第5話 月末、偶には外食のピリカラ麻婆豆腐 上

「篠原ーそっちの数字と入出金……どうだ……??」


 目の前の席でパソコンの画面を睨みながら、石岡さんが話しかけてきた。声には隠しようもない疲労感。当然か。

 何せ、今は四月末の時刻は定時過ぎ。

 昨年度本決算の最終作業+日常経理作業の月次〆中。

 かつ、俺の場合は会社全体の資金繰りもある。

 ……いや、入社してまだ三年目の人間を資金繰り担当にさせるな! と内心、思うけれども、残念ながら事実。

 まぁ得難い経験なのは間違いない。

 手形割引やら、ファクタリングやら、億単位の小切手やら、この部署に来なかったらまず触らないし。

 俺はモニターの各銀行預金残を再確認。


「――資金繰りは予定通りです。小口の入金が多かった位ですね。各預金残高固まりました。こっちで入れられる本決算の二次仕訳も全部入れましたし、消費税計算も済みです。さっき、部長へ各資料は送付しました。最後の決算仕訳が入っても、今期の計画利益は大幅増で落ち着くんじゃないかと」

「ひゅ~。相変わらず、仕事がはぇぇな」


 石岡さんが口笛を吹く真似をして、ニヤリ。周囲にいる経理担当のおばさん達もニコニコ。

 俺は少しばかり気恥ずかしくなり、立ち上がる。


「もうないと思いますが、集金ないか営業部に確認してきます」

「おーう。確かに四月一日ちゃん辺りが隠し持ってる可能性はあるな。あの子、一回、忘れてて夕方に持ってきたことあったし。数百万の小切手やら、数千万の手形。大エース様も人の子ってことだわなぁ」

「…………恐ろしいことを言わないでください」


 気軽に言ってくる石岡さんへ嘆息しつつも『まぁ、ないわな』と思う。

 PC上であいつの売上は週の頭に確認しているし、今月の集金は全部振り込みだった。突発的な仕事がなければ、だが。

 ……あと、本人にも五月蠅く言ってあるし。


※※※


 うちの会社は都内一等地に自社ビルを構えている。

 勿論、最新の高層ビルではなく築十数年の八階建てのビルだ。

 本店組織と総務部は八階。東京支店営業部は七階。他の階はテナントに貸している。なお、俺は何気に不動産管理までやらされている。まー総務ってそういうものなのだろう。

 七階へ降り、支店へ。

 見知った人達と挨拶と雑談。何だかんだ、支店の人達ともよく喋る方ではある。

 内線で済ませても良いのだけれども……顔を合わして話すのも悪くない。

 各営業に集金はないかを確認。

 今まで散々言ってきたので皆、きちんとしている。よしよし。

 ――四月一日幸は席にいない。

 ホワイトボードには『PM:新人研修。鬼軍曹に私はなるっ!』と書いてある。

 ……まだ、やってるのか。もう終わっても良い時間だろうに。

 東京支店長に見つかり「決算、どうだ! 昨期は儲かったぞ! 俺の給料上げてくれっ!」と絡まれていると、四月一日が入って来た。新人さん達はいない。おそらく、息抜きで飲み物でも買いに行ったのだろう。

 スーツ姿で髪を結び、如何にも『私、仕事出来るので』風。困ったことに、『風』ではなく本気で仕事が出来るのだから、どうしたものか。

 

 ――視線が交錯した。


 そのまま、四月一日は支店長席へ。

 横から顔を覗かせる。


「支店長ー。篠原君は私のなんですよ? 勝手に遊ばないでください」

「おーそうか、そうか! それじゃ返す。篠原、また、飲みに行こう」

「はい、是非」


 支店長からの解放。良い人なのだ。

 俺は四月一日に集金を尋ねようとし――奴の目線は『話がある』。

 ……ほぉ?

 そのまま、空いている打ち合わせルームへ。

 向かい合って座り、ぞんざいに尋ねる。


「で――何だ? 未集金じゃないよな?」

「…………今晩は、少し、遅くなりそう」

「研修で?」

「…………し、集金で」

「……四月一日幸さんや」

「ま、待ってっ! わ、分かってるっ! 『どんなに売上を上げようが、集金が出来ない営業はお話にならない。問題外。会社を潰す』。雪継に散々、散々言われたのは憶えてるからっ!! そんな『うわぁ……』っていう目で見ないでぇぇぇ」

「……理由を聞こう。判決はその後だ」

「午前中、行ったんだけど先方の社長に会えなくて……そのまま、新人さん達の資料作りに気合を入れ過ぎちゃった☆」

「よし分かった。死刑★」


 断を下し、微笑む。

 珍しく四月一日が怯みまくる。


「ひぃっ! お、怒らないでっ! す、すぐ、すぐ回収してくるからっ!!」

「…………はぁ。小切手だろ? 金額は?」

「じ、十万円ちょっと」


 俺は四月一日の得意先を思い出す。

 基本的には大口案件中心なものの、幾つか個人の得意先も持っている。そういう小口案件の入力が漏れていたのだろう。

 溜め息を吐き、手を振る。


「分かった。研修は終わったのか?」

「あ、うん。……だ、大丈夫?」

「大勢に影響はそこまでない。が……それを全員がやったら会社は簡単に潰れるからな? ほれ、さっさと行って来い。お前が帰って来ないと俺も帰れない」

「……! うん!! 最速で行って来るっ!!!」


 四月一日はすぐさま立ち上がり、今にも走り出しそうな構え。

 ドアノブに手をかけ――振り向いた。


「…………雪継」

「うん?」

「――今晩は外で食べよ! 中華でいいよね?? 山椒が効いてる麻婆豆腐が食べたいっ!!!」

「――……杏仁豆腐はお前の奢りだからな?」

「揚げ団子も付けちゃう」

「なら、良し。では――急げ。拾わねばならない諭吉様がお前を待っている」

「りょーかい」


 四月一日は敬礼をして、出て行った。

 俺は備え付けの電話で石岡さんを内線で呼び出す。小切手が来て、金庫へ仕舞うまでは帰れない。

 

 ……まー偶には外で食べるのも良いわな。

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