」
『飴は?』
「――……GW中の温泉で」
『ニシシ。りょーかいっ! 帰ったら、決めようね♪ それじゃ、また後で!』
四月一日が満面の笑みを浮かべ、手を振り、通話が切れた。……ったく。
何か、あいつにペースに乗せられただけな気もするが、仕方ない。温泉には行きたいしな。
※※※
風呂から上がった俺は、ゲームの準備をする。
時計を確認すると、22時半まではもう少しあり。
オンライン上に自キャラを待機しつつ、薬缶にミネラルウォーターを入れ沸かす。
冷蔵庫から、父親が送ってきナッツのタルト。それと――
「……まぁ、ここ最近、残業続きだったしなぁ」
と自分に言い訳しつつ冷凍庫からちょっと高級なバニラアイスを取り出す。
タルトを小皿へ。その上にバニラアイス。
少しばかり考えベランダへ。ミントの葉っぱを摘み、ちょこんとバニラの上。
あ~いいな。これだけで絵になる。携帯で撮影し、送信。
お湯が沸いたので、ポットに母親が育てて送って来るハーブ各種を投入。ハーブティー、子供の頃は苦手だったな。
ソファーに座り、タルトとバニラアイスをスプーンで一口。うまし。何と贅沢な物を食べているのか、この時間に。携帯が震えた。またまた、TV電話。怨嗟の呻き声。まだ着替えてもいないみたいだ。
『……ゆ~き~つ~ぐ~ぅぅぅぅ………』
「ナッツのタルト、バニラ載せとなります。☆三つ」
『わ~た~し~もぉぉ、たべるぅぅ~』
「コンビニで買って来い」
『やっ! タルトが食べたいのっ!! ……というか、そのバニラ、私のだよっ!?』
「……おや?」
『……おや? じゃないぃぃぃ』
四月一日はベッドに飛び込み、控え目にバタバタ。子供か。
呆れつつタルトとバニラを食べ、ハーブティーを飲む。
「ほれ、とっとと着替えろ。俺は22時半きっかしに始める。そして、お前よりも先にマスタークラスへ至る」
『うぅぅぅ~!』
唸りながら、四月一日が起き上がり、その場で着替えようとうする。
「おい、待て。止まれ」
『なに?』
「…………TV電話は止めろ。下着が見えるだろうが」
『欲情する? しちゃう??』
「…………もう少し、肉付きを良くしていただけますと」
『し・ね・ば・い・い・の・に! ばーか! 雪継のばーか!! へんたいっ!!!』
TV電話が切れる。
……見られたら、見られたで、恥ずかしがるのはどっちだと。前に、風呂場で遭遇して、変な感じになったろうが。
頬が赤くなっているのを自覚しつつ、俺はハーブティーで自分を落ち着かせ、タルトとバニラの甘さで、気を紛らわすのだった。
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