第17話 休日待ち合わせ。その後、穴子の箱飯。骨せんべいと日本酒も 下

 その穴子屋さんは、大通りから外れた路地の一角にあった。

 店の外見は木造で、一見、古そう。

 けれども、中のお店自体は、確かまだ20年も経っていない筈。

 飲食店業界で『20年』は相当な繁盛店だと思うけれども……何せここら辺の地区は、『創業百年は赤ん坊。百五十年以上でなければ入れない老舗の会』なるものが平然と存在する界隈。多分、町内会とか色々大変だろうて。

 あの、ビルを建てる際、区道すら平然と変更させ、兆円単位の借り入れをする某巨大不動産ですら、ここら辺の地主達を敵に回すと商売が出来ない。実際、結構な土地が再開発出来ずに残っているし……。老舗を通り越した老舗って怖い。

 そんなことを思いながら、四月一日と一緒に暖簾をくぐる。――タレのいい匂い。

 中は昼前ということもあり、ほぼ満席だ。店員さんがすぐに声をかけてくれる。


「いらっしゃいませ」

「二人なんですけど」

「はい。どうぞ、こちらへ」


 若い俺達を邪険にすることもなく、丁寧に接客してくれる。こういう風にされると、また来よう、と思う。

 奥に通され、メニューを受け取る。

 お茶を飲みつつ、四月一日へ差し出す。


「どうする?」

「ん~とね……とりあえず、骨せんべいと卵焼き、で!」

「――穴子酒は?」

「! ゆ、雪継、それは、それは禁断、だよ? 確かにお酒は飲みたいけど、でもでも……そんな昼間からなんて……」

「なお、俺は頼む。何しろ、大エース様の奢りだしな」

「あーあー! そういうの良くないと思うっ! こういう時は何だかんだ『ま、俺が払うわ』って言うのが、理想的な男性の所作でしょう?」

「……そういう男はもう死に絶えた。もういない。もういないんだ。まして、お前の方が高給取りだしな」

「む~!」


 不服そうな四月一日を見やりつつ、メニューを物色。

 当然だが払わすつもりはない。

 時折飲みに行く、うちの会社の顧問からもこう教えられている。『篠原。女と飲みに行く時は払ってやれ。古い考えかもしれんが……悪くもない』仰る通りで。

 さて、肝心の箱飯は……中箱にするかな?


「俺、中箱の煮上げにするわ。ふっくらして美味い」

「むむむ……なら、私は焼き上げにしてもらおうかな~。半分こしよっ!」

「そうするかー。すいませーん」


 店員さんを呼び、諸々、注文。当然、出汁も頼む。茶漬け風にすると恐ろしく美味いのだ。

 甘い物は午後、件の商業ビル内で何かしら物色するだろうし頼まない。

 暫し、雑談。


「……にしても、お前、風呂場で寝るなよ? 死ぬぞ?」

「お風呂では寝てないよ。お、女の子は色々と準備が大変なのっ! 会社の人にも会うかもしれないしね。私のイメージを崩すわけにはっ!」

「あ~そう言えば、さっき八月一日さんに会ったわ」

「へぇ。あそこで?」

「そう。長身イケメン、俺様系の彼氏さんと待ち合わせをされておった。まぁ、いるよな。あの子なら」

「……ふ~ん」


 四月一日の奴のトーンが若干変化した。何処となく嬉しそうでもあり、不機嫌そうでもあり、複雑。

 ……この話題、地雷臭がする。

 これ以上は触れまい。八月一日さん悪い子じゃないんだが。

 丁度良いタイミングで店員さんが、卵焼きと骨せんべい、そして穴子酒を運んできてくれた。二人して目を合わせ、ニヤリ。テンションが上がる。

 火傷しないよう、穴子酒を飲む。


「ふはぁ~」「あつっ」


 溜め息を漏らす俺の耳を、四月一日が摘まむ。何故に、自分の耳を摘ままない?

 骨せんべいと卵焼きをつまみにしつつ、穴子酒をちびちび。

 若い男女がする飲み方じゃないかもしれんが……正しく至福である。

 ただし――


「……四月一日幸さんや」

「な、何? 篠原雪継君」

「二杯目はいけない。冷酒もダメです。烏龍茶にしておきなさい」

「え~! いいでしょう? 私のお金なんだからっ!」

「もう一杯飲んだら、今晩の夕飯は別々になります」

「!? そ、そんなの……ゆきつぐのいじわる……」


 唇を尖らせ、四月一日がメニューを脇へ置いた。

 昼間っから酒を飲んで、酔っぱらったこいつをタクシーで送る、とか考えただけで面倒だ。……しかし、大エース様は分かりやすく拗ねている。子供か。

 骨せんべいを食べさせつつ、飴を差し出す。


「――昼間からの酒は、今度な。ほれ、あそこの」


 午前中、ビールが飲める老舗ビアホールの名前を出す。

 すると、四月一日はおもむろに手帳を取り出し、俺へペンと一緒に差し出してきた。スケジュールを書け、と?

 ざっと見る限り、土日は空いている。まぁ、大概、一緒に行動しているしな。

 空いている土曜日に『ビアホール』と書いておく。


「GWは? 実家に帰らないのか??」

「帰るよ。でも、泊まる気はないかなー。雪継は??」

「俺も帰るつもりはないな。妹は帰って来い、と五月蠅いが」

「ふ~ん」 


 そんなことを話していると、本命の穴子の箱飯はやって来た。

 四月一日と顔を見合わせ、同時に箱を開ける。


「おお~」「美味しそうっ!」


 タレの良い香りが立ち込め、食欲をそそる。

 目の前から箸が伸びてきて、俺の穴子飯を一すくい。


「あ、こら」

「――……あ、やっぱり、煮上げの方がふっくらだねぇ。はい、どうぞ」

「…………」


 四月一日の箱飯を俺も一すくい。

 香ばしさが口の中いっぱい広がり、大変に美味い。


「次は私、柚子!」

「なら、俺は……」


 目の前には柚子、胡麻、山椒、山葵、ネギの薬味あり。

 そして、何より――とっておきの出汁も控えている。

 今日も良い昼ご飯になりそうだ!

 俺達は、ニマニマしながら、穴子飯を堪能するのだった。


 ――なお、お勘定は俺支払い。四月一日はの奴は、ぶー垂れていた。

 でもその代わり、午後のお茶は四月一日持ち。

 俺達の関係なんて、こんなもんである。

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