第11話 新人配属日の隠れ家イタリアン トマトのパスタ。デザートはアフォガードとパンナコッタ 下
ここの店の野菜は美味い。あと、珍しい物が多い。
店長さんに聞いたところ、毎朝、鎌倉から直送されてくるそうだ。新鮮な野菜は本当に美味しい。
パンを千切りながら、八月一日さんを慰める。
「あんまり気にすることはないよ。誰しもが通る道だから。俺も、最初は固定電話出るの緊張したし」
「篠原さんも、ですか?」
「うん。最初の一週間は憂鬱だったなぁ……」
新人時代を思い出し苦笑する。
あの頃、電話に出て、頓珍漢な対応してしまった相手の人達には時折、笑われながら褒められる。『あの緊張してた子がこんな風に育つんだものねぇ……篠原君は、いい子だわぁ』。恥ずかしいような嬉しいような。
俺は、八月一日さんへアドバイスをする。
「とりあえず、アナログかもしれないけれど、一枚、定型文のメモ紙を横に置いておくだけで随分と変わるよ。結局は慣れだから。あと、社長宛の電話は自分で判断しない方が良いね。繋いじゃいけない電話もあるから。これも、慣れて来ると分かるようになるよ。中には、会社名を名乗らない人も結構いるし」
「……なるほど。勉強になります!」
「篠原君が先輩風を吹かしてるのは、変だねー」
四月一日が茶化してくる。うぜぇ。
……新人時代、此奴に習ったことを教えることになろうとは。人生。
少しばかり、黄昏ていると店員さんがパスタを運んで来てくれた。
「お待たせしました。トマトのパスタとボンゴレです」
「わぁぁぁ……美味しそう♪」
八月一日さんが目を輝かせる。
たくさんのアサリと白ワインの香り。これも美味いんだよなぁ。
まぁ、今は――俺と四月一日の前に置かれたのはシンプルなトマトのパスタ。
大エース様がニヤニヤ。
「篠原君、幾ら、私を尊敬しているからって、真似することないのに」
「……偶々ですよ。偶々」
本当にうぜぇ。
基本的に、好物が似通っているので、同じ物を注文する確率も上がってしまうのだ。なお、二人で来る時はシェアするのが基本路線なので、別々な物を頼む。
閑話休題。
俺は八月一日さんを促す。
「さ、食べて食べて。ここのパスタは本当に美味しいからね」
「はい!」
つい一ヶ月前まで大学生だった女の子が、フォークとスプーンを使いボンゴレを食べ始める。……育ちの良さが分かるな。
次いで目の前の四月一日も上品に食べ始めた。こいつもまた、結構な御家柄のお嬢なのだ。高校時代、何度か行って驚いた記憶がある。
この中で唯一、ド平民の息子である俺はフォークのみ。所詮、野郎である。
――相変わらず美味い。
トマトにベーコン。玉ねぎとオリーブだけ。
けれども美味い。
この味は、家じゃ出せないんだよなぁ。
いきなり、四月一日が紙エプロンを手に取り、俺の口元へ差し出してきた。
「篠原君、口、汚れてる」
「あ……す、すいません」
「まったく、後輩の前なのに! 八月一日さんはこういう男に引っかかっちゃダメよ? 大変だから」
「え? あ、はぁ……」
「…………」
再びニヤニヤする大エース様。
こ、こいつ……配属日初日で、俺の先輩としての威厳を殺すつもりかよ!?
今日の四月一日幸は本当にうぜぇ。今晩、覚えてやがれ。
……そう言えば、この二人、名前同じなのな。
※※※
食事を食べ終えると、お楽しみのデザートが運ばれてきた。
八月一日さんはティラミスを見て歓声。
「わぁ、わぁ! 可愛い♪」
幼く見えて、ちょっと可愛――視線。
目の前で四月一日が、珈琲にミルクを入れながら微笑んでいる。
……少しばかり、不機嫌な御様子。何でだ??
俺は怯みつつ、アイスクリームが鎮座している硝子の器へ、珈琲――店長さんが暗黙の了解でエスプレッソにしてくれたものを注ぐ。
八月一日さんが、聞いてきた。
「篠原さん、それって」
「ん? アフォガードだよ。俺は何時もこれ」
スプーンをすくい、一口。
――苦味と甘みが混ざって、大変よろしい。
四月一日が小皿に、苺のソースがかかっているパンナコッタを切り、無言で差し出してきた。
少しだけ、アフォガードの器を前へ。
四月一日がスプーンで一口。俺もパンナコッタを試食。
「ん、美味しい」
「苺のソースもありだな……ですね」
「…………あの、御二人って、お付き合いされてるんですか?」
口調が砕けてしまう。四月一日はお澄まし顔。
八月一日さんがおずおず、と尋ねてきた。
俺は肩を竦め、アフォガードを食べ進める。
「まさかまさか。高校の同級生なんだ。……社内では先輩で、偉い人だけどね」
「私は高校卒業してすぐに働き始めたから。学生時代の恥ずかしい話をたくさん知っているの」
「……おい、それは俺にも言えるんだからな?」
「私、恥ずかしい話なんてないもの。篠原君が先輩に告白して玉砕、カラオケに付き合った話とかする?」
「…………八月一日さん、気を付けて。こいつ、想像以上に性格悪いから。外見に騙されないようにね」
「あら? 外見は綺麗だって、認めてくれるの? 篠原君、そういうことは、しっかりと言ってほしいわね」
「え、えーっと……」
新人さんな女の子が困った顔になる。
……まったく、こいつは。
俺はアフォガートを食べ終え、席を立つ。
「ちょっとお手洗い」
二人へ声をかけ、階段を降りる。ようやく、ランチの客が引き始めたようだ。
店長さんへ挨拶。
「御馳走様でした。今日も美味しかったです。お勘定、お願いします。相席になった奴の分もまとめて払います。知り合いなんで」
「はい。四月一日さんですよね? 珍しい苗字なので覚えています」
「今度の子は、八月一日で、『ほずみ』さんです」
「それはまた」
支払いをしつつ、携帯へメッセージを送る。
『払っといた。外で待ってるわ』
『りょーかい。金曜日夜の予約もしといてー。ピザ、食べたくなった!』
『ほいよ』
俺もそう思っていたので、あっさりと了承。
店長さんへお願いする。
「今週、金曜日の夜の予約って――大丈夫ですかね?」
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