第18話 残業日。糖分補充のコンビニスイーツ 上
GW前の月末。時刻は既に20時過ぎ。
連休前、ということもあり、経理処理は佳境を迎えていた。
キーボードを高速で叩きながら、目の前の石岡さんが呻く。
「…………篠原、俺はもう帰りたい。帰っていいよなっ!?」
「駄目です。帰ったところで、仕事量は減らないですし、明日が辛くなるだけ。土日――いえ、GW中も出てきます?」
「……八月一日さん、聞いた? 酷いと思わない? 少しは言葉遊びに付き合ってくれてもいいよね?」
「え、えーっと……」
俺の隣席で八月一日さんが困った顔になる。『帰っていいよ』と言ったのだけれど、律儀に残ってくれているのだ。真面目だなぁ。
月末の資金繰りを確認。問題無し。各店の損益を入力。
東京支店は――……四月一日の数字が燦然と輝いている。社長賞は確実だろう。
うちの社長、厳しい人ではあるものの、ケチではない。こういう時、営業に気前よく金一封を出すので、士気も上がる。
……出来れば、総務部や経理、財務も、もう少し評価してほしいもんだが。
一通り、数字を打ち込み、立ち上がる。
「ん? 篠原、終わりか??」
「違います。コンビニで甘い物でも買ってきます。何かいります?」
「糖分ならなんでもいい」
「それじゃ、石岡さんは角砂糖ですね」
「酷っ! 先輩虐めカッコ悪い。まー任せる」
「了解です。八月一日さんは」
「私も一緒に行きます! 自分で選びたいので!!」
「そっか。なら、行こう」
「はいっ!」
財布を持ち新人さんを連れ、総務部を出て、エレベーターへ。
携帯を確認。メッセージあり。
『営業⇒契約☆⇒付き合いで飲み⇒現在、麻布十番⇒夕飯、食べられない…………⇒痩せちゃう⇒更に可愛くなる⇒けだもの雪継に視姦される⇒責任をとれーとれー!!!』
……お疲れのようだ。冤罪が甚だしい。けだものって。
俺は打ち返す。
『こっちも残業中。帰宅遅い。今は、コンビニへ甘い物を買いに行く途中。追記:痩せたら、身体の一部分から痩せるらしいな』
『し・ね・ば・い・い・の・に★ ばーかーばーかーばーぁぁぁぁかっ!!!』
携帯をそっと仕舞う。今晩は戸締りを厳重にしておこう。
八月一日さんが、話しかけて来る。
「篠原さん、この前のお休みの日のことなんですけど……」
「ん? ――あ~。ごめんね。彼氏さん、大丈夫だった?」
「彼氏じゃないですっ!」
「おお?」
いきなり、新人さんが大声を出した。少々、驚く。
八月一日さん自身も驚いたようで、挙動不審に。
「えと、その……あの子は、彼氏じゃなくて……お、弟なんです……」
「あ、弟さんだったのか」
長身でイケメンだった弟さんを思い出す。そして、目の前には可愛い新人さん。
世の中には、そういう姉弟もいるんだなぁ……。
一階に到着。軽口を叩く。
「休日に、二人で出かけるなんて仲良いんだね?」
「悪くはない、と思います。篠原さんはどうなんですか? 石岡さんが、妹さんがいるって……」
「ん? 俺?」
「は、はい」
外に出つつ、考える。
うちはなぁ……。
「良くもなければ、悪くもないんじゃないかな? 歳、少し離れてるしね」
「何歳違うんですか?」
「今、向こうは高校二年だから……八つ? かな。帰省する度に怒られるよ。『もっと、帰って来い! 長男としての自覚』云々ってね」
猛る猫属性な妹を思い出す。
『GW、帰って来ないの?』『帰って来るのは義務』『私、水族館に行きたいなー』『美味しい物も食べたいなー』とか延々とメッセージを送ってきていた。帰るつもりはないんだが。
そうこうしている内に、近くのコンビニに到着。
八月一日さんと一緒に、コンビニスイーツを物色する。
「わぁ……たくさんあるんですね」
「? もしかして、食べたことなかったり……?」
「あ、は、はい…………。その、家が、あんまり許してくれなくて……。学生時代も、そこまでは……」
「ほ~」
思った以上のお嬢様なのかもしれない。
今時、コンビニスイーツを食べたことない――……まぁ、俺も四月一日も、お菓子は買っても、弁当等々は買わないから同類なのかもしれん。
一人ならともかく、二人分なら作った方が安いし、美味い。
俺は最近、よく買うプリンを手に取る。
生クリームがのってて、ちょっと硬めのやつだ。柔らかいプリンも美味いが……今は、そういう気分じゃない。
石岡さんは……何時もの卵ドーナツで良いだろう。上等なドーナツやらワッフルを買っていったら、口に合わなそうだったし。
後は珈琲でも買って――八月一日さんがチーズケーキとモンブランを手に取り、真剣な表情でお悩み中。
手を伸ばし、どっちも回収。
「え? 篠原さん?」
「迷ったらどっちも買おう」
「え? ええ?」
さっさとレジへ持ち込み、お会計。
珈琲も三人分注文。差し出された、紙コップを二つ、八月一日さんへ渡す。
「珈琲、淹れておいて」
「あ、は、はいっ!」
大きな瞳をパチクリさせていた新人さんは大きく頷き、備え付けの珈琲メーカーを操作し始める。初々しい。
もう一台の珈琲メーカーに自分の紙コップをセットしていると、携帯が震えた。
『…………妖気を感じる! 雪継、気を付けて』
『そうか。俺はこれからプリンを食べる。そして、とっとと帰る』
『プリンもいいけどーわたしはーおにぎりがーたーべーたーいー……いー…………』
大分、お疲れのようだ。
今晩は茶漬け程度かな? と思っていたんだが。
「篠原さん、出来ましたっ! ……あと、その、あ、ありがとうございました」
八月一日さんが大袈裟に頭を下げて来る。
俺は手を振り、促す。
「別にいいから。後輩出来たら、奢ってやって。……あと、人目を気にしよう」
「あ……は、はい…………」
再び、携帯が震えた。
『やっぱり妖気! しかも、あざといっ!!』
……あいつ、ちゃんと帰って来れるんだろうか。
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