第15話 金曜日なのでちょっと奮発。夢に見るピザ 下

 サラダとピクルス、赤と白ワインのボトルが届いた。

 四月一日のグラスへ白ワインを注ぎ、無言で手を伸ばしてきたので渡す。

 俺のグラスにも綺麗な液体が注がれるのを眺めつつ尋ねる。


「そっちにも新人さん、配属されたんだろ? どんな感じだ? ありがとう」

「ん~? 可もなく不可もなく? 新人さんだし、あんなもんだよ。電話出れないのは困るけど。どういたしまして。じゃ、か~んぱい」


 グラスをぶつける。カラン、という音。一口

 ――美味い。

 良いワインだ。まぁ、ワインの良し悪しなんて、俺には分からないが、

 四月一日が行儀悪く、ピクルスを手で摘まみつつ、聞いてくる。


「そっちは?」

「ん?」

「だからぁ。総務にも入ったでしょ? この前、お店で会った子!」

「ああ、八月一日さんか。いい子だよ。熱心だし。頭の回転も速い。あれは出世するタイプだな」

「…………ふ~ん」

「……何だよ?」


 機嫌悪そうにグラスを一気に空にする大エース様。

 荒々しくサラダにフォークを突き立て、むしゃむしゃ、と食べ、俺をねめつける。小皿に取ろうとすらしないとは。


「…………雪継が人を手放しで褒めるの珍しいな~って」

「はぁ? そんなことないだろ?」

「そんなことありますぅぅぅ~。わたし、ぜんぜんっ! 褒められてないですぅぅぅ~。褒めろ! ろっ!! ワイン!!!」

「…………」


 突き出されたグラスへワインを注ぐ。

 ……自分では結構、褒めているつもりなんだかなぁ。ああでも、口にはしていないかも。料理とかは作るが。

 ピクルスを齧り、素直に聞いてみる。


「お前、俺に褒められたいのか?」

「………………ほめられたい。そしたら、がんばる。もっと、もっとがんばる。具体的には、雪継の家の冷蔵庫とかが新しくなるくらいには。私、褒められると空も飛んじゃう子だよ?」

「木に登るじゃなくてか?」

「あーあー! 今、今、酷いこと言ったぁぁ!! 女の子にそういうこと言うから、雪継はモテないんだからねっ!? 高校時代の子達の中で、連絡取っている子、皆無でしょう?」

「うぐっ! ……お前な。男は案外と繊細なんだぞ? そういう一言がなければ、外見だけなら可愛――……はっ!」

「――……ふ~ん」


 思わず口を滑らした俺を四月一日がニヤニヤと見て来る。

 俺は、誤魔化すようにサラダとむしゃむしゃ。早くピザが来てほしい。

 四月一日は頬杖をついて、なおもニヤニヤ。

 たまらず、言質を与える。


「……まぁ、今後は、多少、善処する」

「その言葉、忘れるなよぉぉ? 私を可愛いと思っている、篠原雪継君☆」

「…………」


 久方ぶりに失敗した。当分はこのネタで弄られるだろう。

 店員さんがやって来た。


「お待たせしました。マルゲリータです。残り二枚は、今、焼いていますので」

「「わぁぁぁ」」


 思わず二人して歓声をあげる。

 窯で焼いたばかりのピザの上ではチーズが、じゅくじゅく、と音を立てて、何とも言えないトマトの香りが漂う。

 熱々のピザを切り、小皿へ。四月一日へ先へ渡す。


「ほら。食べろー」

「は~い♪」


 満面の笑みを浮かべながら、四月一日がピザにかぶりつく。

 足をバタバタ。親指を立てた。滅茶苦茶、美味いらしい。

 俺も小皿に取り、一口。

 ――チーズとトマトのバランスが絶妙っ!!!

 シンプルだけど、本当に美味いんだよなぁ。

 ワインを飲み干す。次は――四月一日が自然な動作で赤ワインを注いでくれた。


「お、ありがと。よく、赤が飲みたいって分かったな?」

「分かるよ~。だって、雪継だもん。もういちまーい!」

「あいよ」


 二人して、マルゲリータをあっという間に食べつくす。

 直後、店員さんが、イカ、タコ、エビ、ホタテのペスカトーレと、卵黄とベーコンのビスマルクを運んで来てくれた。

 子供みたいにはしゃぎながら、ピザを二人で食すこと暫し――満足感に包まれながら、現在、俺達は食後の珈琲とジェラートを待っている。

 結局、白と赤、どっちのボトルも空けてしまった。途中から、水を飲みながらだったとはいえ、少しばかり飲み過ぎ。

 ぽけ~、と頬を赤く染め、頬杖をつきながら俺を眺めている四月一日に提案。


「明日、スタート、少し遅らせるか? 午後とかに」

「え、やだっ!!!」

「でも、お前、起きれないだろ??」

「…………大丈夫」

「四月一日幸さんや、俺の目を見て言ってみようか?」


 露骨に視線を逸らした大エース様へ追撃。案外と寝坊しがちな生き物なのだ。

 すると、四月一日は俺へ向き直り、少しだけ逡巡。後、口を開いた。


「……なら、今日、雪継の家に泊まるっ! そうしたら起こしてもらえるでしょう??」

「布団がない」

「持って来るもんっ!」

「……お前なぁ」


 呆れていると、珈琲とジェラートが到着。

 店長さんが気を利かしてくれたらしく、四月一日のそれは淡いピンク色。苺か。

 バニラ味のジェラートを食べながら、諭す。


「独身の女が、彼氏でもない男の家に泊まるのはどうなんだ?」

「常識なんてしらなーい。問題なのは、お布団がないってことだけでしょう? 雪継が駄目! って言っても、合鍵で入るっ!!」

「…………そうまでして、明日、遊びに行きたいと」

「行きたいっ!」


 四月一日の瞳には不退転。こいつならば、無断侵入くらいはするだろう。

 俺は四月一日のジェラードを一口。


「あー!!」

「今晩、泊める代金だ。お前がベッド。俺はソファーで寝る。それを守れないならなしだ」

「……は~い。えへへ♪」


 不承不承、頷き、次いではにかむ四月一日幸。ちょっと、幼く見える。

 ――まぁ、時折、ゲームを深夜までやっている時も二人して寝落ちしてるし、今更だろう、うん。 

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