第16話 休日待ち合わせ。その後、穴子の箱飯 上

 翌日、俺は午前10時過ぎに家を出た。

 昨晩、泊まった四月一日の奴は、少し遅い朝食後、隣室へ帰宅。

 帰る際、俺に指を突き付け


『遅刻したら、お昼奢りだからねっ! ねっ!!』


 その台詞、そっくりそのまま返したい。

 そろそろ、出かけないと間に合わないだろうに、隣の部屋から、あいつが出て来る気配はなし。

 ……おそらく寝ている。

 昨日、ワインを飲み過ぎたせいか、今朝も半分寝ていたし。

 けれど、起こさない。これは神聖なる勝負なのだ。

 昼飯は美味い物を奢ってもらうとしよう。何が良いかなぁ。

 考えながら携帯を確認。やはり、メッセージは無し。勝ったな。

 店を調べつつ、マンションの入り口へ。


「中華、イタリアンは食べた。和食は……何となく違うな。洋食かぁ? もしくは、寿司、天ぷら……」


 何せ無数の店がある地区なのだ。それだけ美味い店も多い。

 どうせなら、中々、行きにくい店がいいんだが。

 まぁ、問題は


「……あいつが何時間、遅刻するのか、だな」


※※※


 その商業ビルは巨大だった。

 床面積にしてワンフロア約千坪。日本最大を謳うだけのことはある。

 そこに入っているテナントも、某不動産が威信を懸けて全国、海外から集めてきた店ばかり。台湾発の本屋とか面白そうではある。

 現在、時刻は11時30分。

 予定通り? 四月一日幸はまだ来ていない。

 俺は、ビル近くに停めてある移動販売の珈琲屋さんからカフェオレを買い、それを飲みつつ、携帯を操る。


『いい加減、起きたかー?』

『…………おきた。もう、電車のってる、ゆきつぐ、おこしてよ!』

『午後にしようぜ? と昨日、言ったが? その前に言うことは?』

『ごめんなさい……。もう少し、もう少しで、駅につくからっ!!』

『焦るな。走るな。転ぶぞ? ただし、昼飯は奢ってもらう。クックックッ……さーて、何を奢ってもらおうかなぁぁ……寿司か? 天ぷらか? 鰻か?』

『いーじーわーるー。ついたっ! 待っててっ!!』


 思ったよりも早い。午後まで寝ているかと。

 暫し商業ビル内のレストラン表示を眺めていると、肩を叩かれた。


「早い――おお?」

「あ、やっぱり、篠原さんでした! こんにちは♪」


 そこにいたのは、私服姿の八月一日さんだった。

 普段よりも学生風。素直に可愛らしい。

 俺は挨拶。


「こんにちは。こんな所で奇遇だね」

「はい♪ 一度、ここ遊びに来てみたかったんです!」


 八月一日さんはニコニコ。良い笑顔だ。……これが若さか。

 そんなことを思っていると、細見で長身の若い男性が近づいて来た。イケメンだ。


「さち。いきなり走り出す――……ちょっと、あんた。そいつ、俺の連れなんだけど?」


 いきなり、八月一日さんを守るように抱きしめ、俺を凄んできた。

 彼氏さんかな? 美男美女だわ。

 軽く手を振り、誤解を解く。


「あ~……申し訳ない。俺はナンパしてたわけじゃないんだ。詳しい話は、本人から聞いてくれると嬉しい。それじゃ、八月一日さん、また。デート、楽しんでね」

「え? し、篠原さん!? この子は彼氏なんかじゃなくて――」


 さっさと、その場を離れ、通りを歩きだす。

 他所様の恋路を邪魔する程、空気が読めない男じゃないのだ。

 携帯でメッセージを四月一日へ飛ばす。


『諸般の事情により、待ち合わせ場所を変更します。変更場所は』

「おっと」

「…………何処でもいい」


 いきなり左腕を抱きしめられた。

 そこにいたのは、真新しい淡いミント色のブラウスと、青のロングスカート姿の四月一日幸。白の布帽子を深く被っている。

 ――……これは困った。とんでもなく可愛い。

 俺は視線を逸らし、照れ隠しでからかう。


「おはよう。随分と早いお着きで」

「……おはよう、は、朝、言ったでしょぉ」

「で? どうして遅れたんだ? 風呂で寝てたか??」

「……分かってたなら、きくなぁぁ。……ごめんなさい」


 頭を腕に押し付けて来る。予想通りか。

 珍しく反省している四月一日を更にからかう。


「お前、こういう時、案外と遅刻するのな? 営業の時は気をつけろよ?」

「……雪継相手にしか遅れないから大丈夫」

「いや、そこは俺相手でも遅れないでくれ。頼むから」

「無理。だから、今度は雪継の家でお風呂に入って、着替える。そして、スタートは別々で!」

「……そうまでして、待ち合わせ場所は外にしたいのか」

「当然!」


 四月一日が拳を握りながら、断言。

 ……こいつの考えは時折、分からん。

 通りを歩きつつ、聞かれる。


「でぇ~?」

「あん?」


 四月一日が、俺の腕を離し、前方へと進み一回転。


「今日の私はどうですかっ! かっ!! か・ん・そ・うっ!!!」

「――……あ~、良いんじゃないでしょうか」

「具体的にはぁ??」

「うぐっ……お、お前、分かっていて、言ってやがるな?」

「え~わかんない~」


 四月一日はニヤニヤ。うぜぇ。

 ……けれども、感想を言わないのは礼を失する。

 近づいて帽子を押さえつけながら、囁く。


「――凄く似合ってると思う」 

「――ふ~ん♪」


 腕を抱きしめられ、引っ張られる。

 どうやら、正解だったらしい。


「私は優しいから及第点にしといてあげる♪ お昼、どうするの?? 今なら、何でも奢っちゃう☆」

「最初、寿司かなー、と思ったんだよ。ほら、あそこの」


 近くにある別の商業ビル内にある、コースのみの御寿司屋さんの名前を出す。結構、お高いものの、美味い。ワカメしか食べてない雲丹と、昆布しか食べてない雲丹の違いとか、あの店に行くまでは知らなかったし。

 けどまぁ……俺は四月一日へ提案。 


「今日は穴子の箱飯にしないか?」


 四月一日の瞳が大きくなる。


「――あの店に行っちゃうの??」

「行きたい気分」

「りょーかい! あ、出汁茶も頼もうねっ!」

「贅沢の極みだな。どうせなら、骨せんべいも頼んで、昼間から軽く酒飲むか??」

「大さんせーい☆」


 何だか楽しくなってきた。

 俺は厳かに告げる。


「では……いざ、行かん! 穴子の箱飯を求めてっ!!」

「お~!」

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