第13話 決戦は木曜日! 篠原君ちのビーフカレー。目玉焼き付き 下

 翌日、木曜日夕方。定時はとうに過ぎている。

 俺は少々焦っていた。

 目の前の椅子から、キーボードを猛然と叩く音。そして、余裕のない声。


「篠原ー! いけるか? いけそうか!?」

「もうちょいです」

「ったくっ! いきなり『明日の執行役員会用の損益資料を作れ』だなんて……専務は無駄な紙資料が好きなこってっ! タブレットにすればいいものをっ!! 部長も受けてくんなよっ。紙は減らせっ!!!!!」

「……石岡さん、声が大きいです。社長に聞こえます。八月一日さん、お疲れ。先、帰っていいよ」

「え、で、でも……」


 俺は手を止め、隣の席で手持ち無沙汰にしている新人さんを促す。

 苦笑し、向き直る。


「いいから、いいから。帰れる内が華だよ。何れ、君もこうなる」

「は、はぁ……それじゃ、失礼します」


 八月一日さんは立ち上がり、深々と頭を下げ退室。いい子だ。

 石岡さんがPC脇から顔を出し、俺を茶化す。


「……し~のはらぁ、幾らあの子が可愛いからって、配属した直後の新人に手を出すのは止めろよ、おい。ただでさえ、お前は四月一日大明神と仲が良い、って言われてるんだからよぉぉ。さっちゃんに殺されるぞ? というか、うちの東京支店の営業部員にも殺されるぞ?? 『貴様! うちの大エースを差し置いて、他の女に手を出すとは、何事かっ!!』ってな」

「…………どうして、そうなるんですか。こっち、数字、入れ終わりますよ? 終わったら、俺は石岡さんを見捨てて帰りますからね」

「なっ! おいおい、待てよ。俺とお前の仲だろうがぁ。あ、今晩こそは、一杯付き合えよ。な! な!!」

「今晩は駄目です」


 冷たく言い放ち、数字入力を継続。

 もう一つの画面には、各社員のスケジュール。

 四月一日の欄には


『決戦! 賞与額を増やす一戦ぞ!! 応援、よろしくっ!!! ⇒ 我・大・勝・利!!!!!』


 色が変わり、スケジュールは終了済。かつ退社。

 まずい。いや、別にまずくはないが、まずい。

 高速で入力を継続。

 ……商談が上手くいった場合、あいつは基本的にまっすぐ帰宅する。外食はしない。少なくとも、俺が入社して以降、そういうことをした記憶はない。

 そして――携帯が震えた。

 片手で入力を継続しつつ、確認。


『きーたーくー。雪継、遅くなりそう?』

『……どうして、最初から、俺の家に『帰宅』している。まずは、自分の家に帰れっ!』

『えーめんどい。お風呂沸かしとくね~。ケーキも買ってきたっ! なので、早く帰って来るべしっ! べしべしっ!! そして、わたしをほめたたえるべしっ!!!』

『…………善処する。夕飯は』


 そこまでで、メッセージを送り、考える。

 ……カレーのこと言うか?

 すると、四月一日から写真。そこには、白い皿とスプーン。

 バレてる……だとっ!?!!


『待ってるねっ! ねっ!!』

 

 ……俺は額を押さえ、携帯を仕舞い、PCに向き直る。

 まぁ、頑張るとしようか。


※※※


 夜20時過ぎ。

 ようやく、帰宅。

 中からは香辛料の良い匂い。……ぐぅ。

 何でもないふりをして、中へ。

 人をダメにするソファーに埋もれながら、スウェット眼鏡な四月一日がゲーム中。

 キッチンのコンロには白鍋。

 四月一日は俺へ顔も向けずに一言。


「お~か~え~ああっ!? 駄目っ!!! 止めてっ!!! こ、こんな銃じゃ、戦え、きゃんっ!」

「……所詮、お前はマスターになれない者よ……」

「うるさいぃぃ! ――よっと。おかえり~」


 四月一日が起き上がり、笑顔。 

 俺はスーツを脱ぎながら、返答。


「……ただいま。先、食ってて良かったのに」

「いえいえ。篠原雪継君が、わざわざ、私、四月一日幸の為に、カレーを作ってくれたのに、先に食べるなんて~ね☆」

「…………何時、気付いた?」


 ネクタイを緩めようとすると、四月一日の細い手が伸びてきた。

 そのまま、器用にネクタイを取られ、スーツも奪われる。

 ハンガーにスーツとネクタイをかけながら、大エース様はニヤニヤ。


「昨日、冷蔵庫開けた時! もう、誤魔化すの大変だったよ。雪継、もう少し上手く隠さないとぉ♪ 私が、商談失敗してたらどうするつもりだったの?」

「…………お前は、ここぞ! で失敗はしないだろ? 高校時代から」

「――……そんなことないんだけどなぁ。…………高校時代は、失敗したし」

「? 後半、何て言った??」


 尋ね返すと、四月一日は鳴らない口笛を吹いた。


「え~なんでも~な~い。さ、早く、食べようよ。着替えて、着替えて! はい、これ」

「? おう――……って、平然と俺の着替えを渡してくるなっ!」

「? 何で?? そこは褒めてくれるところだと思う!」


 四月一日がない胸を張った。

 こ、こいつ……。

 仕方なく受け取り、洗面台へ。まぁ、従っておくとしよう。



 着替え、そのままキッチンへ。

 四月一日は黒猫エプロンを着け、フライパンで何かを焼いている。

 俺は椅子にかけてある白猫エプロンを身に着け、覗き込む。


「――目玉焼きか」

「うん♪ 雪継、カレーつけて~」

「ほいよ」


 炊飯器を開け、炊き立てのご飯をよそい、十分温まっている白鍋のビーフカレーを多めにかける。それを二皿分。

 すると、横からフライ返しに載った二玉目玉焼き。純粋に美味そう。

 四月一日が嬉しそうに、はしゃぐ。


「雪継のカレー、美味しいよねぇ♪ 私が大きな商談取ると、牛肉になるのも好き。大好き♪ ――わざわざ、作ってくれてありがとう」

「……大エース様の働き如何で、俺の賞与額も増減するからな」

「そういうことに、しといてあげる」

「…………」


 四月一日がニヤニヤ、ニヤニヤ、ニヤニヤ。うぜぇ。

 俺は皿をテーブルへ運び、促す。


「ほ、ほら、とっとと食べようぜ」

「うん♪ ケーキも後で食べようね~。雪継が好きなチーズケーキ、買ってきたから☆」   

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