第20話 彼女のいない日。御手製トマトソースのナポリタン 上

 本日は平日水曜日。

 久方ぶりの定時上がりだ。

 特段、予定もないので真っすぐ帰宅すれば、6時には着くだろう。

 あ、確かまだちょっと高級バニラアイスが残ってたな。夕飯後に食べねば。

 そんなことを思いながら自宅へ帰宅すると、丁度、荷物が届いていた。タイミング良し。

 小さな段ボールを受け取り、鍵を開け中へ。

 

 ――四月一日幸は、今晩いない。

 

 本日から九州出張なのだ。きっと、博多で美味い物を食べるのだろう。日本酒の土産は楽しみだ。

 着替えて、さっき届いた段ボールを開封。

 差出人は、篠原継国つぎくに

 時代劇に出て来るみたいな名前だが、本名。俺の父親であり。普通のサラリーマンだった。

 既にリタイアし、今は、春先から秋口まで田舎で暮らし、冬場だけ東京に戻る、ちょっと優雅な生活を母親と柴なわんこと一緒に満喫中。

 父は昔から手先が器用な人だったのだけれども、リタイアした後はそれに拍車がかかり、今では、ハム、ベーコン、ソーセージ、塩ワカメ、各種野菜作り。最近ではオリーブやら梅やら胡桃やら栗やらの収穫、更には陶芸やら籐籠作成まで……多趣味にも程がある。で、それを時折、こうして送ってくるのだ。

 今回の段ボールの中に入っていたのは……


「トマトソースか」


 数瓶。それぞれラベルが張ってあり、加工した日付は昨年秋口。

 うちの両親は、夏場、腐るほど採れるトマトを生食しない分はこうして瓶詰にして保存している。

 前、電話で話した際『トマトソース余っていたら送って』と言っておいたのを覚えていたのだろう。

 他は――ハムにベーコン、ソーセージ。

 それと、緩衝材に覆われたナッツのタルト。どうやら、またレパートリーを増やしたらしい。

 まぁ、パンも売り物レベルだしなぁ。お菓子なんか簡単か。

 出来れば、今度は肉まんを送ってほしい。そろそろ、あれも売り物レベル。

 手紙はなく、物のみ。まぁ、こんなもんである。

 携帯を取り出し、メッセージで『届いた。ありがとう』と打っておく。

 トマトソースを一瓶とソーセージだけを残し、後は仕舞う。

 戸棚から太目のスパゲッティ。それと、冷蔵庫から玉ねぎ、ピーマン、にんにくを取り出す。

 

 本日の献立はナポリタン! ソーセージ多め! で決定。


 何せ、手製のトマトソースがある。贅沢に使ってしまおう。

 大鍋にお湯をたっぷりと張り、火を点け、塩を適当に投入。ちょっと多め。

 湧くまでの間に、玉ねぎ、ピーマン、ソーセージを切る。

 ぶっちゃっけ、この時点でもう完成したも同然だ。

 だって、後はスパゲッティを茹で、材料を炒め、その中に麺を入れて、トマトソースを贅沢に投入。味を調整すれば出来上がり。簡単。お手軽。独身の味方!

 さっさと、まな板と包丁も洗ってしまう。

 ああ、どうせなら、珈琲でも淹れて――携帯が震えた。通話だ。

 スピーカーにしつつ、声真似。向こうからは人の声と車が走る音。


「――ただいま、電話に出ることが出来ません。具体的に言うと、夕飯を作るのに忙しい。そちらは、九州支店の人達ともつ鍋でも食べていろ。飲み過ぎ注意。酔って醜態を晒すことなきように……四月一日幸さん?」

『篠原雪継くんがかわいくないぃぃ。あと、もつ鍋じゃありませーん! 普通の居酒屋でーす! そっちは?』

「普通」

『待って! 当てるから! ……コロッケ! コロッケでしょ!!』

「掠りもしねぇ」


 お湯が沸いたので、スパゲッティを投入。

 フライパンに野菜、ソーセージを入れ炒め始める。


『…………この音は。――はっ!!! も、もしかして、ナポリタン、ナポリタン!?』

「――……回答は控えさせていただきます。トマトソース届いた」

『ず~る~い~! 私も、お父さんのトマトソースで作ったナポリタンが食べたいぃぃ!!』

「美味いしな」

『美味しい!』


 四月一日が断言。こいつは、うちの親父が作る物のファンである。

 アラームが鳴った。

 ざるを使うのも面倒なので、鍋から菜箸で麺をフライパンへ。お湯が入っても構わない。塩分調整に良し。

 具と麺を馴染ませ、その中にトマトソースをたっぷりと投入。よくからめる。

 トマトソースそのものに味はついていないので、味見をして、塩で調整。

 ――ん、こんなもんかな?


『ねー雪継ー』

「ん?」

『……私がいなくて寂しい?』


 四月一日が殊勝な口調で尋ねきた。ふむ。

 俺はナポリタンを皿へ移し、粉チーズを振りながら告げる。


「いいや、全然」

『なっ!!! 酷いっ!!! そこは、『……寂しいよ』って言うところでしょう!?』

「…………いやだって、お前、わざわざ共通スケジュールに『22時半ゲーム☆』って入れてるじゃねーか。ムードも何もあったもんじゃねーだろう?」

『むぐぐぐ…………』


 四月一日が口籠る。

 この女、出張前、勝手に俺の携帯へスケジュールアプリをダウンロードしていったのだ。曰く『以後、何かあった場合は必ずこれを使うこと!』。……おい、隣人。

 地団太を踏む音。


『雪継、可愛くないっ! 先輩に対する敬いがないっ! お土産、買っていかないっ!』

「――……送ってきた物、食べさせない」

『――……てへぇ☆ あ、そろそろ、お店着くー。帰ったら、ナポリタンねっ!!』

「ほいよ」


 俺は、椅子に座りナポリタンを食べ始め――話しかける。


「……通話切ってないな?」

『――通話無料だし?』

「いいから、切れ」

『明日には帰るからねっ! ねっ!! また、後でっ!!!』

 

 ようやく通話が切れた。

 ……あいつ、案外と緊張しいなんだよな。少しは紛れたといいんだが。

 ナポリタン、帰って来たら作ってやろう。

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