第7話 日曜日朝 ふわふわホットケーキ
日曜日の朝。
普段通りの六時半に目が覚めた俺は、ふと思った。
『今朝はホットケーキを作ろう。バターたっぷり+蜂蜜も贅沢に!』
欠伸をしベッドから起き上がる。
リビングには未だ鎮座している炬燵。四月だし、そろそろ仕舞う時期かな?
問題は隣に住む同僚が激しく抵抗するだろうこと。
自分の家に設置すれば良いものを……昨年の秋口、こうのたまいやがったのだ。
『私、週の内、最低でも四日間は雪継の家で夕飯食べてるんだよ? つまり、こっちに設置した方が効率的じゃない!』
……気が迷った自分を恥じたい。
洗面台で顔を洗い、歯を磨いて、着替える。気楽なトレーナーとジャージだ。
キッチンへ戻り、白猫のエプロンを装着。
冷蔵庫と戸棚を物色する。
卵……OK。
しかも、『オムレツが食べたいぃ~食べたいぃ~食べたいぃぃ~』と駄々をこねまくり、一緒にデパートの物産展まで行き買ってきた赤玉様。
バタ―……OK。
これまた物産展で買った物。昨晩のオムレツは我ながら会心の出来だった。
ホットケーキミックス……OK。
ちょっとお高い、都内某有名ホテルの~と謳っているやつだ。
なお、一袋しかない。
蜂蜜もあるし…………おお? 美味い牛乳がない、だと?
……そうか。
昨晩、二人でFPSゲームやりながら飲んだホットミルクで尽きたのか。
俺は冷蔵庫を閉め、財布と携帯を取る。
この時間でもコンビニは空いている。素晴らしきかな、文明社会。
――携帯が震えた。珍しく電話だ。
無視するも震え続ける。……途切れた。よしよし。
エプロンを脱いで置き、そーっと、マンションの玄関を開ける。
「……あ」「――あ?」
ほぼ同じタイミングで玄関から出て来る四月一日幸と目が合った。
眼鏡をかけ、髪をまとめ、スェット姿。当然の如く、化粧はしていない。
四月一日は、つつつ、と近づき、俺へジト目。
まだ早朝なので小声での詰問。
「……篠原雪継く~ん? 私に隠し事してない?」
「…………おはようございます。四月一日幸先輩。いいえ、何も。……何も」
「――……怪しい。コンビニ?」
「そうだけど」
「私も行くー」
当然の如く着いて来る。瞳は追跡者のそれ。
くっ……まずい流れだ。
ホットケーキミックスは一袋しかなかった。このままでは……。
そのまま並んでエレベーターに乗り込む。
差し障りのない話を……。
「あ~……そ、そう言えば」
「うん~?」
「ほ、ほら? お前、新人さん達の研修しただろ? うちに配属予定の
「……うん。それが良いと思うよ」
いきなり、空気が重たくなった。
こういう時のこいつは本気で不機嫌になる一歩手前。
見えている地雷を踏むことはない。
理由は全く分からないものの、触らぬ神に祟りなし。桑原桑原。
一階に到着。
うん。とっととミッションをこなして、ふわふわホットケーキを焼かねば!
俺が決意した直後――四月一日は直球を、ど真ん中へ投げ込んできた。
「で? 雪継、今朝は何を食べるつもりなの??」
「ん? ホットケーキ――……ま、待て」
「ホットケーキかぁ。いいね! 決定!」
「ざ、材料は一人分しかないってのっ!」
「大丈夫! こういうこともあろうかと――この前、一緒に行った物産展で、買っておいたからっ! あと、私、焼くの上手いよ? 知ってるでしょ??」
「………………」
確かにこいつの焼くホットケーキは妙に美味い。
同じ材料を使っているのに、何故かやたらと美味くなるのだ。
……まぁ、仕方ない、か。
葛藤の末、俺は申し出を受諾。
「……分かっ、た……」
「よろしい! あ、どうせなら、お父さんのベーコンも焼こうよ! カリカリベーコン!」
「いいなー。他は?」
「んーとねぇ……」
四月一日が小首を傾げて、真剣に考え始める。
マンションの入り口を出て、歩き始めても未だ考え中。
前方から自転車がやって来るのが見えた。
腕を引き、俺の方へ寄らせる。注意。
「あ……」
「あぶねーって」
「う、うん。ごめん……」
変な空気になった。
頬を掻き、早口で提案。
「ホットケーキはお前が焼いてくれ。俺は玉ねぎ炒めて簡単にコンソメスープでも作るわ。最後に」
「カリカリベーコン! 決定、だね?」
四月一日も笑い、何時もの調子に戻る。
……まー変な関係なのは自覚しているのだ。
高校時代は一番親しかった。
けれど、お互い彼氏彼女もいて、俺が大学に進んで以降は疎遠に。
こうして、同じ会社に入社して、何だかんだ仲良くやっているのは――奇跡みたいなもんだ。口には絶対しないが。
でも……
「イヤ、じゃないんだよなぁ……」
「? ん~? 雪継、今、何か言った??」
「――……朝飯、食べた後、どうすっかなーって」
「え~。まだ、食べてもないのに?? 相変わらず変な人! 高校時代から、全然変わってないねー」
「いや、そりゃお前もだろーが?」
「ちっちっちっ。甘い、甘いよ、篠原雪継君」
四月一日が指を動かし、その場で一回転。
無い胸を張る。……いや、ほんとまるで育たなかったんだなぁ。
「私は、とっ~ても綺麗になった! でしょう? でしょう??」
「……コメントは差し控えさせていただきます。あと、こっち見んな。痛い人だと思われる」
「なかまが~ほしい~よぉ~。さびしぃよぉ~。あ、後でゾンビゲーをやろっ! 最初、銃装備してなくて、あわあわ、して雪継が死んだやつ!」
そんな記憶はとうに捨てたっ!
――なお、ホットケーキは美味かった。
たっぷりのバターと蜂蜜がかかったふわふわホットケーキは人をダメにする。
秘訣は何か? と聞いたところ、四月一日はニヤニヤしながら即答。
『決まってるじゃない♪ 愛だよ、愛☆ あ、私、食べたいコロッケがあったんだよねぇ~。一個、五百円とかするやつ★』
買いませんっ!
あと、俺への愛情……随分と安いんじゃね!?
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