第6話 月末、偶には外食のピリカラ麻婆豆腐&エビのチリソース 下

「入出金、全部締まりました。四月一日が持ってきた小切手は明日、資金化しますね」

「おう! お疲れ。どうだ? 篠原。一杯、行くか??」


 石岡さんが御猪口を掲げる振りをする。

 俺はPCで退勤を押し、シャットダウン。

 コートを着つつ返答。


「すいません、今晩は予定ありです」

「何だよ、デートか??」

「残念ながら、相手がいません……」

「野郎かよ。分かった、分かった。とっとと帰りやがれ」

「あはは……失礼します」


 答えず、総務部を出る。

 社内で、俺と四月一日が高校時代の同級生だと知ってる人はいない。

 精々同い年で、時折、仕事関連で話をしている程度の関係――と思われている。

 まぁ、別に『同級生』と話しても構わないんだが、色々聞かれるのも面倒だしなぁ。

 そんなことを思いながら携帯を確認。現在時刻は十九時過ぎ。メッセージあり。

 どうやら、四月一日は既に店らしい。


『まーだー? おーなーかーが減ったぁぁぁぁ』

『今、出る。……あれ? 誰のせいだろうな?』

『…………はい。わたしのせいです。ごめんなさい。揚げ団子を献上するので許してください』

『誠意を見せて欲しい』

『くっ……雪継が可愛くないっ! 新入社員の頃はあんなに可愛く――……可愛く――……可愛かったっけ……? 一年目から、社長に損益の説明してた記憶しかないんだけど……』

『止めろ。傷口が開くだろうが。これは、もう麻婆豆腐だけでは済まされない……』


 バカなやり取りをしながら、ビルの一階へ。

 入口では新人さん達が数名、集まっていた。この時間まで研修だったのだろう。

 うちの会社は男女をほぼ同数取るので、新人さん達も半々だ。

 一応、先輩として声をかける。


「お疲れ様。研修はどうだった?」

「お疲れ様です!」「きつかったです」「四月一日さんが凄かった……」「簡単なペーパーなのに、頭を使い過ぎて痛くなりました」「篠原さん、私達、これからご飯を食べに行くんですけど? 一緒に如何ですか?」


 総務部配属予定の女の子――八月一日ほずみさんが俺に話しかけてきた。

 気遣いが出来る子なのだろう。後で四月一日にも印象を聞いておこう。

 俺はやんわりと断る。


「怖い先輩がいちゃ、美味い飯も美味しくなくなるんじゃないかな? 研修はまだ続くけど、適度に頑張って」

『はい!』


 ……これが若さか。

 携帯が震える。おっと、いかん。待たせ過ぎると、先に食べ始めそうだ。

 俺は新入社員達へ軽く手を振る。


「それじゃ、お疲れ様。この辺、美味しい店も多いから、探してみるといいよ。……ただし、少しお高いから気を付けて」


※※※


 今晩のお目当ての中華屋はいりくんだ路地奥に佇む、建物の二階にある。

 階段を登っていき、顔見知りの女性店長さんと挨拶。


「こんばんは。待ち合わせなんですけど」

「こんばんは! あ、はーい。お待ちですよ! どうぞ」


 案内されて店内へ。

 相変わらず小綺麗。所謂、街の中華屋みたいに油を感じないし、調度品もセンスがいい。

 奥のソファーに腰かけていた四月一日が手を振った。


「やっと来たー! もう、適当に頼んじゃった!」

「頼んだ物を聞こうか。あ、俺、温かい紹興酒で」

「私も! ロックでお願いしまーす」

「はーい」


 女性店長さんへ注文。

 コートを脱ぎ、四月一日の向かい側のへ席へ腰かける。

 すると、すぐさまメニューが差し出された。


「とりあえず、麻婆豆腐とご飯。あと、卵スープは頼んどいた!」

「まぁ良し。及第点――と、言いたいところだが」

「だが?」

「お待たせしましたー。紹興酒です」


 店長さんが紹興酒を運んで来てくれた。御通しは焼き豚が数切れ。

 会釈をし、料理を注文。


「エビのチリソースと、あと酢豚をください」

「はい」

「あと、食後に杏仁豆腐と揚げ団子もください!」

「はい。その際は温かいジャスミン茶を御出ししましょうか?」

「あ、嬉しいかも。雪継もいいよね?」

「お願いします」


 注文を終え、紹興酒がなみなみ注がれたグラスを手に取る。

 お互いのグラスをぶつけ合う。


「お疲れ」「お疲れ様ー」


 焼き豚をつまみに飲みながら、四月一日と話す。

 毎晩のように話しているから話題がない――という事態にはならないんだよなぁ。


「――とりあえず、お前は俺の部屋でゲームをし過ぎだ。大体、俺より早くダイヤに辿り着くとは……こいつは、裁判ものだぞ?」

「あらあらぁ? 自分が下手なのを私のせいにするのぉ? まだ、プラチナの、ゆ・き・つ・ぐさん♪」

「うぜぇ」

「ふっはっはっはっー。ゲームが上手い私こそが偉いのだー! あ、そういえばさー」

「うん?」


 四月一日が自分の鞄をごそごそ。

 高い鞄だろうに、黒猫のキーホルダーがついている。

 封筒を取り出し、俺に見せつけた。


「じゃーん! プロ野球のチケット、さっき集金しに行った社長さんから貰っちゃった♪ すっごく、良い席だよ!! バックネット裏!!!」

「ほ、ほぉ……」


 俺は戦況不利を直感し、焼き豚をつまみ、紹興酒をあおる。

 目の前の四月一日はニヤニヤ。


「これ、どうしようかな~。誰と行こうかな~。ね? 雪継はどうしたら良いと思う??」

「うぐっ……お、お前分かっていて言ってるな?」

「勿論♪ でもなー。世の中は等価交換だしなー」

「…………なら」

「お待たせしましたー」


 店長さんが料理を運んで来た。

 山椒の独特なツン、とくる匂いと、チリソースの良い香りが食欲を掻き立てる。

 俺は四月一日と顔を見合わせ、厳かに頷きあう。


「――……話は食べた後だ!」

「――……うん。食べよう!」


 ――ピリカラ麻婆豆腐とこれまた辛いエビチリ。あとほんのり甘い酢豚に白米の美味いこと、美味いこと。

 その日の晩は随分と遅くまで、食べて、飲んでしまった。

 あ、勿論、食後に杏仁豆腐と揚げ団子もいただいた。満足満足。

 

 ……あれ? 

 

 何か、聞きそびれたような??

 考え込んでいると俺の腕をがっちりと拘束しながら歩く四月一日が元気に話しかけてくる。


「雪継ー。野球観に行く時は、何を持ってこうか?」

「そうだなぁ……取り合えず帰りながら考えようぜ」

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