第12話 決戦は木曜日! 篠原君ちのビーフカレー 上

 週の折り返し、水曜日。

 定時で帰った俺は、家でカレーを作っていた。

 凝った点は何もなし。極々普通のカレーである。

 材料も至ってシンプル。

 ジャガイモ、人参、玉ねぎ。すりおろしたニンニクと生姜。ジャガイモと人参は茹でて、柔らかくしておく。

 肉だけはちょっとだけ奮発し牛肩肉のステーキ用。普段は安定の豚肉か鶏肉である。まぁ、今日は良いだろう。

 まず、肉を大き目にカット。底が深いフライパンに脂身で敷き、油を出す。

 そこへ肉を投入し焼き、焼き目がついたら、取り出しておき、残った油で延々と玉ねぎを強火で炒め続けること、かれこれ15分。

 そこへニンニクと生姜を入れ、煮詰め、更にトマトピューレを投入。

 強火のまま炒め、炒め……


「ん~こんなもんか?」


 飴色になったら火を止めて蓋。

 別のフライパンに小麦粉を入れ、中火で乾煎り。

 少しずつ小麦色になっていくのがちょっと楽しい。

 木べらを動かしていると、テーブルの上の携帯が震えた。

 ……が、今は無理である。焦げる。無視。

 小麦粉の乾煎りが終わったらカレー粉を投入。ここで火は弱火に。火が強いと香りが死ぬのだ。

 大体、2~3分で完成。

 それを先程の玉ねぎへ投入。これまた弱火。

 よく混ぜ終えたら、冷蔵庫を開け、普段は買わない高い牛乳――濃いやつを入れる。お値段、特売でも一本300円超である。怖い。

 それを混ぜ終えたら次は、さっき飲んだブラック珈琲を少々。更に、檸檬汁をほんの少し。

 再び、携帯が振動。今度は通話。スピーカーにする。


『出るのおーそーいー!!!!!』


 案の定、四月一日幸である。どうやら、外らしく喧騒が聞こえてくる。

 俺はカレーの味見をし、考える。少しだけ塩と、蜂蜜かな? 


「手が離せなくてなー。まぁ、ダイヤの壁を突破出来ない人には分からないだろうが……あれ? 回線が繋がってないな」

『なっ!? 抜け駆け禁止って、約束したのにっ!! 勝手にゲームしてるのっ!? 帰るっ! 今から帰るからっ!!』

「お前、明日のプレゼン会議、今からじゃね? 大口で、早くも上期の山場って聞いたが……。で、遅いんだろう? 夕飯は先食べてて、って言ったのは四月一日幸先輩だったと思うんですが、それは」

『…………雪継の意地悪っ! 女の子を虐めて喜ぶなんて……帰ったら、覚えておきなさいよ?』

「へーへー。なお、俺は先に美味い物を食べる」

『きー!!! 憎らしいぃぃぃ。……今なら、雪継を呪い殺せる――あ、別の電話入っちゃった。とにかく、帰りは遅いから! 先、食べててね!』


 通話が切れる。

 ……いや、遅くなってもうちで夕飯は食べるつもりか。そこは、直接、家に帰れ、と言いたい。言ったら、グーパン、しかも鳩尾なので言わんが。調理を再開。

 蜂蜜は結構、煮込まないとダメなので、弱火でコトコト。

 再度、味見し、大丈夫になったら、先程、炒めておいた肉。滲み出た肉汁も勿論、投入。次いで、ジャガイモ、人参。強火で一度、沸騰。その後、蓋をして弱火で再びコトコト。

 携帯を確認すると、メッセージ。


『帰宅は22時過ぎ。寝てたら襲――起こす。一人は寂しい。寂しいと死んじゃう。だって、ほら? 私ってば兎さんだし??』


 ……ストレスで頭がおかしくなったようだ。

 冷たく返信。


『兎じゃなくて、猫科だろうが? 一旦野生化すると、生態系を崩壊させるやつ』

『ひっどーいっ!!! 私、こんなにか弱い女の子なのに……』

『か弱い女は、売上十数億とかやらない。今回の取ったら、記録更新もあるだろ? あと、俺は兎よりも猫が好きです』

『あ、なになに? もしかして~プロポーズ??? 私、左手の薬指空いてるよ? でもなぁ~。私の方が稼ぐからなぁ~』

『…………夕飯は塩むすびだけとなります。悪しからず、ご了承ください』

『雪継のいじわるー。るー。会議ー。この案件取ったら、美味しい物、食べに行こっ!』

『明後日、ピザだからなー。まぁ、頑張れ』

『うん!!!』


 メッセージが途切れた。あれで、仕事は恐ろしく出来るのだ。

 蓋を開け、カレーを確認。なべ底と縁の焦げをこそぎ落とし、更にグツグツ。

 味見……もうちょい、コクだな。

 冷蔵庫からバターを取り出し、大きめの欠片を投入。

 溶けたら火を止め、完成。

 余熱を取っている間に、後片付け。バレると五月蠅いのだ。

 鎮座する文明の利器――四月一日が買った食洗器に諸々を投入。一度知ったら戻れない。俺は、俺は……堕落しちまった……。

 鍋から、タッパーへカレーを移し冷蔵庫へ。カレーは一晩寝かして美味くなる食べ物なのだ。

 ただし、このままだと四月一日が開けた際、すぐに発覚してしまうので、ビールや何やらで隠蔽工作。明日、商談が上手くいった後に食べさせてやろう。

 今回はやけに気合が入っていたし、あいつがここぞの勝負事で負けるとも思えない。また、社長賞貰うかもしれん。右肩上がりで年収も伸びてるしなぁ……。引き抜きとかありそうだ。むしろ、独立かな? いい加減、俺に給与明細見せるのは止めてほしいが。

 そんなことをつらつらと考えながら、全部の作業を終えた俺は料理本を取り出す。今日の夕飯を考えねば。

 時刻は――19時過ぎか。

 とりあえず、米を研ぎ始める。

 明日は四月一日の好物であるビーフカレー。

 

 ――今晩は、簡単に炒飯と卵スープで良いか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る