第9話 日曜日夜 キツネ色の揚げたてコロッケ。デザートはプリン

「さぁ……篠原君、急いで始めてちょうだい!」

「……四月一日幸さんや、質問していいかな?」

「手短にね! ――う~ん、もうちょっと、お味噌かな? 雪継取ってー」

「……ほい」


 隣で豚汁を作っている黒猫エプロン姿の四月一日に親父手製の味噌が入った瓶を渡す。……あの人、ほんと何でも作るんだよな。パンと肉まんも売り物レベルになってきたし。

 四月一日がない胸を張る。


「うん! 豚汁は完成! 美味しく出来た。さて、私はキャベツを切るね! 雪継はコロッケを揚げるんだよっ! キツネ色ね、キツネ色☆」

「…………一個500円の高級コロッケにするんじゃなかったのかよっ!?」


 溜め息を吐きつつ、早くもキャベツを真っ二つにしている四月一日へジト目。

 対して、営業部隊の大エース様は再び胸を張り、満面の笑み。


「いざ、買う段階になって……ひ・る・ん・だ! コロッケに一個500円はちょっと……雪継の奢りなら食べてもいい! だけど、私の頭はもう今日の夕飯はコロッケ一色! コロッケ無しには寝られない。明日もお休みだし、寝ないでホラーゲームをしたくなっちゃう。……雪継、今晩は寝かせない★」

「当然の如く、俺の部屋でゲームをしようとするなっ! ……ったく」


 パン粉を鍋に落とし、広がり具合を確認。そろそろいいかな?

 トレイの上に成型されて鎮座しているコロッケの種。

 それを取って、卵・小麦粉・水を混ぜておいた液に潜らせ、パン粉の海へ。

 しっかりとつけ、油へ投入。いい音だ。

 早くもキャベツの千切りを終え、ボウルに張った水へ移し終えた四月一日が背中越しに覗き込む。


「キツネ色! キツネ色! ひゃんっ!」


 二個目、三個目、四個目の投入に驚き、隠れる。

 四月一日は揚げ物が苦手なのだ。小さい頃に火傷して以来、どうにもダメらしい。

 けれども、揚げ物は美味しい。

 なので――うちで揚げ物をする時は、俺が揚げ物。四月一日がその他担当となる。

 いやまぁ、下準備までは一緒にするのだが。

 投入して約1分間後にひっくり返す。


「そろそろ、準備なー」

「了解っ~」


 四月一日が、炊飯器を開け炊き立てお茶碗にご飯。

 普段の物より、ちょっと大きめのお椀に具沢山の豚汁。

 白の大皿にキャベツを山盛り。

 俺はコロッケを油から取り出し、油をしっかり切る。

 ――うん、キツネ色だわな。


「ほい、皿ー」

「は~い」


 四月一日が差し出してきた皿にコロッケを置く。美味そう。

 「揚げれば~コロッケだよ~♪」懐かしいアニソンを歌うな。ただし、音程が違うぞ?

 俺は、しっかりとパン粉の揚げ滓を取り、まだあるコロッケの種を油へ。いい音が響く。

 揚がっていくコロッケを見つつ、声をかける。


「先、食ってていいぞー」

「うん~」


 四月一日の声。

 けれども、椅子に座る音はしない。

 四個のコロッケをひっくり返し、降り返る。


「どうした? 揚げたての内に――熱っ!」


 四月一日がコロッケを箸でかいて、俺に食べさせた。

 熱っ、熱っ。でも、美味し。

 大エース様も、ぱくり。


「ん~~~~♪ 衣がサクサク! 玉ねぎ、をしっかり炒めて正解!」

「だな~。ほれ、追加だ。食べろ、食べろ」

「わ~い♪」


 更に一個ずつ皿へ。残りは足りなかったらだな。明日、コロッケサンドにしてもいいし。

 コンロの火を止め、パン粉の揚げ滓を再度回収。

 椅子に座り、俺を待っている四月一日の前に着席。

 手を合わせる。


「いただきます」「いっただきまーす♪」


 小判型のコロッケをかき、一口。美味し。

 豚汁の椀を取り、啜る。


「あ~豚汁って……美味いよなぁ……」

「ね~。まぁ、何しろ、ほら? 愛情が入ってるしね?」

「…………今度は500円のコロッケ、買わすからな?」

「え~。私は」


 四月一日が何の変哲もないコロッケを口に頬張る。

 心から幸せそうな笑顔。


「雪継のコロッケの方がいいなぁ~」

「……四月一日幸さんや。お互い、付き合いが長いんだ。お前のあざとい笑顔に騙される俺ではないのだが?」

「くっ! 可愛くない、後輩君めぇぇ!」


 ……不覚にも、嬉しくなったことは言わん!

 何でもない会話が続く。


「明日はどうしよっか? 私、コロッケサンドが食べたいっ!」

「あ~……どうせなら、外で食べるか。近場の公園で。桜も散ったし、花見客も少ないだろうし」

「魔法瓶を持って?」

「中身はほうじ茶な」

「賛成!」


 ――食べ終えると、四月一日が先に席を立った。

 シンクに洗い物を置き、やかんにミネラルウォーターを入れ、沸かし始める。

 冷蔵庫を開け、白い箱を取り出す。


「ふっふっふっ~♪ プリンが私を呼んでいる~♪ 限定のプレミアムプリンは私のもの~♪」

「……おい、待て、貴様」

「ま~た~な~い★」


 慣れた手つきで四月一日が紅茶の準備を進めていく。

 俺も食べ終え、洗い物をシンクへ。


「篠原雪継君」

「ん?」

「私…………食洗器が欲しいです!」

「……篠原家に、その文化はありません」

「四月一日家にはあります! と言うか――じゃーん!」


 四月一日が携帯の画面を見せてきた。

 …………おう?


「もう、買っちゃ――……どったの??」

「あ~……いやだな……。――……何で、俺が料理している後ろ姿?」

「? ! !! ち、違っ! こ、これはその、あの……」


 丁度、やかんが沸いた。

 四月一日は無言のまま、やかんを取り、ポットへ。

 ――この後、俺達は何とも言えない雰囲気のまま、紅茶を飲み、プリンを食べた。

 時折、こういう不意打ちをするのはズルいと思うのだ。  

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